深川峻太郎の江戸川春太郎日誌 05-06 season #17
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1.振動覚
2.リライト
3.君の街まで
4.マイワールド
5.夜の向こう
6.ラストシーン
7.サイレン
8.Re:Re:
9.24時
10.真夜中と真昼の夢
11.海岸通り
12.ループ&ループ


平成十八年三月二十三日(木) 午後三時二十五分
BGM : ソルファ / Asian Kung-Fu Generation


 一昨日は、日本×キューバ(WBC決勝)をライブ観戦。もし、打者が三塁線を切れるファウルを打った瞬間に「三遊間!」と口走り、見逃しの三振でも「スイングアウ……」と言いかけてしまうような野球の素人がこの重要な試合の実況を担当していたことがバレたら、米国における「YAKYU」の評価は今ほど高まらなかったかもしれないが、フナコシさん以外は最高の試合だった。いったい何年実況席で野球を見ているのかと呆れるが、あの人の場合、とにかく「三遊間!」とか「スイングアウトの三振!」とか「ワンバウーンド!ツウバウーンド!」とかって言いたいんだろうな。とにかく「ブラボー!」って言いたいクラシックの客みたいな感じ?

 それにしても、この大会中、いったい何人の日本選手が雪辱を果たしたであろうか。失敗した者が汚名返上の機会を生かすところを見るのはとても良い気持ち。この場合、「リベンジ」などという横文字は使いたくない。「雪辱」である。「リベンジ」には自分の汚れを敵になすりつけるような卑しいイメージがあるが、「雪辱」にはおのれの心身を洗い清めるような美しさがある。「すすぐ」に「雪」の文字をあてた先人たちの美意識ってすばらしい。9回表、完璧なプッシュバントとそれに続く右前適時打によって、失策と犠打失敗という屈辱にまみれていた川崎にあのミラクルなベースタッチの機会を与えた西岡とイチローはえらい。あの追加点は、この大会における日本チームの戦いを見事に完成させる美しい得点だった。画竜点睛。ただひとり汚名返上できずに終わったフナコシさんにもいつか雪辱を果たしてほしいものだが、失敗を屈辱と感じていない者にそれを雪ぐことはできんわなぁ。例の「ゴルゴルゴルゴルゴルゴル……」だって反省してないんだろうし。







1.You Don't Love Me When I Cry
2.Captain For Dark Mornings
3.Tom Cat Goodby
4.Mercy On Broadway
5.Save The Country
6.Gibsom Street
7.Time And Love
8.The Man Who Sends Me Home
9.Sweet Lovin' Baby
10.Captain Saint Lucifer
11.New York Tendaberry
12.Save The Country
13.In The Country Way


平成十八年三月二十日(月) 午後二時三十分
BGM : New York Tendaberry / Laura Nyro


 ここ数日、仕事場にも山に芝刈りにも行かず、自宅の茶の間でゴロゴロしながら、WBCの日韓戦を2試合ともライブで泣きながらフル観戦していた。野球でこんなに激しく一喜一憂したのはとても久しぶり。誤審という逆境、薄氷の準決勝進出、韓国戦2連敗の屈辱バネ、上原の男気、ベースを叩く松中、スタメン落ちした福留の代打本塁打、おっさん宮本の渋〜い代打適時打、送りバント失敗した多村の汚名返上などなど、野球漫画を地でいくような日本らしい浪花節ベースボールを堪能できて、ものすごく満足。野球はこうでなくっちゃいけません。韓国は、大会が終わってもいないのに兵役免除というご褒美をあげてしまったのがマズかったよな。だいたい、免除が褒美になる兵役ってどうなのよ、と思う。内心ではホッとしながら、表向きは「国のために役立てず恥ずかしい」と言ってみたりするのが兵役免除ってもんじゃないかと思うのだがどうだろうか。その建前を公に否定しちゃったら、軍の規律とかモチベーションとかの維持がひどく困難になるような気がする。

