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ポール・クルーグマン「影響力の伝達経路」

原文: Paul Krugman, "Channels of Influence"
Originally published in The New York Times, 3.25.03
訳: 嶋田 丈裕 <tfj@kt.rim.or.jp>
2003/03/25: 初版を公開 | 2003/03/26: km3000 さんのコメントを参考に修正 | 2003/03/26: yomoyomo さんのコメントを参考に修正 | 2003/03/27: 脱字を修正 | 2002/03/27: 八木さんのコメントを参考に修正 | 2002/03/28: 山形浩生さんのコメントを参考に修正

たいていの場合、最近の戦争支持集会は、反戦集会と同じくらい多くの人を引きつけられているとはいえない。 しかし、戦争支持集会は、確かに熱烈なものだ。 最も目立った集会の一つは、ディクシー・チックス (Dixie Chicks) のリードシンガーのナタリー・メインズ (Nathalie Maines) がブッシュ (Bush) 大統領を批判した後に行われたものだった。 集められたディクシー・チックスのCDやテープ、その他の関連するものを重量15トンのトラクターで押し潰すのを見るために、ルイジアナで群集が集まった。 20世紀のヨーロッパの歴史をよく知る人なら、不気味なほどに連想させられることがあるが…。 しかし、シンクレア・ルイス (Sinclair Lewis) は『ここでは起こりえない (It Can't Happen Here)』と言っていたのにね。

誰がこれらの戦争支持集会を組織してきたのか? 答はこうだとわかった。 ブッシュ政権と密接な関係にあるラジオ業界の中心的な立案者たちによって、これらの集会が推し進められていたと。

ディクシー・チックス焚盤集会はラジオ局 KRMD が組織していた。 この局はキューミュラス・メディア (Cumulus Media) の一部、ディクシー・チックスを放送リストから検閲削除したラジオ網だ。 国じゅうの戦争支持デモのほとんどは、しかし、クリア・チャンネル・コミュニケーションズ (Clear Channel Communications) 傘下のラジオ局によって組織されてきた。 1200局以上を傘下に持つ、ラジオ電波に対する支配を強めつつあるサン・アントニオにある化物企業だ。

「アメリカのための集会 (Rally for America)」の名の下で行われたデモ集会は個々のラジオ局の主導で行われていると、この企業は主張している。 しかし、それは変だ。 オンライン・マガジン『サロン (Salon)』でクリア・チャンネルについての暴露記事を書いたエリック・ボーラート (Eric Boehlert) によれば、この企業は鉄拳の集中コントロールで悪名高い ―― そして多くの人に嫌われている。

今まで、クリア・チャンネルに対する不満は、そのビジネスのやり方に向けられていた。 この会社は、レコード会社とアーティストを搾取するために力を行使し、放送される音楽を没個性的にすることに寄与した、と批判者は言う。 しかし、今や、この会社は、国内を深く引き裂く政治論争において、一方の側を助けるために強い影響力を行使しているように見える。

どうして、一メディア企業がこのように政治に深く関与しようとするのだろうか? もちろん、単に、経営陣の一部の個人的な信念の問題かもしれない。 しかし、クリア・チャンネルにとってもっともらしい理由があるのだ。 この会社が巨大になったのは、ここ最近数年、1996年通信法 (Telecommunication Act) がメディアの所有に関する多くの規制を ―― それも政権党のご機嫌取りをさせるために ―― 撤廃した後のことなのだ。 一方で、クリア・チャンネルには危やういところもある。 局のコンサート部門と組んでツアーを行わないアーティストの放送を削減すると脅しているという疑惑で訴えられているし、会社の成長を可能にした規制緩和を後退させようとしている政治家もいる。 しかし、もう一方で、連邦通信委員会 (Federal Communications Commission) は、特にテレビ放送の分野へクリア・チャンネルが事業拡大できるような規制緩和を検討している。

もしかしたら、求められている見返りというのは、もっと狭い範囲のものかもしれない。 戦争支持集会の裏にクリア・チャンネルがいると明るみになったとき、ベテランのブッシュ研究家はいっせいに「なるほど!」と口にした。 というのも、会社の経営陣はジョージ・W・ブッシュ (George W. Bush) と関係があるのだ。 クリア・チャンネルの副会長は、このコラムの読者にはお馴染みのトム・ヒックス (Tom Hicks) だ。 ブッシュがテキサス州知事だったとき、ヒックスはテキサス大学投資管理会社 (University of Texas Investment Management Company, UTIMCO) の会長で、UTIMCO の理事にはクリア・チャンネル会長のローリー・メイズ (Lowry Mays) がいた。 ヒックスの下、UTIMCO は大学の基金の多くを、共和党やブッシュ一家と関係が深い会社の管理の下に置いた。 1998年にヒックスは野球チームのテキサス・レンジャーズ (Texas Rangers) を買ったが、その取引でブッシュは億万長者になった。

ここで何かが起きている。 起きていることはきっちり明らかにはなっていない。 しかし、新しいアメリカの寡頭政治の進化の次の段階を我々は見ている、と考えるのがもっともらしい。 ジョナサン・チェイト (Jonathan Chait) が『ニュー・リパブリック (The New Republic)』 誌に書いたように、ブッシュ政権では「政府と財界が大きな一つの「我々」に融合してしまった」。 国内政治のほとんどあらゆる面において、財界の影響力が支配している。 「政治任命制度で民間から政府の要職に付いている中間層に位置する人々は、…… 今や、かつて働いたことのある産業を監督している」。 我々は、こういったことが対面通行であるとこを認識しているべきだった。 政治家が彼らを支持する財界に有利になるよう熱心に計らっているなら、財界が政治家に有利になるようにお返しをするだろうと、どうして予想してなかったんだろうか。 例えば、彼らの側に立って「草の根」の集会を組織することによって。

もちろん、こういったことの全てを可能にしているのは、効果的な見張りの不在だ。 クリントン (Clinton) 政権下では、ちょっとした不正の兆しも、あっというまに、大きなスキャンダルに膨れ上がった。 今日では、スキャンダル扇動家たちは、この状況に疑問を表明するジャーナリストたちについてのネタばかり求めているようだ。 とにかく、今、戦争中だってわかってないのだろうか?


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嶋田 丈裕 / Takehiro Shimada (a.k.a. "TFJ" or "Trout Fishing in Japan") <tfj@kt.rim.or.jp>