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ポール・クルーグマン「栄光の道」

原文: Paul Krugman, "Paths of Glory"
Originally published in The New York Times, 5.16.03
訳: 嶋田 丈裕 <tfj@kt.rim.or.jp>
2003/05/18: 初版を公開 | 2003/05/19: 正野さんのコメントを参考に修正

概要:広く受け入れられた説とは正反対に、ジョージ・W・ブッシュ (George W. Bush) は、政治的利益のためにメディア報道を不当に利用したことを除き、対テロ戦争において最悪の仕事をしてきた。

アメリカの政治における中心的な説は、現時点では、他に失敗はあるとはいえ、ジョージ・W・ブッシュはテロに対する戦いにおける最も有能なリーダーだった、というものである。しかし、世界の状態について知れば知るほど、そんな説は信じられなくなる。特にイラク戦争はアメリカを安全にするようなことは何もしなかった ―― 実際、イラク戦争はテロリストたちを有利にした。

対テロ戦争はどのようになろうとしているのか? リヤド (Riyadh) 爆弾テロ事件を知っているだろう。しかし、今週また別のことが起きた。反ブッシュの意向の無い高く評価されているイギリスのシンクタンクである国際戦略研究所 (IISS, The International Institute for Stratigic Studies) は、アルカイダ (Al Qaeda) は「いっそう油断ならない状態となり」、9.11テロ以前と「同じくらい危険になっている」と宣言した。逃亡中のテロリストたちがまだいる、という主張はこのくらいにしておこう。

それでは、ブッシュ政権はテロに対する戦いにおいて最善を尽くしていないとでもいうのか? そう、尽くしていない。

ブッシュ政権の対テロ軍事行動というと、テレビ・スタジオの実際の様子のことを私は思い浮かべる。たいてい、段ボールやガムテープだらけのボロい部屋の中央に、装飾を凝らしたセットが置かれている。テレビ・ネットワークは、テレビ画面で視聴者が見るものは、とても大事にする。そして、カメラに写らないものに対しては、できるだけ金をかけないようにする。

そして、テロリズムに対する軍事行動でもそうだった。ブッシュ氏はテレビでは英雄的なポーズをとる。しかし、ブッシュ政権は写真写りが良くなければ全く無視する。

将来の攻撃から国を守るための最低限の手段 ―― 港湾、化学プラント、原子力設備などを安全にするであろう手段 ―― のためですら支出することをブッシュ政権が驚くべきことに拒絶したことについて、私は以前に書いたことがある。 (しかし、国土安全保障省 (Department of Homeland Security) が、全く無能であるというわけではない。今週、ストライキを起こした民主党員の同僚たちをテキサスの共和党員が突き止めるのを、この省は助けたのだ。)

国土安全保障の無視は、いったんテレビ写りの良い活動が終ってしまうとブッシュ政権が海外での努力を最後までやり通すことができないということと、鏡像の関係にある。タリバン (Taliban) の打倒は実際の勝利だった ―― おそらく間違いなく、テロリズムに対する我々の唯一の重要な勝利だろう。しかし、カブール (Kabul) が陥落するやいなな、ブッシュ政権は興味を失った。今や、アフガニスタン (Afghanistan) の大半は、軍閥の支配下にあり、カルザイ (Karzai) 政府はかろうじて踏みとどまっている状態であり、タリバンは盛り返しつつある。

ボブ・グラハム (Bob Graham) 上院議員は、もっと強い主張をしてきた。アルカイダ (Al Qaeda) は一年前は「縄につながれていた」が、ブッシュ政権が軍事・諜報における人や金をイラク (Iraq) に向けたため、復活できるようになってしまった、と。上院諜報委員会の前議長として、彼は知るべき地位にいる。そして、党派的な民主党員として彼を免職するまえに、去年の秋にこの警告を彼が上げたとき共和党員の同僚は彼を支持したということを心に留めておこう。同じ情報を見てきたリチャード・シェルビー (Richard Shelby) 上院議員は、「彼が憂慮するのも、まったくもっともなことだ」と言っていた。

また、グラハム上院議員は、「9.11テロの教訓は今日まったく生かされていない」ことが機密の議会報告では明らかにされている、と主張し、ブッシュ政権がそのことを隠蔽しようとしている、と非難している。

でもやはり、我々はサダム (Saddam) を打ち負かした。それで我々はより安全にはならなかったのか? ああ、そうならなかった。

サダムはアメリカの脅威ではなかった ―― 彼はテロリズムと重要な関係は無かった。そして、大量破壊兵器を探していた主要なアメリカの調査団は、荷物を畳んで帰ってしまった。一方、案の定、テレビの報道が下火になると、ブッシュ政権はまとまりがつかなくなった。その最初の結末が、略奪の乱行だ。信じられないことに安全を確保できていなかった核廃棄物処理場の略奪も、それに含まれる。誰か核廃棄物を撒き散らす「汚い爆弾」はどうだい? 『ニュー・リパブリック (New Republic)』の記事によれば、武装したイラクの各派が内戦の準備をしているという。

このことは、戦争に懐疑的だった人たちが怖れていたまさにそのジレンマに、我々を直面させている。もし、我々がすぐにイラクを去れば、アフガニスタンの場合よりより規模が大きく危険な状況になるかもしれない。しかし、我々が長期間にわたって留まり続ければ、あるコメンテータが言っていたように、「ひどく敵意に満ちた所での占領国軍」になるという危険を犯すことになる。そして、それは、アルカイダの人材補給に利用されるものだ。誰がそんなことを言ったって? ジョージ・H・W・ブッシュ大統領だ。1991年にバグダッドに侵攻しないという決定を説明する時に。

アメリカが続かないために「我々が勝ち取ったこの素晴らしい勝利が、窮地になってしまう」ことを怖れ、クルド人指導者マスード・バルザニ (Massoud Barzani) は"Q"のつく言葉を使うことをためらっていない。

テレビ上での勝利の栄光を追い求めること ―― そのため、ブッシュ政権は、アルカイダから注意を逸らし、邪悪かもしれないが脅威ではない支配体制との戦いを選んだ ―― によって、そんなことをしなかった場合で想定される状況より、我々ははるかに安全でなくなってしまった。


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嶋田 丈裕 / Takehiro Shimada (a.k.a. "TFJ" or "Trout Fishing in Japan") <tfj@kt.rim.or.jp>