 WBCについては、月プレ4月号で関連記事を構成した際にちょこっとだけ勉強した時点で、この大会をワールドカップに準えるのは間違ってるんだろうな、という認識を持っていた。これはあくまでもMLBによる内輪のイベントなのであって、いわばFAがフットボールの国際大会を主催してるようなもんである。その競技の母国が主催するのだからそれなりの権威は認められるものの、どうしたってエキシビション的な色彩は拭えない。たしか柔道でも嘉納ナントカ杯だったか何だったか日本主催の国際大会があったと思うが、まあ、そんなようなもんだろう。誰もそれを真の「世界一決定戦」だとは思わない。MLBの試合なんだから、MLBの審判が裁くのも至極当然である。

 MLB自身、本質的には「世界大会」ではなく「国別対抗戦」のつもりだったのではなかろうか。メジャーリーガーを国別に再編成して戦わせたらオモロイやん、という発想なんでしょう、たぶん。バークリー・イングリッシュ・プレミアリーグの所属選手たちをイングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの4ヶ国に分けて戦わせるようなもので、要は、別バージョンの「オールスター戦」である。だから本音では、「MLBネーションズ・カップ」とでも銘打って、ほぼ全員メジャーリーガー(もしくは米国でプレイしている選手)でチームを編成できる米国、ドミニカ、ベネズエラ、プエルトリコ、メキシコ、カナダあたりだけで対抗戦をやりたかったんじゃないかなぁ。欧州ラグビーの6ネーションズみたいなもんですわな。その場合、日本と韓国は豪州とニュージーランドみたいな扱いだと勝手に思えば、そう腹も立たない。まあ、一方でMLBには「野球の国際的な普及」という使命感(なのか商売上の必要なのかわからないが)もあるので、「W」のつく大会にしたかった事情もわからなくはないけれど、最初から手を広げすぎたって感じはするのだった。結果、思惑が最悪の形で外れちゃって、ちょっと気の毒。ともあれ決勝では、1塁の塁審が「キューバにだけは優勝させたくない」と考えて本領発揮してくれるといいと思う。







1.Let No Man Steal Your Thyme
2.Waltz
3.I've Got a Feeling
4.Three Part Thing
5.Bruton Town
6.Lord Franklin
7.Once I Had a Sweetheart
8.Will the Circle Be Unbroken
9.Train Song
10.House Carpenter
11.Sovay
12.Sally Go Round the Roses
13.I Loved a Lass
14.Cuckoo
15.Trees They Do Grow High
16.Rain and Snow

Disc 2
1.Omie Wise
2.Light Flight [Take Three Girls Theme]
3.Maid That's Deep in Love
4.Cold Mountain
5.Goodbye Pork Pie Hat
6.Wedding Dress
7.No More, My Lord
8.Pentangling
9.Way Behind the Sun
10.Travelling Song
11.When I Get Home
12.Sweet Child
13.Watch the Stars
14.So Clear
15.Cruel Sister


平成十八年三月十四日(火) 午後二時三十分
BGM : Light Flight: The Anthology / Pentangle


 きっちり期限を守って確定申告終了。えらいなぁ私。まるで真人間に生まれ変わったかのような清々しい気分である。しかし何だろう真人間って。マニンゲン。マニンゲン。こうして見ると、どことなくドイツ語っぽい。ドイツ語といえば、唐突だが「アウフゲガンゲン」だ。高校のときに習った。何かの歌詞に出てくる単語だったと思う。意味は忘れた。アウフゲガンゲン。マニンゲン。アウフゲガンゲン。マニンゲン。オリバー・アウフゲガンゲン対ミヒャエル・マニンゲン。何の試合だそれは。よくわからないが、マニンゲンになるのはとても大切なことのような気が、今、してきた。真人間になるのはなかなか難しそうだが、まずは税金をどっさり納めることから始めたほうがいいかもしれない。今年はもう間に合わないので、来年の目標。

