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1.Your Song
2.Daniel
3.Honky Cat
4.Crocodile Rock
5.Goodbye Yellow Brick Road
6.Take Me To The Pilot
7.Rocn N Roll Madonna
8.Candle In The Wind
9.Don't Go Breaking My Heart
10.Honky Cat
11.Saturday Night's Alright For Fighting
12.Rocket Man
13.Don't Let The Sun Go Down On Me
14.Border Song
15.It's Me That You Need


2005.06.26.Sun. 12 : 20 p.m.
BGM : Elton John "Greatest Hits"


 すでに編集長のOKをいただいていた『わしズム』のコラムだが、ゲラの段階でシギーから修正意見をもらい、ゆうべ手を入れた。過酷な編集作業でたぶん倒れそうになっているはずなのに、1ページのコラムにも手を抜かないシギーには本当に頭が下がる。手を抜きたくても抜けない原稿を書いている私がイカンのだけどね。すまなかった。世話になった。どうもありがとう。

 苦しんでいる単行本原稿のほうは、きのう、ようやくローギアからセカンドに入ったような手応えがあった。いまだに、何がきっかけでそうなるのかわからない。何か思いついたとか方向性が見えたとかそんなことではなく、単に時間が解決しているのだとしか思えない。物理的な制約がアイデアを生むのである。良いことなのか悪いことなのかよくわからないし、それは「アイデア」ではなく「苦肉の策」と呼ぶのではないかとも思うが、まあ、そういうものだ。

 コラムなどの短い原稿にしても、先割り(レイアウト先行)で字詰めと行数がかっちり決まっていたほうが書きやすい。近頃は圧倒的に後割り(原稿に合わせてレイアウトする)が多く、いくらか余分に書いても級数や行間などが簡単に圧縮されてスペースに収まるので、はみ出した原稿の字数調整をしなくて済むことが多いのだが、これは楽に見えるようでいて書き手にとっては意外に厄介だ。昔はその字数で収めようと苦心しているうちに簡潔な物言いを思いついたりして文章が研がれていったものだが、いまは何となくダラダラした感じで、書いていて気持ちが悪い。文字数の融通が利かない活版雑誌で編集をやっていたころ、アバウトな分量でライターが書いてきた原稿を縮めるのに苦労することが多かったが、いま思えば、あの作業を通して鍛えられた面も大きいような気がする。

 そういえば音楽の世界も、AB両面で40分前後だったLPが80分も収録できるCDになって、作り手にとっては物理的な制約が減った。結果、無駄に曲数の多いアルバムが増えているように見える。紙媒体と違うのは、音楽の場合は聴き手がそれを圧縮することができるという点だ。「編集」が受け手に委ねられていく時代なのかもしれない。本もいずれそうなるのだろうか。気持ちが悪い。







1.Boy in the Bubble
2.Graceland
3.I Know What I Know
4.Gumboots
5.Diamonds on the Soles of Her Shoes
6.You Can Call Me Al
7.Under African Skies
8.Homeless
9.Crazy Love, Volume II
10.That Was Your Mother
11.All Around the World or the Myth of Fingerprints
12.Homeless (demo)
13.Diamonds On the Soles of her Shoes (Unreleased Version)
14.All Around the World or the Myth of Fingerprints (Early Version)


2005.06.25.Sat. 13 : 20 p.m.
BGM : Paul Simon "Graceland"


 1週間前にそれを始めたときも、うっすらそんな予感はあったような気がするのだが、聴いた音楽に★をつけていると、これはやはり、賢い人間のやることじゃないよなぁ、ということがよくわかるのだった。こんなことに何の意味があるのか全然わからない。これで何かが他人に伝わっているとは少しも思えないし、にもかかわらず3つにしようか4つにしようか真剣に悩んでいると、自分がものすごくくだらない人間のように思えてくる。いや、ある程度くだらない人間であるのはたしかだが、自分の感じたことを数値化する営みというのは、たぶん、とてもくだらない。少なくとも私にとってはくだらない。

