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ポール・クルーグマン「奥の手」

原文: Paul Krugman, "The Last Refuge"
Originally published in The New York Times, 4.8.03
訳: 嶋田 丈裕 <tfj@kt.rim.or.jp>
2003/04/08: 初版を公開

1944年、何百万人ものアメリカ人が世界中で決死の戦いをしていた。 にもかかわらず、通常の大統領選挙が行われ、対立候補が手加減をすることも無かった。 共和党候補トーマス・デューイ (Thomas Dewey) は、フランクリン・ルーズベルト (Franklin Roosevelt) は『くたびれた老人』だ、という主旨の選挙キャンペーンを行った。 私が確認できた限り、現職大統領の能力に疑問を呈することによって士気を損なったとデューイを非難するようなことを、ルーズベルト政権はしなかった。 だって、民主主義 ―― 批判する権利を含む ―― のために、我々は戦っていたのだから。

我々が今行っている戦争はそれに比べたら小規模な戦闘に過ぎないと言うことは、我々の軍隊の勇敢さに対する中傷だとか、彼らが直面している危険を軽視しているということではない。 しかし、自称愛国者たちは、大統領を批判する人々は戦争の努力を台無しにしていると非難して、第二次大戦中ですら決して考慮されなかった政治演説に対する制限を行おうとしている。

先週、ジョン・ケリー (John Kerry) は聴衆にこう言った。 「今我々が必要としているのは、単なるサダム・フセイン (Saddam Hussein) とイラクの政権交替だけではない。合衆国の政権交替も我々は必要としている。」 共和党員たちは、すぐさま、この発言をほとんど国家反逆同然のものとして描こうとした。 「アメリカが戦争をしている最中にアメリカの最高司令官の交代をあえて提案したことで、ケリー上院議員は重大な一線を越えてしまった」 と、共和党全米委員会 (Republican National Committee) の議長マーク・ラシコットは明言した。

ラシコット氏はケリー氏の言葉の選択を批判しているわけではない、ということに注意しよう。 そうではなく、「アメリカの最高司令官の交代をあえて提案した」からケリー氏を公然と非難したのだ ―― それも、ケリー氏が単に次の選挙のことを言っていたに過ぎない、ということを十分承知の上で。 ケリー氏ではなく、ラシコット氏こそ、重大な一線を越えてしまったまさにその人だ。 我が国の歴史で、とうとう、現職大統領の再選に反対することが非愛国的だと見なされるようになってしまった。

それにしても、愛国心ってどのように定義できるのだろうか。 口で言うだけなら簡単だ ―― 襟章に国旗をつけるように。 人民は、自国のために犠牲を払うことによって、自身の愛国心を立証する。 勲章を授けられた退役軍人でもあるケリー氏は、この条件を満たしている。 彼を批判する人のほとんどはそうじゃない。

私は単に兵役のことを言っているわけではない ―― といっても、我々の最大のタカ派の人々のほとんどが兵役に服していないというのは、驚くべきことだけれど。 それに、私は単に経済的な犠牲のことを言っているわけでもない ―― といっても、国旗を身にまとった人々にとって、官公庁からの恩恵は期待できるものというレベルではなくノルマになっているように見えるけれども。 (ラシコット氏自身も、ロビー活動に特化した法律会社であるブレイスウェル・アンド・パターソン (Bracewell and Patterson) の従業員数をそのままにするという条件を付けて、共和党全国委員会議長の職に就いた。)

政治家の愛国心を試す最大のテスト方法は、進んで国のために自身の政策を犠牲にしようとするかどうか、である。 そして、それが今の我々の指導者たちが、見事に失敗しているテストなのだ。

議会の多数派のリーダーであるトム・ドゥレイ (Tom DeLay) の場合を考えてみよう。 彼も、先週、ケリー氏を責めた一人だ。 偶然だが、コソボでの戦争中は、ドゥレイ氏は敗北主義者で、セルビアの残虐行為を招いたと自国を非難した。 今、民主党員が同じようなことを言っていたら、敵を助け喜ばせると非難されるだろう。

ドゥレイ氏の政策は、再び戦争中となった今でも全く変化していない。 主に富裕層に向けられた大規模で不平を生じるような減税を彼は未だに推している。 「戦争に直面している今、減税より重要なことはない」と、彼は言う。 そして、彼はまた、ありとあらゆる国内支出の大幅削減を熱心に求めている。 戦争の真っ最中、彼は大幅な削減を含んだ予算を押し通したのだ ―― そう、退役軍人の特典の削減も含んでいた。

なぜケリー氏が「トム・ドゥレイ氏のような人に自分の愛国心を疑問視されるとは思わなかった」と言い返したか、これでわかっただろう。

戦争が終わるまでブッシュ政権に対する批判は控えるべきだ、と主張する小心者もいるだろう。 しかし、そんなのは、アメリカの伝統じゃない ―― それにしても、戦争はいつ終わるのだろうか。 バクダッド (Baghdad) はいずれ陥落するだろう。 しかし、それに続く占領中も、アメリカ兵士は危険な状態であり続けるだろう。 それに、政権内の強い流れは、シリア (Syria) 、イラン (Iran) そしてその先に進みたがっている。 アルカイダ (Al Qaeda) もまだあちらにいる。

だから、この先数年、この国は、ある意味で戦争中でありつづけるかもしれない。 そして、それまで、もしラシコット氏や共和党に基本原則を決めるのを許したら、大統領を批判したり選挙による政権交代を呼びかけたりすることが誰にもできなくなるだろう。 これがどういうことか判るだろう。 もしそんなことになったら、戦場でどういう結果になろうとも、我々は戦争に負けたということになるだろう。


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嶋田 丈裕 / Takehiro Shimada (a.k.a. "TFJ" or "Trout Fishing in Japan") <tfj@kt.rim.or.jp>