 目標といえば、16回目の確定申告にして、ようやくフリーになった当初に妄想したひどく下世話な目標を達成した。ほんとうに下世話な目標で、人格が疑われそうなので具体的には書かないが、簡単に言うと、「この大手出版社5社からお金をもらう」という実に権威主義的な目標である。簡単に言っても人格疑われそう。ああそうだよ、あそことかあそことかだよ。岩波書店は入ってねぇよ。これまでもそれぞれつき合いはあったが、一度の確定申告で5社の支払調書が揃ったのは初めて。申告書にその社名をずらずら記入しながらちょっとニマニマした自分って情けないし書いていて恥ずかしいが、まあ、俗物には俗物なりの達成感というものがあるのだし、中堅出版社を辞めてフリーになった26歳の男が胸に抱く妄想としては、至極まっとうなものだという気もする。まっとうなルサンチマン、ともいえるけど。……ルサンチマン。ディディエ・ルサンチマン対ミヒャエル・マニンゲン。やっぱりマニンゲンのほうが強そうだ。

 わが家のサッカー観戦態勢もすっかり変わってしまい、私が仕事で不在だったあいだに、セガレと愚妻はチャンピオンズリーグの1回戦セカンドレグをすべて観たらしい。私はバルサ×チェルシーとミラン×バイエルンぐらいしかまともに観ていない。かなりの熱戦だったと漏れ聞くアーセナル×マドリーも未見。やけに熱心なマドリーファンになっているセガレは、テレビの前で悶絶していたそうだ。さらに先日のバレンシア戦を観た後は、「ロナウド、もう要らな〜い」とボヤいていた。ボヤくようになったらサッカーファンとしても一人前である。それはともかく、スーペル・ピッポのスーペルな2ゴールにはコーフンしたよなぁ。代表には呼ばれないのか。呼べ。呼んでくれ。チェルシーは去って当然のお寒い内容。「CFフート」などという醜悪な作戦を、カンプノウのような格調高い舞台で披露してはいけなかった。どうせ負けるにしたって、負け方ってもんがあると思う。アブラさん、ひょっとして内心で「来シーズンはクーマンちゃんでも呼んじゃおっかなぁ」とか思ってたりしないだろうか。あ、そういえば、ユーベ×ブレーメンも観たっけ。その果敢かつ逞しい戦いぶりに「準々決勝以降はブレーメンを応援しよう!」と心に決めた途端にアレだったから、ずいぶんがっかりした。

 ところで、ゆうべビデオで観たチェルシー×トッテナム(プレミア第26週)は2-1でチェルシーの勝ち。カンプノウでの醜態でシラケきっていた私だが、後半ロスタイムにギャラスが放ったロングシュートには再び魂を揺さぶられた。ギャラスぅ。我慢してサイドバックやっててよかったじゃんかよぉ。報われたよなぁ。みんなに顔を上げて歩くことを思い出させたギャラスは、とてもえらい。ゴールネットを突き破りそうな勢いで飛んでいったボールは、いろいろなものがぎっしりと詰まって鉛のように重くなっているように見えた。







1. Cradle Rock
2. Walk in the Shadows
3. A New Day Yesterday
4. I Know Where I Belong
5. Miss You, Hate You
6. Nuthin' I Wouldn't Do
(For a Woman Like You)
7. Colour And Shape
8. Headaches To Heartbreaks
9. Trouble Waiting
10. If Heartaches Were Nickels
11. Current Situation
12. Don't Burn Down That Bridge
13. Miss You, Hate You


