TFJ's Sidewalk Cafe > 談話室 (Conversation Room) > ポール・クルーグマンのコラムの翻訳 >

ポール・クルーグマン「チャイナ・シンドローム」

原文: Paul Krugman, "The China Syndrome"
Originally published in The New York Times, 5.13.03
訳: 嶋田 丈裕 <tfj@kt.rim.or.jp>
2003/05/13: 初版を公開

イラク戦争の間、おかしな事が起きた。多くのアメリカ人がテレビのチャンネルを BBC に合わせたのだ。アメリカ人は、異なったもう一つの視点を探していた。それは、米国内のテレビ・ネットワークでは見つけることができないものだった。BBC 会長に言葉によれば、米国内のテレビ・ネットワークは、「アメリカ国旗にくるまり、中立性を愛国心で置き換えていた。」

戦争自体の善し悪しはおいておいて、このパラドックスについて考えてみよう。BBC は英国政府に所有されており、政府の政策を支持することが期待されていてもおかしくなかった。しかし、実際は、BBC は頑固に ―― 批判的な人に言わせれば頑固過ぎるほどに ―― 中立性を保とうとした。米国のテレビ・ネットワークは民間である。しかし、彼らは、国営メディアのように振舞った。

このパラドックスを説明するのは何なんだろうか。それは、チャイナ・シンドロームと関係があるかもしれない。といっても、原子炉でおきることではなくて、ルパート・マードック (Rupert Murdoch) のニュース・コーポレーション (News Corporation) が中華人民共和国政府と交渉した際に示したことなのだが。

アメリカにおいて、マードック氏のメディア帝国 ―― テレビのフォックス・ニュース (Fox News) や『ニューヨーク・ポスト』 (New York Post) 紙を含む ―― は、愛国心の旗振り役として知られている。しかし、『フォーチューン』 (Fortune) 誌の記事にあるように、いかなる愛国心も、マードック氏が「彼の番組を中国の広大な市場に進出させるために、中国の抑圧的な体制に迎合することを止めさせることはできなかった」。その迎合には、中国政府が広まることを望まないニュースをレポートする BBC のワールド・サービス (World Service) を彼の衛星放送番組から外し、彼の出版社からは中国の体制に批判的な本の出版をキャンセルする、ということが含まれている。

そのようなことが、この国でも起きうるのだろうか。もちろん、起きうる。政策決定を通して ―― それだけではないが、特に、メディア規制に関る決定を通して ―― アメリカ政府は、政府を喜ばせるメディア企業に報い、そうしない企業を懲らしめることができるのだ。このことは、権力を持つ人々の顔色をうかがう動機を民間のネットワークに与える。しかし、ネットワークは国営ではないため、政権党の道具にように見られないよう気をつけなくてはならない BBC が直面したような監視の対象になっていない。だから、イギリス ―― 他の例としてはイスラエル ―― の国営のシステムに比べて、アメリカの「独立系」テレビが権力を持つ人々にはるかに従順だとしても、おどろくにあたらない。

『タイムズ (The Times)』紙のスティ−ヴン・ラバトン (Stephen Labaton) による最近のレポ−トは、いかにアメリカ政府が望ましいことをしたメディア企業に報いることができるかを、うまく描いている。問題点は、連邦通信通信委員会 (Federal Communications Commission) の議長 マイケル・パウエル (Michael Powell) による提案だ。形式的には昨日提出されたこの提案は、大きい魚に小さな魚より多くの餌を与えてやる計画だと要約できるかもしれない。全国規模のマ−ケットではより多くのシェアを獲得し、地域なマ−ケットではより多くのテレビ局を所有することが、大きなメディア企業に許されるようになるだろう。そして、同じ地域のマ−ケットで、ラジオ局とテレビ局と新聞を一度に所有するという「交差所有」に対する多くの規制は、解除されるだろう。

この計画の欠陥 ―― ほとんどの人々が接することができるニュ−スの多様性を、はるかに小さくするだろう ―― はおいといて、私が驚いたのは、これに関して取り引きがなされていたことだ。他の事項において「委員会が望ましい行動を取る見返りに」パウエル氏の計画の一部への反対を取り下げる、とあるメディア・グル−プはパウエル氏に手紙を書いていたのだ。手紙に書いたのは軽率な行為だった。しかし、他にも顕在化していない沢山の見返り行為があると想像できないほど、読者だってナイ−ヴではないはずだ。

そして、この顕在化していない取り引きは、きっと、ニュ−スの中味にまで及んでいるに違いない。ブッシュ政権のダメ−ジとなるかもしれない主要ニュ−ス記事 ―― まあ、ブッシュ政権の行動について厄介な疑問が持ち上がるからという理由で9.11テロについての議会報告が機密扱いにされてきたという、ボブ・グラハム上院議員の告発の追跡記事とか ―― を載せるかどうか、テレビ・ニュ−スの重役が考えているところを想像してみよう。きっと、そんな記事を載せたネットワークをブッシュ政権は懲らしめるかもしれない、ということがそんな重役の心に浮かぶに違いない。

その一方で、以前は露骨な提携を防いでいた形式的な規則も倫理コードも、今や無くなってしまったか無視されている。フォックス・ニュースのニール・カヴート (Neil Cavuto) は、ニュース番組のコメンテータではなくメインキャスターだ。しかし、バクダッド陥落後も、「イラクの解放に反対した人々」―― 大きな少数派 ―― に彼はこう言った。「戦争中おまえたちは不快だった。今でもおまえたちは不快だ。」なんて公正でバランスの取れた発言だろう。

この国で検閲は行なわれていない。今でも異なる視点を見つけることはできる。しかし、政権党を喜ばすようにニュースを提供しようという強い動機を主要なメディアが持ち、そうしないようにしようという動機を持たないようにする、そんなシステムがこの国にはある。


TFJ's Sidewalk Cafe > 談話室 (Conversation Room) > ポール・クルーグマンのコラムの翻訳 >

嶋田 丈裕 / Takehiro Shimada (a.k.a. "TFJ" or "Trout Fishing in Japan") <tfj@kt.rim.or.jp>