 どうせくだらない感想であっても、そんなふうに数値化するよりは言語化したほうがまだマシだ。言語化する暇がないからといって、それを数値化することで誤魔化すのは欺瞞である。暇がないなら、黙っていたほうがマシだ。何も語らなくても、ここに掲げればそれだけで私がそれを「聴いた」ことはわかる。私がそれを聴いていることを人に伝えたい、と私が思っているということは伝わる。それで十分である。この蒸し暑い6月下旬の土曜日に、原稿が書けなくて苦しんでいるライターが、ポール・サイモンの『グレイスランド』を聴いている。聴きたくなったから聴いている。そこには何か意味があるかもしれないし、ないかもしれない。大事なのは、私の日常風景に音楽がある、ということだ。それがささやかな自分の歴史として積み重ねられていく、ということだ。

 それに、たとえそれが客観的な「評価」ではなく、私の主観に基づく「好き嫌い度」だったとしても、★をつけた瞬間に私は音楽の「紹介者」になってしまうような気がする。そんなの私はイヤだ。私は私のことを紹介したいとは思うが、音楽を紹介したくてこんなことをしているわけではない。そんな能力もない。私に何か語れることがあるとすれば、それは「私の聴いた音楽」についてではなく、あくまでも「音楽を聴いた私」についてだ。なので、★をつけるのは昨日でおしまい。以前、読んだミステリ小説の「採点」をしていたときに、それをくだらないと感じなかった自分にも、いまは嫌悪感を抱いている。芸術を「採点」する資格を持った人間が、この世にどれだけいるだろうか。







★★★☆☆

1.Political World
2.Where Teardrops Fall
3.Everything Is Broken
4.Ring Them Bells
5.Man In The Long Black Coat
6.Most Of The Time
7.What Good Am I?
8.Disease Of Conceit
9.What Was It You Wanted
10.Shooting Star






★★★☆☆

1.Love Sick
2.Dirt Road Blues
3.Standing In The Doorway
4.Million Miles
5.Tryin' To Get To Heaven
6.'Til I Fell In Love With You
7.Not Dark Yet
8.Cold Irons Bound
9.Make You Feel My Love
10.Can't Wait
11.Highlands


2005.06.24.Fri. 15 : 05 p.m.
BGM : Bob Dylan "Oh Mercy" & "Time Out Of Mind"


 さっきまでボブ・ディラン関係のインタビュー記事(ボブ・ディランのインタビュー記事ではないので勘違いするなよ)を書いていたので、朝からずっとボブ・ディランを聴いている。どちらもダニエル・ラノワという人のプロデュースによるアルバム。とくに『Oh Mercy』のほうは、米国でベストセラーになっているディランの自伝で、そのレコーディングの様子が赤裸々に綴られていたため、興味を惹かれて聴いてみた。なーんて言うと原書を読んだみたいでカッコイイが、そんなもの私に読めるわけがないのであって、来月あたりに発売される日本語版をゲラで読む機会に恵まれたのである。で、そこにはディランとラノワが衝突したり認め合ったりする様子が書かれていてドキドキハラハラするのだが、そうやって作られたアルバムを聴いてみると、まあ、ぜんぜん悪くはないんだけど、そんなにドキドキはしない。仕事中にBGMとして流していてもまったく邪魔にならないのだが、そういうことでいいのかボブ・ディラン。おまえボブ・ディランのくせに。と、本人の前では言えないがそんなふうに思ったりするのである。私はラノワという人の音作りがあんまり好きじゃないのかもしれない。などと言うわりには、何度もくり返し聴いているのだが。

 というわけで、すでにわしズムは終わり、月プレの原稿も書き上げたので、いよいよ残る今月の仕事は単行本だけだ。だけど、もう24日でやんの。月末までにあと200枚も書くんでやんの。まあまあ、「6月いっぱい」とは言っても、30日は木曜日で、世の中には31日まである月も少なくないわけだから金曜日になっても責められることはなかろうし、金曜日の夜に原稿を渡されるなら月曜日でも大差ない(月曜が火曜になったところで大差ないかもしれない)わけなのだから、ざっくり言ってあと10日ぐらいはあるんである。それがライターの論理というものである。その論理で15年やってきたんだから、いまさら直せと言われても無理である。ということは、これから1週間で100枚、最後の3日で100枚書けばいいのだから、要するにいつものペースじゃないか。なんだ楽勝だな。あはは。楽勝楽勝。でも、このところあまり調子が良くない。体調ではなく、ソフト面が不調。つまり書けない。まだ、この本の書き方について、脳内プロデューサーと折り合いがついていないような感じ。こんなとき、ディランならスタジオを離れて街をほっつき歩いたり、奥さんとドライブに出かけたりするわけだが、私はディランではないのでそういうことをしてはいけません。

