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ポール・クルーグマン「来たるべきもの」

原文: Paul Krugman, "Things to Come"
Originally published in The New York Times, 3.18.03
訳: 嶋田 丈裕 <tfj@kt.rim.or.jp>
2003/03/26: 初版を公開 | 2003/03/27: 川仁さんのコメントを参考に修正 | 2003/04/14: 誤訳を修正

もちろん、我々は戦場で勝利するだろう。それも、たぶん簡単に。 私は軍事の専門家ではないが、数くらいは数えられる。 最近の米国の軍事予算は4000億ドルあるが、イラクは14億ドルしか使っていない。

私が恐れているのは、この戦争の後遺症だ ―― 私は、戦後の占領の問題のことを言っているんじゃない。 私は、イラクの域を越えて ―― 世界全体で、そしてここアメリカ本国で起きるであろうことを心配しているのだ。

ブッシュ政権のメンバーは、世界の他の地域で生まれてしまった、膨大な邪悪な意思を気にかけているようには見えない。 喜ぶイラクの人々が我々の軍隊を歓迎するのを一度見せれば他の国々も心変わりするだろうと、 我々の爆弾が (イラクの人々だけでなく) 世界中に衝撃と畏怖を与えるだろうと、 世界が考えていることは重要でないと、彼らは信じているように見える。 彼らはあらゆる点で間違っている。

イラクでの勝利は、世界の米国に対する不信の終わりにはならないだろう。 なぜなら、ブッシュ政権はルールに従わないと、何度も何度も、明らかにしてきたからだ。 思い出してもみよう。 この政権は、地球温暖化の件で、邪魔するなとヨーロッパに言った。 ミサイル防衛の件で、邪魔するなとロシアに言った。 救命医薬品の貿易の件で、邪魔するなと開発途上国に言った。 移民の件で、邪魔をするなとメキシコに言った。 トルコ人を致命的に侮辱して、 国際刑事裁判所 (International Criminal Court) から離脱した。 それも、全てこの2年の間に。

しかし、我々が見てきたように、軍事力というのは信頼の代わりにはならない。 明らかに、ブッシュ政権は、自分の計画に従うよう国連安全保障理事会 (U.N. Security Council) を威圧できるだろうと考えていた。 しかし、そうはならなかった。 「米国が我々にできることは何だ?」と、あるアフリカの当局者が言った。 「彼らは我々を爆撃しようというのか? 侵略しようというのか?」

それでは、ちょっとこのことについて考えてみよう。 我々は、貿易赤字を補うために、年間4000億ドルの海外投資を必要としているということを。 もしくは、ドルが急落し、急増する財政赤字は資金調達をよりいっそう困難にする ―― 既に、海外投資のフローの減少の兆候がある ―― だろうということを。 それも、アメリカが一連の戦争にまさに臨もうとしているかのように見える、今このときにだ。

イラクとの戦争は一握りの新保守主義知識人の発案だというのは、公然の事実だ。 彼らは、この戦争をパイロット・プロジェクトと見ている。 この8月、ブッシュ政権に近いイギリス当局は『ニューズウィーク (Newsweek)』誌にこう語っている。 「皆はバグダッドに行きたがっているが、真の男はテヘランに行きたがっている。」 イスラエルの新聞『ハーレツ (Haaretz)』によれば、2003年2月には、 米国国務次官 (Undersecretary of States) ジョン・ボルトン (John Bolton) は、 イスラエル当局に、イラクをやっつけた後は米国はイラン、シリア、北朝鮮を「処理する」、と言っている。

イラクは、本当に、後に沢山続くうちの最初の一件なのだろうか? それは、非常にもっともらしく見える。 それも「ブッシュ・ドクトリン」が一連の戦争を引き起こしているように見えるから、というだけではない。 標的にされた ―― もしくは標的にされてしまったと思った ―― 国の政権が、静かに座って自分の番を待つとは思えない。 彼らは完全に武装するだろうし、ひょっとしたら先制攻撃をしようとするだろう。 彼らが何について言っているのか判っている人々は、北朝鮮の核開発にビクビクしており、朝鮮半島での戦争はいつでも起きる可能性があると見ている。 一定の速度で、物事は進んでいる。 我々はイラクと戦争することになるように見える。 もしくは、イランと。さもなくば両方同時に。それも我々自身の手によって。

しかし、私が最も恐れているのは、銃後の国内のことだ。 この戦争がどのようにして起きたか見てみるがいい。 イラクに対して強硬に出るべきだという議論はありえる ―― 痺れを切らしたクリントン政権が1998年に空爆作戦を検討したことを思い出してみよう。 しかし、ブッシュ政権は、事実にもとづいた議論さえ一度もしていないのだ。 それどころか、重大な誤りがあるか偽であると後に明らかになった証拠に基いて、核開発をしていると我々は主張した。 諜報機関内部の人間がナンセンスだとみなしているアルカイダとの関係を、我々は主張した。 けれども、これらの一連の恥ずかしい事実は、国内のニュースメディアはほとんど報道してこなかった。 だから、世界の他の国々の人々がどうしてブッシュ政権の言う戦争目的を信じないのか、ほとんどのアメリカ人にはその理由が判っていない。 そして、戦争が始ったら、既に大きくなってきているいかなる批判も非愛国的なものとして非難する声が、我々の耳を塞ぐだろう。

そして、今、主張が嘘だとばれたときでも平気で根拠薄弱な主張をすることができると、武力による威嚇が支持率を上げ反対派を抑えこむと、現政権は気付いている。 もしかしたら、そう気付いてそれに基いて行動することを、現政権は立派にも拒絶するかもしれない。 しかし、国際政治においてはもちろん、国内政治においても、この戦争が来たるべきものであったということになってしまうことを、私は懸念せざるを得ない。


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嶋田 丈裕 / Takehiro Shimada (a.k.a. "TFJ" or "Trout Fishing in Japan") <tfj@kt.rim.or.jp>