平成十八年三月十三日(月) 午後十二時三十分
BGM : A New Day Yesterday / Joe Bonamassa


 木曜に完徹して「わしズム」の対談&インタビュー原稿を仕上げ、金曜はぶっ倒れていよう……と思ったら週刊ダイヤモンドの商品紹介記事が〆切だったので、いわばマラソンと400メートルを立て続けに走った後に「走り幅跳びも一本やっとけ」と言われたような気分で書き殴り、土日は久々に休んでセガレと将棋を指したりチャンピオンズリーグを見たり将棋を指したりチャンピオンズリーグを見たりして過ごしたものの、実はまだ「わしズム」は終わっていなかったのであって、週末にレイアウトが上がったグラビア3ページの短い本文やらキャプションやらを今朝やっつけて、ようやく仕事が一段落した江戸川です。よく倒れずに完走したものである。例によって次の仕事がないことに茫然とするが、まあ、これだけ働いたんだから、しばらくのんびりしてもバチは当たるまい。あー。飲みに行きてー。でも確定申告しないとな。死ぬほど面倒臭いな。レース終了後にドーピング検査受けるみたいな気分だな。大丈夫かな。先週、幻覚出てたしな。







1.Look At Miss Ohio
2.Make Me A Pallet On Your Floor
3.Wayside/Back In Time
4.I Had A Real Good Mother And Father
5.One Monkey
6.No One Knows My Name
7.Lowlands
8.One Little Song
9.I Made A Lovers Prayer
10.Wrecking Ball


平成十八年三月八日(水) 午後二時五十分
BGM : Soul Journey / Gillian Welch


 いやっほーう。単行本を脱稿したのである。当初の予定どおりには進まず迷惑をかけてしまったが、執筆開始からちょうど四週間、その間に「わしズム」の原稿を四本も書いていることを考えれば、悪くないペースだ。なかなかどうして私も大した奴である。誰も褒めないので自分で褒めた。しかし考えてみると、この一ヶ月間に私が原稿化している口述や対談のテープ速記はぜんぶ愚妻がやっているわけで、400字詰め原稿用紙換算800枚分もキーボードを打ち続けたのは、なかなかどうして大したものだ。たまには褒めないとグレるので褒めた。しかし、単行本は終わったものの、「わしズム」の仕事があと二本ある(また一つ増えたのだ)。42.195キロのフルマラソンを走り終えた直後に、400メートルの準決勝と決勝を走れと言われているような気分である。自分の戦いで精一杯で、カンプノウに目を向ける余裕がない。







1.Soul Serenade/Rasta Man Chant
2.Bock to Bock
3.Drown in My Own Tears
4.Afro Blue
5.Elvin
6.Oriental Folk Song
7.Sierra Leone


平成十八年三月七日(火) 午後十一時十分
BGM : Soul Serenade / The Derek Trucks Band


 きのうは「わしズム」の取材のため東武東上線に乗って若葉というところまで行ってきた。あんなに遠いと思わなかった。東武東上線に乗っていると、どうして寒々しい気持ちになるのだろう。しかし往復の電車で睡眠時間が得られたのは僥倖。五時ごろ帰宅して風呂入って晩飯食ってまた「いってきまーす」と出勤して、急に編集部から飛び込んできた対談原稿の修正依頼に対応しつつ、「モチベーションの維持には睡眠も大事」みたいな単行本原稿を深夜二時半までかかって書く。書きながら、深く深く頷いた。深く深くウナダレた、とも言えるが。家に帰る途中、五回ぐらい、歩きながら寝た。わーお。すごい技術だ。たぶん「鼻で息を吸いながら延々と管楽器を吹き続ける」と同じぐらいすごいと思う。おれ、進化しちゃったのかもしれない。帰巣本能だけで家にたどりつき、ベッドに倒れ込んで目を閉じると、瞼の裏側で、巨大な瓶の中でホルマリン漬けにされた悪魔が「いやっほーう! いやっほーう!」と嬌声を上げながらものすごい速度でグルグル回っているイメージが止めどもなく続いた。いったい、私の脳内ではどんな物質が分泌されているのだろうか。面白かったけどね。悪魔も楽しそうだったし。いやっほーう。