 日本×ブラジル(コンフェデ杯)は2-2のドロー。最初から最後まで10人対12人という数的不利がなければ勝っていたかもしれない。あの青いシャツを着ていたブラジル人の守備はなんだ。なんのつもりだ。あんな子供に簡単にマークをひっぺがされて恥ずかしくないのか。そして、ブラジル国歌演奏時にジーコの姿を映さなかった映像制作スタッフには、本当にセンスがない。どうしてお茶の間のみなさまが何を見たがっているかがわからないのだ。でも、まあ、おもしろいゲームだった。大黒君は、現地の新聞で「和製ゲルト・ミュラー」とか書かれてないの? いや、ミュラーなら最後にヘディングしたアレも決めてるか。決めてるよな。決めとけよ〜。ともあれ、加地という選手を見直したコンフェデレーション・カップではあった。やればできるんじゃないか。でも、どうもあの人はサッカー選手に見えなくて困る。むしろマラソンとか似合いそう。







★★★★☆

1.All the Children Sing
2.Can We Still Be Friends?
3.Hurting for You
4.Too Far Gone
5.Onomatopoeia
6.Determination
7.Bread
8.Bag Lady
9.You Cried Wolf
10.Lucky Guy
11.Out of Control
12.Fade Away






★★★☆☆

1.Happenings Ten Years Time Ago
2.Good Vibrations
3.Rain
4.Most Likely You Go Your Way (And I'll Go Mine)
5.If 6 Was 9
6.Strawberry Fields Forever
7.Black and White
8.Love of the Common Man
9.When I Pray
10.Cliche
11.Verb "To Love"
12.Boogies (Hamburger Hell)


2005.06.23.Thu. 11 : 55 a.m.
BGM : Todd Rundgren "Hermit of Mink Hollow(ミンク・ホロウの世捨て人)" & "Faithful(誓いの明日)"


 いまさら私が言うまでもなく、トッド・ラングレンは顔が長いことで有名である。象は鼻が長い。トッド・ラングレンは顔が長い。さて主語はどれでしょう。中学時代、国語教師が後者を例文にしてくれていれば、文法の授業にも少しは興味が持てたような気がする。ロックにも早くから興味が持てたことだろう。

 それはともかく、あらためてジャケット写真を見ると、ほんとうに長い顔だ。長いねー、長いねー。感心しきりである。デルベッキオよりも顔の長い人類が存在するとは思わなかった。あんなに顔が長いのにローマダービーで次々とゴールを決めるデルベッキオも凄いと思ったが、こんなに顔が長いのに美しいポップナンバーを次々と生み出すトッド・ラングレンも凄いと思う。関係ないけどね。顔の長さは。しかしクレオパトラの鼻が低ければ歴史が変わったそうだから、トッド・ラングレンの顔が短かったら『Can We Still Be Friends ?』のような名曲も生まれなかったかもしれない。そしてデルベッキオの顔が短かったら……いや、それは言うまい。

 というか、「顔が短い」という言葉をいま自分で書いて初めて目にしたような気がする。世の中に「顔の長い人」はいても「顔の短い人」はいないのではあるまいか。強いて言うなら、リバプールのリーセやマンチェスター・ユナイテッドのルーニーあたりはやや顔が短い印象もあるが、ことさら「おまえら顔みじけーなー」と言うほどではない。それに、頭頂部から顎までの長さならその二人よりもマケレレさんのほうが短いと思うが、マケレレさんは「顔の小さい人」であって「顔の短い人」ではないだろう。「顔の小さい人」は世間に大勢いるが、その反対は「顔の大きい人」なのであり、「顔の大きい人」は決して「顔の長い人」ではない。トッド・ラングレンの顔は長いが大きくないし、稲本の顔は大きいが長くない。いや、稲本が大きいのは顔じゃなくて頭か。「顔が大きい」と「頭が大きい」は似て非なるものだ。たまに両方とも大きい人もいるけどね。

