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ポール・クルーグマン「脅迫、約束、そして嘘」

原文: Paul Krugman, "Threats, Promises and Lies"
Originally published in The New York Times, 2.25.03
訳: 嶋田 丈裕 <tfj@kt.rim.or.jp>
2003/04/02: 初版を公開 | 2003/04/03: 誤字修正

概要:ブッシュ政権の沢山の嘘と破った約束についての議論だが、これは、氷山の一角に過ぎない

実際のところ、トルコは値切り交渉をしていたわけではないようだ。 小切手やクレジットカードでの支払いを受け付けようとしなかったに過ぎない。 イラク侵略の支持の見返りとして、トルコは、将来の援助の単なる言質ではなく即金の緊急援助を要求し、実際得た。 読者も、ブッシュ (Bush) 大統領には信用上の問題がある、と思っているのではないだろうか。

そして、実際に問題があるのだ。

笑い話だが、ブッシュ政権は信用に重きを置いている。 サダム (Saddam) は核兵器を開発している、否、しかしオサマ (Osama) と同盟を結んでいる、否、しかし彼は本当に悪人だ ―― と、イラク侵略の正当化の理由が定まらないうちに、戦争のための議論は、次第に、信用に関するものになっていった。 我々は既に兵士達を配備してしまっている、だから、攻撃しなければ我々がやっていることを世界は真面目に取らないだろう、と、タカ派が言っているのを知っているだろう。

しかし、信用というのは、単に邪魔する人々を懲らしめることじゃない。 信用というのは、約束を守り、真実を述べるということなのだ。 そして、そういったことに、ブッシュ政権は問題があるのだ。

メキシコ大統領ヴィセンテ・フォックス (Vicente Fox) が国連安全保障理事会 (U.N. Security Council) でアメリカ側に議決権を行使するつもりはないと表明する、という驚くべき事実を考えてもみよう。 メキシコのアメリカとの密接な経済的な結び付きとフォックス氏とブッシュ氏との間の先の個人的な関係から、メキシコは多かれ少なかれ自動的にアメリカの隊列に組み込まれていたはずだった。 しかし、メキシコの大統領は、裏切られたように感じている。 不法移民の地位を合法化するという改革の約束を見返りに、ブッシュ氏と密接に連携する ―― ヒスパニック系の有権者を獲得しようという共和党の努力を後押しする ―― という政治的にリスクの多い手段をフォックス氏は取った。 しかし、ブッシュ政権は、そういった改革を全く実行しなかった。 そして、フォックス氏は、もはやブッシュ氏に有利になることをしようという気を失った。

これは、フォックス氏だけじゃない。 実際、極右や企業のロビーイスト以外で、ブッシュ氏と取引をして裏切られたと感じることにはならなかった、という人がいるとは、私には考えられない。 9.11テロ後の数日間、惜しみない援助のお返しに、ニューヨーク市の選出議員はブッシュ氏と同じ側に立った。 数ヶ月後、彼らがブッシュ政権の約束を問題にし始めると、予算長 (Budget Director) ミッチ・ダニエルズ (Mitch Daniels) は、「金の取り合いゲーム」をしていると、彼らを非難した。 一年以上前、「最初に対応した人々」へ35億ドルというブッシュ氏の約束を、消防士や警察官は賞賛した。 しかし、これまで、びた一文約束通り支払われていない。

今日、アフリカでAIDS撲滅するための新しいプログラムのような約束をブッシュ氏がするたびに、ベテランのブッシュ研究家たちはこう謎かけしている 「わかった。それは囮のスイッチだね。で、本物のスイッチはどこだ?」 (答:金のほとんどはマラリア制圧のような違う援助ブログラムから支払らわれるだろう。)

その結果、こういう誠実さに関する問題がある。

経済の問題に関するブッシュ氏の嘘つきは、2000年の選挙の間から明白だった。 しかし、最近は、病的なレベルにまでなっている。 先週、ビジネス・エコノミストたちの優良株の調査レポートから、ブッシュ氏 ―― 経済ブランを支持してくれる著名なエコノミストを得るのに大変だったわけだが ―― は支持を得られたと主張した。 「彼が何を引用したのか私にはわからない」と当惑したレポートの著者は明言した。 彼はそんなことを言っていなかったのだ。

アメリカの人々がちゃんと理解していないかもしれないことは、同じような根拠の無い主張が、世界の多くの人の目の前で、ブッシュ政権の外交政策の信用をどのくらい落としてしまったのか、ということだ。 イラクに対して反対を主張することに実際にメリットがあったとしても、ブッシュ政権は紛らわしいか価値が無いとばれてしまうような証拠を繰り返し挙げてきた ―― 国連の当局者によれば「次から次へとゴミばかり」。

支持率の低下にもかかわらず、ブッシュ氏は、国内では信頼の蓄積を使い切ってはいない。 人々はまだ、消防士と肩を組みワールド・トレード・センターの瓦礫の中に立つ大統領の感動的なイメージを覚えている。 そして、かつてないほど政権に気配りと保護をするメディアは、その後に続く破られた約束については、多くを伝えてきていない。 しかし、世界じゅうの他の国々は、ブッシュ氏が約束を守ったり真実を述べたりするとは信じなくなった。

信頼を失って、われわれは外交をうまくやっていけるのだろうか? 脅迫がその代わりになりうると、ブッシュ政権は明らかに考えている。 まだどちらの側に付くか決めていない安全保障理事会理事国も「間違った」側に付く怖れから同調するだろうと予想している、と当局者は言っていた。 そして、ブッシュ氏は、国連を彼の戦争にしぶしぶながら従わせられるかもしれない。

しかし、もしそうすることができたとしても、我々は勘違いしてはいけない。 イラク侵略によって我々が信用を得られるとしても、それは、世界じゅうで失った我々の信頼に対する僅かな補償でしかないのだ。


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嶋田 丈裕 / Takehiro Shimada (a.k.a. "TFJ" or "Trout Fishing in Japan") <tfj@kt.rim.or.jp>