1. Levee Town
2. This River
3. U.S.S. Zydecoldsmobile
4. Love and Glory
5. Broken Hearted Road
6. Spider-Gris
7. Godchild
8. Turning With the Century
9. Rider
10. Soul Salvation
11. Angeline
12. Deep South


平成十八年三月五日(日) 午後一時十分
BGM : Levee Town / Sonny Landreth


 ねむい。そして、腰が痛い。肩凝りもバリバリ。バリバリだぜベイビィ! 木曜に単行本の四章を上げ、金曜に「わしズム」の四本目をやっつけたところで、ぷちん、と何かが切れる音を幻聴した。なんだなんだ。なんの糸が切れたんだ。わからないまま、懸命に切れたものをつなぎ直しながら机に向かっている週末である。こんな状態で「低下しがちなモチベーションを持続するノウハウ」について書いてるのって、悪い冗談としか思えない。まるで犯罪者が遵法精神について語ってるようなものじゃないか! ちょっと言い過ぎた。そこまで言っては私が気の毒すぎる。ともあれ、こういうときはいっぺん思いっきり弱音を吐いて居直るのが私のやり方なので今そうしているわけだが、そんなことを原稿に書くわけにはいかないのだった。そういえば数日前、「休むのも仕事のうち」みたいなことを原稿に書いたような気がするが、事ここに到っては休むわけにもいかない。あらゆる点で言行不一致な今日この頃。いや「原稿不一致」と言うべきか。そんなこんなで、今はサニー・ランドレスのやけに南佳孝とよく似た歌声とサロンパス30ホット(温感刺激マイルドタイプ)の成分が体にじわじわ〜っと染み込んでいくのを感じてウットリするのが唯一の楽しみである。ああ、サロンパスの温感刺激ってすばらしい。そして、スライドギターの音感刺激も。よーし、モチベーション上がってきたぞぉ。と、日記には書いておこう。







1. True Blue
2. Hell at Home
3. All About You
4. A World Away
5. Gone Pecan
6. Natural World
7. The Promise Land
8. Falling for You
9. Ol' Lady Luck
10. Gemini Blues
11. The Road We're On
12. Juke Box Mama


平成十八年三月三日(金) 午前九時二十五分
BGM : The Road We're On / Sonny Landreth


 下にコピペしたのは、きのう、杉並区危機管理室危機管理対策課から愚妻のところに届いた「杉並区子ども安全注意報」である。「安全注意報」って日本語もどうかと思うが、とにかくそういうメールサービスがあるのだ。


子ども安全注意報 06/3/2

 昨日と本日の午前8時頃、高井戸東1丁目の首都高速道路の歩道橋付近で不審者(40代、黒のチェックの背広、黒のバッグ、白髪まじりの男)が登校途中の児童に「傘を捨てろ」、「鍵盤ハーモニカを捨てろ」と声をかけた事案が発生しました。被害はありませんでした。

 子どもたちには、不審者に遭った場合は防犯ブザーを活用する、大声を出して逃げる、複数人で登下校するようご指導願います。


 なんて新しい不審者なんだろう。ある意味、不審者業界のプログレかも。少なくとも、そこらのステレオタイプな不審者とは発想の次元が違う。なにしろ「捨てろタイプ」だ。

 などと笑っていられないのは、出没した時間帯や年格好が、きのうの私と似ているからだ。きのうの私は、事情を知らない者が遠目に見たら、「いやだいやだと泣き声を上げる登校途中の児童を追いかけ回した挙げ句、恐怖に腰を抜かして地べたに座り込んでしまった子供を見下ろして怒鳴りつけている四十代の不審な男」である。おばあちゃんが追いつく前に男の子が防犯ブザーを鳴らしていたら、通りがかりの人に逮捕されてしまったかもしれない。私が通りがかりの人だったら、きっと逮捕する。子供を守るって、むずかしい。