 論点がずれた。なぜ顔の短い人はいないのかだ。もしかして、顔は短くすると必然的に小さくなってしまうのだろうか。顔を大きいまま短くするなんて、旦那、そいつぁできない相談ですぜ、とでも言うのか。「バットを短く持つ」はできても「バットを小さく持つ」はできず、「バットの振りを小さくする」はできても「バットの振りを短くする」はできないことと何か関係があるのかもしれない。関係ないかもしれない。そして、原稿を長くしたり短くしたりするのは簡単だが、大きくしたり小さくしたりするのはとても難しい。いつか「短いのに大きい原稿」を書けるようになりたいものだ。ポップだが深い読後感の残るコラムとは、どうあるべきか。顔の長いトッド・ラングレンのアルバムには、「短いのに大きい曲」がたくさん詰まっている。

 せめて、「長いのに小さい原稿」にならないよう努力すべし。

 ……などと書いていたら、3つの出版社から立て続けに小包が届き、荷を解いてみると、それはいずれも私が手がけた「長い原稿」をもとにして作られた本なのだった。年間平均7冊しか書かないのに、ほんの30分のあいだに3冊も届くというのはどういうことかというと、これはつまり、いかに本というものが当初の予定どおりに刊行されないかという証拠である。私は刊行予定の早いものから順に書いているのだが、それがこうして3冊同時に出来上がったりするわけで、したがって書いた順にお金になるとは限らないということですね。そのうち1冊なんか、去年の2月に脱稿した本だ。まあ、本になっただけありがたいが。で、これらの本の中身が大きいか小さいかはよくわからないものの、部数は大きくないよなぁ。3冊合計で、初版は2万7千部。惜しくも平均1万部に届かないというあたりが、出版界のシブ〜い現状を正しく反映しているような気がしなくもない。10年前なら、合計部数はこれプラス1万部ぐらいにはなっていただろう。一冊ぐらい、ベストセラーにならんもんかなぁ。売るためにはここでもささやかながら宣伝したいところだが、それは許されないというジレンマ。いつも思うが、妙な商売である。さて主語はどれでしょう。







★★★☆☆

1.Song for You
2.Dixie Lullaby
3.I Put a Spell on You
4.Shoot Out on the Plantation
5.Hummingbird
6.Delta Lady
7.Prince of Peace
8.Give Peace a Chance
9.Hurtsome Body
10.Pisces Apple Lady
11.Roll Away the Stone
12.Masters of War (Old Masters)






★★★★☆

1.Song for You
2.Hard Rain's A-Gonna Fall
3.Ballad of Mad Dogs and Englishmen
4.Delta Lady
5.Roll Away the Stone
6.Tight Rope
7.Out in the Woods
8.Shoot Out on the Plantation
9.Stranger in a Strange Land
10.Hummingbird
11.Lady Blue
12.This Masquerade
13.Back to the Island
14.Magic Mirror
15.Crystal Closet Queen
16.Bluebird
17.Roll in My Sweet Baby's Arms
18.Queen of the Roller Derby [Live]


2005.06.22.Wed. 14 : 30 p.m.
BGM : Leon Russell "Leon Russell" & "Retrospective"


 レオン・ラッセルの名前を初めて耳にしたのは、いまから四半世紀以上も前、NHK-FM『軽音楽をあなたに』のカーペンターズ特集をエアチェックしたときのことだ。たしかDJ(いまは「ナビゲーター」と呼ぶのだろうか)は山本沙由理さんという人だったと思う。懐かしいな。当時、FMの番組をエアチェックするときは、曲だけ録音したいので、カセットデッキの前にべったり座り込んでDJのお喋りの前後に一時停止ボタンを押すことに命を賭けていたわけだが、そのカーペンターズ特集のときはおそらく放送中に外出していたのだろう。タイマーを使って番組を丸ごと録音したため山本さんの楽曲解説も入っており、テープを聴くたびに作曲者として紹介されるレオン・ラッセルの名前が耳に入ってきたので、よく覚えているのである。

