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ポール・クルーグマン「どこが強調されていたかの問題」

原文: Paul Krugman, "Matters of Emphasis"
Originally published in The New York Times, 4.29.03
訳: 嶋田 丈裕 <tfj@kt.rim.or.jp>
2003/04/30: 初版を公開

概要:ブッシュ政権がイラク戦争を公開売出した不誠実な方法についての、とても重要なコラム。

「我々は嘘をついていたわけではない」と、ブッシュ政権当局者はABCのニュースに言った。「それは、単にどこが強調されていたかの問題だ。」サダム・フセイン (Saddam Hussein) がアメリカに与えた脅威を誇大宣伝した方法について当局者はそう言及していた。ABCのレポートによれば、戦争の本当の理由は、ブッシュ政権が「声明を発表したかった」からだという。それではどうしてイラク (Iraq) ? レポートによれば、「政府当局者たちの立場からして、サダムがうってつけの標的となるのに必要な条件を全て満たしていたということを、当局者は認めた。」

「大西洋の両側の英米の諜報機関は、政治指導者に上げた状況報告が戦争に殺到しようとする中で歪められてしまったことに、腹を立てている」と、イギリスの新聞『インデペンデント』は伝えている。ある「幹部」は『インデペンデント』紙に「イラクは脅威ではないという諜報機関の評価を、政治指導者たちは無視した」と語った。

案の定、大量破壊兵器は、今だに見付かっていない。最終的に毒ガスか未完成の生物兵器を見つけられない、というのは信じがたい。しかし、それらは、本当の大量破壊兵器 ―― 小さな貧しい国でも今までの世界の中で最も強大な力を持った国にとって脅威となれる類の兵器ではない。「キノコ雲」を警戒することによって、ブッシュ大統領が戦争のための自分の言い分を主張したことを思いだそう。明らかに、イラクはその類のものは持っていなかった ―― そして、ブッシュ氏も、それを知っていたに違いなかった。

第一、我々の思いやりというのは、どうしてこんなにも恣意的に選択されたものなんだろうか。2001年に、国際保健機関 (WHO; World Health Organization) ―― 我々をSARSから守ってくれると今は頼りにしているまさにその組織 ―― は、貧しい国々での伝染病対策プログラムを提唱した。そのプログラムは毎年何百万もの命を救うかもしれない、と WHO は主張していた。アメリカの費用分担は、一年あたり約百億ドル ―― 我々が戦争や雇用のために費やしている費用に比べてごくわずかでしかない ―― となる予定だった。しかし、ブッシュ政権は、この提案を傲慢無礼に却下した。

もしくは、イラク戦争後にアメリカが取った最初の主要な外交活動の一つ ―― 酷い内戦を停戦させるためにコ−トジボワ−ル (Ivory Coast) (元フランス植民地) へ国連平和維持部隊を派遣するという計画を阻止したこと ―― について考えてみよう。費用がかかり過ぎると、アメリカは反対した。そしてそれは本当には違いない ―― しかし、単にフランス人が憎いからといって、無実の人びとを死ぬにまかせたままにしていいわけないだろう?

このように、イラクの人々への我々の深い関心も、他の地域で苦しんでいる人々へ拡がって行くことは無さそうだ。そしてそれは、単に、「どこが強調されていたかの問題」だと、私は推測している。しかし、平和的に命を救っても凱旋行進を行なう機会は無いからね、と指摘する皮肉屋もいるだろう。

ところで、本来、民主国家の指導者達は人々に真実を述べているということになっているのではなかったのだろうか?

戦争のための元々の主張は実は偽りだったと判明したということが、ほとんどの人に知られるようになるのか、疑問に思う人もいる。実際、アメリカの人々のほとんどが我が国は大量破壊兵器を発見したと信じているように、私には思われる。見付かった大量破壊兵器の可能性のあるものは、いちいち大々的にテレビで報道される。しかし、いったいどれだけの人が、誤報だったというその後の発表を聞いているだろうか? ―― もし発表があればの話だが。この虚報のパタ−ンは、最初に戦争が売り出された方法を再現している。政権のイラクへの批難はいちいち大々的に報道されるが、それに続く事実の暴露はそうでない、という。

政権の信用性に疑問を呈することは非愛国的なことであると、ニュ−スメディアは感じていたのだろうか? 確かに奇妙なことがいくつも起きていた。例えば、九月にブッシュ氏は、サダムがあと数ヵ月で核兵器を所有することになることを示していると言って、国際原子力エネルギ−機関 (IAEA; International Atimic Energy Agency) のレポ−トに言及した。「我々が必要としているこれ以上の証拠を我々は知らない」と彼は言った。実際は、このレポ−トにはそんなことは書かれていなかった ―― そして、数時間の間、MSNBCのウェブサイトのトップニュ−スにこういう見出が付いた「ホワイトハウス:ブッシュ、イラクのレポ−トについて虚偽陳述」。そして、その記事は消えた ―― 単にぺ−ジのトップから外れたのではなく、サイトから消えたのだ。

声高の主張と控えめに抑えられた主張の撤回というこのパタ−ンのおかげで、アメリカの人々は、おそらく、我々は差し迫った脅威を避けるたけに戦争に向かったのだと信じているだろう ―― サダムが9.11テロと関係あったと信じているのと、ちょうど同じように。

今や、イラク戦争が邪悪な専制君主を追い払ったということは、真実である。しかし、本来は、民主主義の決定というのは、良かれ悪かれ、人々の十分な説明に基づく同意によってなされなければならないものだ。今回、そうはならなかった。そして、アメリカは民主主義の国だ ―― そうじゃないのか?


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嶋田 丈裕 / Takehiro Shimada (a.k.a. "TFJ" or "Trout Fishing in Japan") <tfj@kt.rim.or.jp>