 今朝、通勤途中に、きのうの老女とすれ違った。ひとりで小学校から出てきたところだったから、きょうは無事に孫を送り届けたのだろう。私から声をかけるのも変なので気づかぬフリをしていたら、向こうも黙って通り過ぎていった。気づかなかったのかもしれないが、向こうもまた「気づかぬフリ」をしていたような気がしてならない。だとすれば、やはり私は余計なことをしたのだろう。きっと、事情も知らない赤の他人のくせに、よく考えもせず、男の子が「ふつうのわがままな小学生」だと思い込んで大声で怒鳴りつけたのがいけなかったのだ。言われたとおり携帯電話だけ貸して、あとは黙って見ていればよかったのだ。反省している。

 何を隠そう、三週間ほど前からサニー・ランドレスの崇拝者になっている。デレック・トラックス・バンドにたどり着いたのも、ランドレスのアルバムを何枚か買っているうちに、amazonの「おすすめページ」にそれが出現したからだ。サニー・ランドレスにどうやってたどり着いたのかは、忘れた。「SONNY」が「サニー」なのか「ソニー」なのかいまだに判然としないし、なんでロリンズは「ソニー」なのにボーイ・ウイリアムソンは「サニー」なのかもわからないが、まあ、そんなことはどうでもよろしい。「いま自分が聴きたい音楽のイメージ」という茫漠としたストライクゾーンがあるとすれば、これがド真ん中。スライドギターをマスターするまでは死ねない、とさえ思う。







1.Nocturne (Prelude)
2.Sometimes I Wish I Was A Pretty Girl
3.Cathedral
4.Uncorrected Personality Traits
5.Sounds Great When You're Dead
6.Flavour Of Night
7.Ye Sleeping Knights Of Jesus
8.Mellow Together
9.Winter Love
10.The Bones In The Ground
11.My Favourite Buildings
12.I Used To Say I Love You
13.This Could Be The Day
14.Trams Of Old London
15.Furry Green Atom Bowl
16.Heart Full Of Leaves
17.Autumn Is Your Last Chance
18.I Often Dream Of Trains
19.Nocturne (Demise)
20.Ye Sleeping Knights Of Jesus
21.Sometimes I Wish I Was A Pretty Girl
22.Cathedral
23.Mellow Together
24.The Bones In The Ground


平成十八年三月二日(木) 午前十時
BGM : I OFTEN DREAM OF TRAINS / ROBYN HITCHCOCK


 朝から憂鬱な出来事に遭遇してしまった。自宅を出て仕事場へ向かう途中のことである。住宅街の路地で、老いた女性が小学生の男の子を持てあましていた。一見したところ祖母と孫だと思われ、実際あとでそうだとわかったのだが、大暴れしている男の子はうちのセガレより体がだいぶ大きかったが声変わりはしていなかったから、小学校四年生ぐらいだろうか。彼はランドセルを放り出し、路上に座り込んだり寝そべったりして、「ほら、ダメよ、学校に行かなくちゃ」と言って腕を引っ張る祖母に「うぉお」とか何とか叫びながら抵抗していた。狭い路地で、車も通るので、見ていて危なくてしょうがない。老女はどうしたらいいかわからないという表情で途方に暮れていた。

「大丈夫ですか?」

 思わず声をかけた。べつに何か手助けしようと思ったわけではない。手助けできることがあると思ったわけでもない。黙って通りすぎるには状況があまりにもヘヴィだったというだけのことだ。何が起きているのか知りたいという野次馬的好奇心もあったかもしれない。いずれにしろ私は「いえ、何でもありませんから」という答えを予想していた。たぶん彼と彼女にとっては「いつものこと」なのだろう。

「あの、携帯電話をお持ちでしたら、お貸しいただけないでしょうか」

 意外なことに、老女はとても具体的な頼み事をしてきたのだった。携帯電話が必要だということは、本人にとっても非日常的な緊急事態だということだ。

 学校に電話をしたいのだという老女から番号を聞きながら数字を押していると、その間も男の子は「があ」とか「ぐわあ」とか言いながら暴れている。やがて老女の「痛い痛い」という声が聞こえてきた。見ると、男の子が老女の腕に噛みついている。電話をかけている場合ではない。