 ちなみに昔は、ステレオに外付けして使用するタイマーという物(弁当箱サイズ)が存在した。あれを親に買ってもらったときは、「これで学校に行っている時間帯の番組も録音できる!」と欣喜雀躍したものだ。もっとも、そのタイマーは電源のオン・オフをしてくれるだけなので、カセットデッキの録音ボタン(あのグイッと押し下げる四角いレバーみたいなやつ)を押した状態で待機させておかなければならなかった。若い読者に、いま私が何を言っているのかぜんぜん伝わっていないような気がして不安だ。また、オートリバースなどという驚異的な機能もまだ人類の夢にすぎなかったので(すでにアポロは月面に着陸していたにもかかわらず、カセットテープは自動的に反転しなかったのだ!)、自分の不在時に2時間の番組をエアチェックするときは、テープのA面が止まったら取り出してひっくり返して再び録音ボタンを押すという作業を母親にお願いしていた。手順を書いたメモを用意したりもしたが、そんなことを機械に弱い母親に頼むのは心苦しかったし、ちゃんとやってくれるかどうか心配で仕方がなかった。涙ぐましきは70年代終盤の音楽環境である。

 余談が長くなってしまったが、ともかく、その時点で私の頭には、レオン・ラッセルの名が『Song for You』や『This Masquerade』といった名曲を手がけた「作曲家」として刷り込まれたのだった。要するに、都倉俊一みたいに人の歌う曲を提供する仕事をしているのだと、つい最近まで思い込んでいたのである。しかもカーペンターズの歌ったレオン・ラッセルの曲からは、どうしたって「スワンプロック」な感じを受けないので、てっきり作曲者はネクタイ系の生真面目な人だとばかり思っていた。そこにも都倉俊一のイメージが重なっているわけで、なんで私の中で都倉俊一の存在感がこんなに大きいのかは謎だが、ちょっと前にレオン・ラッセルがデラニー&ボニー&フレンズの一員だったと知ったときもなお、都倉ファッションでピアノを弾いている姿を想像していたのだから、おそるべきは中学生時代の刷り込みである。

 そんなわけだから、左のジャケットのようないでたちをしたレオン・ラッセルの実像を知ったときは、「ぼくの知ってるレオン・ラッセルはこんな人じゃないやい!」と、ずいぶん違和感を覚えたものだ。歌のほうも、最初はそれが「作曲家の余技」のように感じられて困った。トンデモない勘違いだが、本当はこっちがオリジナルなのに、レオン・ラッセルがカーペンターズの曲をカバーしているように聞こえてしまう面もあったりして、どうも居心地が悪かったですね。いかに洋楽音痴の私といえども、ファーストアルバムの『Leon Russell』とベスト盤の『Retrospective』で共にオープニングを飾っているオリジナルの『Song for You』を過去に聴いたことがないわけはないのだが、そのときも、それが作曲者自身の演奏ではなく、誰かがカバーしているのだと思っていたような気がする。だから何だというわけではないが、いったん時系列が転倒した人間は、なにかと面倒臭いのである。

 しかし、こうしてオリジナルの『Song for You』を正しくオリジナルだと意識して聴いてみると、シンガーとしてのレオン・ラッセルが持っている凄味に深く感じ入ると同時に、作った人間が狂おしいほど熱烈なパッションを迸らせて歌い上げたこの曲を、実に抑制の利いた落ち着きのある演奏によってシットリとした大ヒット曲に仕上げたカーペンターズのカバー力もすごいと思わされる。「カバー力」があるっていうと、優秀な二塁手かボランチの選手みたいですが。あと、「チカラ馬鹿」とは書いていないので誤読しないように。







★★★★☆

1 Long Flowing Robe
2 Ballad (Denny & Jean)
3 Bleeding
4 Wailing Wall
5 Range War
6 Chain Letter
7 Long Time, A Long Way to Go
8 Boat on the Charles
9 Be Nice to Me
10 Hope I'm Around
11 Parole
12 Remember Me


2005.06.21.Tue. 22 : 20 p.m.
BGM : Todd Rundgren "Runt. The Ballad of Todd Rundgren"


