ビンボー


(NSカード情報誌エッセイ『ビンボー』より)




新中間層の登場


 現在のトレンディ・ドラマのはしりは、大きな試聴率をかせいだ『岸辺のアルバム』や“金妻”だったり、中山美穂のデビュー作である『毎度、お騒がせします』から。これらのドラマの人気が何を現していたのか? なんてムズカシイことを言ってもしょうがないかもしれないけれど、それを言うのがワタシの職業でもあるので、言わせてもらうことにしました。

 ドラマの舞台は、そのエリアといい、家庭の属性といい、時間的にも資金的にも余裕のある設定になっています。登場する人物や家族は、流行語にもなった“新中間層”というコトバに代表される階層の人々。この階層の特徴は大きな幻想を持っていることで、誰もが自分のことを中流階級だと思っている(いた)わけです。しかも、それが国民の8〜9割に達するという今となっては笑える(?)ような現実は、同時に、だからこそ新中間層は日本を代表している絶好のサンプルとしての妥当性を保証してくれもするわけです。

 そんなわけで、1億総中流意識というオメデタイ幻想にのって流行ったコトバもたくさんありました。“不倫”だの“業界”だのといったコトバがそれ。そして、消費活動ではさまざまな商品が、幻想のおかげで売れました。DCブランドや、シーマ現象とまで言われた高級車人気などがそうです。

 この幻想の中で白昼夢を泳いでみせていたかのような新中間層は、幻想とともにある程度確かな認識と判断力を併せ持ってもいます。それが、ある種の消費トレンドを大きく左右しました。たとえば、ホンモノ志向などは“流行”という面とともに、しっかりした価値観の裏打ちがあります。食品、化粧品をはじめとしたナチュラルな素材の定着、エコロジーブームなどもそうです。

 新中間層の生活空間、居住エリアは、これまた流行語のニュアンスもあった「新山の手」と呼ばれる地域。ニュータウンをはじめとして、エリアではTVドラマを中心に1ヵ月月数10本から、時には100本ちかい撮影があったような場所です。



赤いスポーツカーが象徴するもの


 かつて「ソアラ」という車は羨望の的でもあり、“赤いスポーツカー”という表現と同様の意味を持ち、時代を反映した形容詞でもあったでしょう。話題になったある事件によって「赤いソアラ」は意味ありげなコトバとして流布もしました。自動車に対するレスポンスは社会の姿を正直に反映しています。
 ここで興味深いのが、ある会社がニュータウンでとった自動車の人気に関するアンケートの結果です。人気のトップは質実剛健な「ブルーバード」であり「ソアラ」ではありませんでした。ソアラの人気は両極端で、否定派も相当数に達していました。
 何故か?
 これは、「赤いスポーツカー」がカッコイイのはドラマの中か、ドラマにあこがれる心の中に過ぎないことを、アンケートの回答者がわきまえている証拠とは言えないでしょうか。

 新山の手だの新中間層だのの人々は、ホントにハイソサエティでない分だけ、確実に感性がスルドク、知的欲求が強くなっています。つまり、ホントの贅沢ができない分だけ、それを観念的に得るテクニックを身につけているわけです。
 ですから、背伸びすれば届くようなものは、背伸びして手にいれます。しかし、背伸びは、そういった気持ちがあってするものであって、とても観念的なものです。しかも、その状態ではしっかりと地に足が着いているとは言えず、絶えず不安定感と緊張がつきまといます。
 これが、新中間層の基本をなす社会的気質(エトス)です。(ここでは便宜上<エトス>という言葉を使いますが、本来的にマテリアルかつテクノロジカルにパースペクティブを展開できないこういった蒙昧な定義の言葉は原則として使ってはいけませんネ)

 バブル崩壊は、このエトスにパンチを加えました。もともと中途半端なものに過ぎなかった経済的余裕を失った新中間層は背伸びをやめました(できなくなった)。新たに新中間層がその鋭敏な感性で捉えた自己定義は、“自然志向”であり“清貧”であり“自分はちょっとビンボー”というようなものです。
 贅沢を排することを自然志向とし、自己抑制を清貧とし、認めなければならない現実を直視してちょっとビンボーかも、といろいろ人生や過去やよくわからない将来を反省したり考えたりするわけです。

 新山の手の人口は、およそ2000万人。日本のメジャーであることは確か。はたして、“ビンボー”はトレンドになるのでしょうか?
 もちろん、トレンドではなく“実態だ”という声もあるわけです。
 こっちの方がリアルですね。
 トレンドというか、客観的な事実となりつつあるわけです。





欄外…
昔「リッチでないのに、リッチは描けません」とか言って別の世界へいっちゃった人がいますが。ワタシはビンボーなまま、この世界に止まります。だってほかに行くとこないもんね(笑)。友達は、象ガメくん。江戸時代より続く伝統芸放し亀運動中!



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