「こら、やめなさい! おばあちゃんに向かって何てことするんだ!」

 男の子を力ずくで老女から引きはがしながら、近隣に聞こえるような大声で怒鳴りつけたのは、わさわさ人が出てくれば私にかかる負担が少しは軽くなるような気がしたからかもしれない。それぐらい「手に負えない感じ」だったのだ。でも、誰も出てこなかった。立ち止まる通行人もいなかった。私だって、朝の忙しい時間帯にいちいち家から出て行ったりはしないだろう。まあ、立ち止まりはしたわけだが。

「すみません。わたしが電話しますから」

 老女がそう言うので「かけ方わかりますか?」と言いながら携帯電話を渡した。すると、その隙に男の子が走って逃げ出したのだから参るじゃないか。逃げたら誰か追わなきゃダメじゃないか。老女は電話してるから私しかいないじゃないか。

 走った。「待ちなさい!」と叫びながら人を追いかけたのは生まれて初めての経験かもしれない。警察官にでもならないかぎり、人は「待ちなさい!」と言いながら人を追いかけたりしないものだ。路地を右に行ったり左に行ったりしながら、百メートルぐらい走っただろうか。たまに振り返ったが、老女の姿は見えない。このままはぐれたらどうしよう、と猛烈に不安になった。おれの携帯電話はどうなるのだ。ああ、しかしそうか、誰かに携帯電話を借りて電話をすれば連絡はつくよな。

 などとアレコレ考えながら、ようやく私が追いつくと、男の子はまた路上に寝そべって「いやだ、いやだ」とか「さよなら、さよなら」などと言った。語彙が極端に少ない。ほとんど幼児語である。こういう子供のことをどう表現すべきなのかよくわからないが、まあ、要するに、年齢にふさわしくない知性を持つ一群の子供たちの一人なのかな、という印象だった。でも、「あの人はおばあちゃん? お母さん?」と訊くと、「おばあちゃん」と素直に即答するから、まったくコミュニケーションが成り立たないわけではないらしい。

 しかし、私が「そんなところに寝てちゃダメだ。おばあちゃんのところに戻ろう」と言うと、また「さよなら、さよなら」と手を振って私を追い返そうとする。私だってさよならできるものならしたいが、行きがかり上そういうわけにはいかない。車も通るから、轢かれたりしたら大変だ。

 しばらく押し問答していると、学校への電話を終えた老女がモタモタとした足どりでやって来て、「○○先生が来てくれるって」と孫に向かって言った。

「どうもありがとうございました。あの、お金はいかほどお支払いすればよろしいでしょうか」

 私に携帯電話を返しながらそう言うので、「いや、それはお気になさらないでください。そんなことより、お孫さんを追いかけないと」と答えた。また男の子が逃げ出していたからだ。追いかけようかとも思ったが、なんとなく、これ以上は関わるべきではないような気もした。老女も、感謝の言葉を口にする一方で、あまり関わってほしくなさそうな表情をしているように見える。それに、学校はそう遠くないだろうから、先生が到着するまで大して時間はかからないだろう。男の子も、私が怖くて逃げていただけで、見知らぬ大人がもういないとわかれば逃げないかもしれない。

 孫の後を追う老女の背中を見送りながら、ではこれで失礼しますと言って歩き出そうとしたときに、自分が見たことのない風景の中にいることに気づいて、こんどは私のほうが途方に暮れた。どこだここは。毎日通っている通勤ルートなのに、ほんの百メートル逸れただけで、右も左もわからない街になってしまうのである。夢中で追いかけたので、どこをどう曲がったのかも思い出せない。ヤマカンでうろうろしているうちに、なんとか見慣れた通りに出ることができたが、なんだか、とても遠いところまで出かけてきたような気分だ。




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