 日曜日は、このクソ忙しいのにマンション管理組合の通常総会。正直それどころではないが、何を隠そう私は副理事長という偉〜い身分なのだし、そのうえ理事長が交通事故で怪我をしたため議長を務めなければいけなかったので、欠席するわけにはいかない。高くてサービスの悪い管理会社を安くてサービスの良い管理会社に変更するという重大議案を含んだ会議を3時間半も仕切ってグッタリした。会議というもの自体に慣れていないフリーライターに、議長役は荷が重すぎる。しかも出席者が極端に少なく、委任状だけで議決権の過半数に達してしまうような状態なのであり、その委任状は議長に判断を一任しているのであるから、形式的には、私が黒いものを白と言えば黒が白になる世界なんである。「江戸川さんだけ管理費をタダにすることに賛成の人! は〜い!」と言うだけで、私の管理費をタダにすることが可能なのだ。これが権力というもので、世の中にはそれを重荷に感じる者もいれば、喜々として振り回す者もいるんだろうなぁ、などと考えつつ、額に汗しながら議事を進行させていたのだった。無事に終わって良かったが、一日も早く役員を辞めたい。でも辞めさせてもらえない。

 そんなこともあって仕事がはかどらないのだが、それでも3本目の対談原稿をゆうべ仕上げ、きょうの午前中にコラムの原稿を送って、わしズム15号の作業は一応フィニッシュ。これでようやく単行本の原稿に集中できる……というほど世間は甘くないのであって、きのう、きょうと続けて月刊PLAYBOYのインタビュー取材。取材したからには原稿を書かねばならぬ。

 それにしても、きのう某作家先生のインタビューで市ヶ谷の法政大学を訪れたのだが、その研究室の散らかりようといったら凄いものだった。いや、あれは「散らかっている」とか「汚れている」などという生やさしいものではない。文明人の使用する部屋としては完全に破綻していた。室内にある物体は、おそらく7割がゴミ。床には無数の書類や冊子が散乱し、書架は大崩落状態、テーブルは吸い殻で満タンになった灰皿、郵便物、自販機コーヒーのものと思われるプラスチックのフタ(およそ30個)などに占領されていて、テレコを置くスペースさえ見当たらない。地震か台風か竜巻か泥棒の集団か秘密結社の家宅捜索のいずれか(あるいはそのうち2つ以上)に襲われた後のような状態であった。あそこまで掃除をしない神経も異常だが、その部屋に人を招き入れる神経はもっと異常だと思う。しかも招き入れられた取材チームの一人はカメラマンなのだ。キャンパスには、小綺麗なカフェテラスなんかもあるんだから、なにもあの部屋で取材を受けなくたってねぇ。しょうがないので、窓から見える景色を背景に撮影してましたけど。高層ビルなので、見晴らしだけは良かったのが不幸中の幸いである。作家としての才能が溢れているぶん、基本的な生活能力が欠落しているということなのかもしれないが、しかしゴミ箱ぐらい買ってもいいのではないかと思いました。いや、どっかにあったのかな。ゴミ箱。あと、消火器も不可欠だな、あの部屋は。いつ煙草の火が紙に燃え移っても不思議ではない。

 このところ、レオン・ラッセルとトッド・ラングレンのアルバムばかり取っ替え引っ替え聴いている。生まれ変わったら、ゴーストライターではなくソングライターになりたい……と思わせる人たちである。いま聴いているのは、トッド・ラングレンのソロ2作目。すばらしい。何度も何度も聴いている。とくにトラック4〜6の3曲が好き。これらの曲はカラオケに入っているだろうか。

 世界ユースとコンフェデは日本戦を中心にちらほらと観戦。A代表が意外に愉快なサッカーをやっているように見えるのは、その前にユースを見ていることに起因する目の錯覚だろうか、どうだろうか。オーストラリア戦の終了間際、どフリーの平山がペナルティエリア内で2秒間ほどじっくり考え込んでから、あらぬ方角に向かって蹴ったシュートには笑った。まあまあ、学生さんのやることだからあんまり目くじら立てようとは思わないが、そっちの方角に、日本サッカーの未来はありません。







