TFJ's Sidewalk Cafe > 談話室 (Conversation Room) > ポール・クルーグマンのコラムの翻訳 >

ポール・クルーグマン「大きな隔たりの裏にあるもの」

原文: Paul Krugman, "Behind The Great Divide"
Originally published in The New York Times, 2.18.03
訳: 嶋田 丈裕 <tfj@kt.rim.or.jp>
2003/03/26: 初版を公開 | 2003/03/27: 脱字を修正、推敲 | 2003/03/27: 川仁さんのコメントを参考に修正 | 2003/03/27: 山形浩生さんのコメントを参考に修正 | 2003/03/28: 川仁さんのコメントを参考に修正

ヨーロッパとアメリカはどうして急にこんなに対立するようになったのか、たくさんの憶測がされてきた。 文化の問題だろうか? 歴史の問題か? しかし、今まで議論されているのを私がみたことがない明白な点が一つある。 我々が異なったものの見方をするようになったのは、我々が異なったニュースを見ているからだ、という。

話をゆっくり進めよう。 今や多くのアメリカの人々が、アメリカとヨーロッパの関係を冷却させたと、フランスを非難している。 フランス製品ボイコットさえ口にされている。

しかし、フランスの態度が特に例外的というわけではない。 この前の土曜日の大規模のデモは、自国の政府がどういう立場をとっているかにかかわらず、主要なヨーロッパ諸国全てにおけるブッシュ政権に対する根深い不信とイラク戦争に対する懐疑を示す、世論調査結果といえるものだった。 実際、もっとも大規模なデモは、政府がブッシュ政権を支持している国で行なわれた。

アメリカでも大規模なデモが行なわれた。 しかし、英米同盟諸国の間ですら、最近のイギリスでの世論調査で北朝鮮やイラクを抜いてアメリカが世界で最も危険な国となるほど、アメリカ以外での不信は高いレベルになっている。

しかし、どうして他の国々は、我々が見ているように世界を見ないのだろうか。 ニュースの報道範囲、というのがその答の大部分を占めている。 エリック・オルターマン (Eric Alterman) の新著『これのどこがリベラルなメディアだって? (What liberal media?)』では、国際比較に重点は置かれていない。 しかし、アメリカの人々が見るニュースとヨーロッパの人々が見るニュースの間の違いは、彼の指摘をありのままに証明している。 海外の「リベラル」なメディアと比較しても、「リベラル」なアメリカのメディアは、驚くほどに保守的だ ―― この場合、タカ派だ。

私は、印刷メディアについて主に言っているというわけではない。 違いはあるが、少なくとも、アメリカとイギリスとの間では主要な国内紙は同じ事実を述べているように見える。

しかし、多くの人はテレビでニュースを見ている ―― そしてそこでの違いは非常に大きい。 土曜の反戦集会の報道は、国外のメディアの扱いと比べたら、特にアメリカのケーブルテレビでは、他の惑星での出来事を伝えるような程度のものだった。

ケーブルテレビのニュースを見ている人は、いったい何を見てきたのだろうか? 土曜日の FOX 局のニュースのアンカーは、ニューヨークでのデモを「いつも名が挙がる抗議者たち」とか「連続抗議者たち」と呼んだ。 CNN 局はそこまで否定的ではなかったが、日曜の朝のウェブサイトのヘッドラインは「反戦集会がイラクを喜ばせる」となっており、ロンドンでもニューヨークでもなくバクダッドでのデモ行進を写した写真が添えられていた。

アメリカ以外では、メディアの土曜日の出来事の報道の仕方は、こういうものではなかった。 そして、それは特徴的な報道というレベルではない。 ここ何ヶ月も、アメリカの二大ケーブルテレビ・ニュース・ネットワークは、イラク攻撃は既に決定済みの事柄であるかのように振舞ってきた。 事実上、来たるべき戦争にアメリカ国民を備えさせることが自分の役目であると見なしてきた。

だから、ターゲットとなっている視聴者がイラクの政府とアルカイダ (Al Qaeda) がちゃんと区別できない、ということは驚くにあたらない。 調査結果は示すことには、9.11テロのハイジャック犯にイラク人がいたか全てイラク人だったと、アメリカの人々の大半が考えている。 その一方で、サダム・フセイン (Saddam Hussein) が9.11テロに関係していたという、ブッシュ政権ですらしていない主張を信じている。 多くのアメリカの人々が、サダムとの戦争の必要性は明白だと考えているため、 そのことに賛成しようとしないヨーロッパの人々は臆病者だと考えている。

北朝鮮や、さらに言えばアルカイダではなく、なぜイラクがアメリカの政策の焦点に上ってきたのか、テレビで同じ物事を見ていないヨーロッパの人々は、疑問に思う傾向がとても強くなっている。 それが、全て石油目当てじゃないのか、もしくは、ブッシュ政権は単にやっつけられると判っている手頃な敵を虐めているだけではないのか、と、非常に多くのヨーロッパの人々がアメリカの言う戦争目的に疑問を呈している理由だ。 ヨーロッパの人々は、イラク戦争に反対することを臆病なことだとは思っていない。 勇気あることだと、弱いものいじめをしているブッシュ政権に対して立ち上がるということだと、思っている。

この大西洋を挟んだ大きなメディアの隔たりには、二つの説明が考えられる。 一つの説明は、ヨーロッパのメディアに広く反アメリカの偏りがあり、二大政党のリーダーがいずれもブッシュに賛成してイラク攻撃を支持しているイギリスのような国ですら、ニュースが歪められている、というものだ。 もう一つの説明は、ブッシュ政権の外交政策に疑問を呈する人は非愛国的だと非難されるような環境で運営されているアメリカのメディア放送局が、戦争の正当化に疑問を呼び起こしかねない様々な情報を提供することではなく戦争を売りつけることが自分の役目であると考えている、というものだ。

さて、どっちだろうか。私は伝えるべきことは伝えたからね。判断するのは君だ。


TFJ's Sidewalk Cafe > 談話室 (Conversation Room) > ポール・クルーグマンのコラムの翻訳 >

嶋田 丈裕 / Takehiro Shimada (a.k.a. "TFJ" or "Trout Fishing in Japan") <tfj@kt.rim.or.jp>