★★★★☆

1.Stranger in a Strange Land
2.Of Thee I Sing
3.Hard Rain's A-Gonna Fall
4.Crystal Closet Queen
5.Home Sweet Oklahoma
6.Alcatraz
7.Ballad of Mad Dogs and Englishmen
8.It Takes a Lot to Laugh, It Takes a Train to Cry
9.She Smiles Like a River
10.Sweet Emily
11.Beware of Darkness
12.It's All over Now, Baby Blue
13.Love Minus Zero/No Limit
14.She Belongs to Me





◇好感度のニュアンス
★☆☆☆☆ 燃やせないゴミ
★★☆☆☆ ラックの肥やし
★★★☆☆ 生活必需品
★★★★☆ 非常持ち出し品
★★★★★ 家宝
 


2005.06.17.Fri. 14: 55 p.m.
BGM : Leon Russell "Leon Russell and Shelter People"


 2002年の秋に減量作戦を開始して以来、苦節およそ2年半。ついにBMI指数が25未満になった。BMI指数とは体格を判定する国際的な基準で、誰が決めた知らないけれど、身長(m)の2乗で体重(kg)を割った商が25以上の人は「肥満」ということになっている。割り算の答えって「商」でいいんだっけ? いいんだよな。なんで「商」なんだろうか。それはともかく、身長2メートルの人は100キロ以上なら肥満、身長ルート2メートルの人は50キロ以上で肥満ということですね。現役時代の小錦(275kg)も、身長がルート11メートル以上あれば肥満とは言えない。ルート11っていくつだ。3.3ぐらい? 身長3.3メートルになるぐらいなら肥満のほうがいいという説もあるわけだが、いま問題にしているのは小錦ではなく私のBMI指数である。それが、きのうの時点で、24.81481。やった! 私はもう肥満じゃない! 私はもう肥満じゃない! 国際的な基準に照らして肥満じゃない! いわばワールドクラスのスリム・ボディだ! ……なんてな。こんな指数にどれだけの根拠や意味があるのかは大いに疑問であるし、どうやら米国の連中が恣意的に判定基準をいじっている(1998年までは27以上が「オーバーウェイト」、30以上が「肥満」だった)らしいので、そんな数字をアテにして一喜一憂するのはバカである。そもそもここでは体脂肪率が無視されているし、人種や民族間の体質差なんかも考慮されていないからね。しかしまあ、そうは言っても、FIFAランキング程度の説得力はあるわけで(その程度しかないとも言えるが)、それなりの達成感はあるのだった。よく頑張ったよ、おれ。

 そんなことはいいから仕事で頑張れよ、という話である。頑張ってるよ。わしズム対談の2本目もきのう終わったよ。かなり頑張ってるんだよ。しかし、仕事の合間に権利関係の交渉事なんかが入ったりして、なんだか集中できない。どんな本も脱稿した瞬間は絶大な達成感があるが、いざ刊行直前になると、しばしば「こんなはずじゃなかった」的な問題が発生して、後味の悪い思いをすることが多いのだ。結果はどうあれ、そういう交渉をせざるを得ないというだけで、自分がひどく卑しい人間であるかのように感じられて暗澹たる気分になる。たとえ希望どおりの条件を勝ち取ったとしても、相手がイヤイヤながら金を支払っている(つまり、それほどの仕事をしたとは評価されていない)んじゃないかと思ったら、心底からの達成感は得られない。勝っても負けても楽しくないから、私はお金の交渉が嫌いなのだ。自分から要求しないと損をする世の中が嫌いなのだ。甘いと言われようが青臭いと言われようが嫌いなものは嫌いなんだからしょうがない。そんな私が、いま「交渉力」に関する本を書いているという、この皮肉。わしズム対談も、3本とも外交に関する話題だ。利害衝突のない平和な社会は、一体いつになったら訪れるのでしょうか! ……と、時には朝日新聞「声」欄のように叫んでみたっていいじゃないか。

 日誌本文でその日のBGMにまったく触れないこともしばしばあり、その場合、私がその音楽をどう聴いているのかが読者諸氏に伝わらないという問題があるのだが(そんなことに関心のある読者がいるのかどうかという問題もあるのだが)、しかし聴いたものについていちいち何か書くというのも面倒なので、きょうから戯れに好感度を★の数で表現してみることにした。ありがちなアレなのでアレだし、BMI指数やFIFAランキングよりもアテになりませんが。でも、レオン・ラッセルはすばらしい。




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