Yazoo は1982年にイギリス (UK) の post-punk の独立系レーベル Mute から登場した electro pop の2人組だ。 最初期の Depeche Mode から脱退した Vince Clarke の synthesizer によるミニマルな伴奏で、 Alison Moyet が R&B 的に歌う、というそのスタイルは、 当時は非常に斬新なものだった。 しかし、約1年で解散。 その後、Clarke はいくつかのプロジェクトを経て Andy Bell と Erasure として活動。 Moyet は歌手としてソロで活動を続けている。 そして、2008年に再結成、 5月から7月にかけてヨーロッパとアメリカ (US) をツアーしている。 この box set は、再結成ツアーに合わせるように制作されたものだ。
CD3枚に未発表音源やライブ音源は無し。 1982年からの約1年の間にリリースされたスタジオ録音音源が完全収録されている。 Various Artists, Mute Audio Documents «1978-1984» (Mute, Audiobox1, 2007, 10CD box set; レビュー) に収録されていたようなBBC音源は、残念ながら全く収録されていない。 1982-1983年以外の録音はCD3の12曲目のみ。 レア音源でも無いので、音の統一感という意味でも収録する必要は無かったと思う。 ちなみに、 Upstairs At Eric's の 1986年の再発CD (Mute, CDSTUMM7) は、ボーナストラック入りの一方で "I Before E Except After C" が削除されるという不完全なものだった。 この box set に収録された remastering CD (Mute, CDXSTUMM7) では、 オリジナルのLPと同じ収録曲に戻されている。
"Don't Go" や "Situation" のようなダンスフロア指向の強い曲も "Only You" のようなバラードも良いし、 "The Other Side Of Love"、"Nobody's Diary" や "Walk Away From Love" のような普通にポップな曲も悪くない。 しかし、自分にとって Yazoo の魅力はそのリズムやメロディといった面ではなく、 ミニマルなアレンジだった。 特に 1st アルバム Upstairs At Eric's での "Midnight" や "In My Room" のような、Clarke の synth の音も Moyet の歌声もふっと切れる間合いが感じられるような曲が良い。 2nd アルバム You And Me Both にも、 "Mr Blue" のような曲があるが、それでもいささかアレンジ過剰に感じる程だ。
歌詞の作りはいわゆる post-punk love song のようなものほど斬新ではない。 "Tuesday" や "Unmarked"、"Happy People" のような社会諷刺も悪くないが、 いわゆる "torch song" というか男女の別れを歌ったものが過半。 そして、この "torch song" 的な歌詞が、 synth によるミニマルな伴奏とソウルフルな歌唱にハマっている。 (ちなみに、歌詞、アレンジの両面で、Yazoo で最も好きな曲は "In My Room" だ。)
CDに収録された音楽ももちろん充分に楽しめたが、 CDにレア音源が収録されていないこの box set の中では DVDの方が興味深く感じられた。 UK盤でもDVDのテレビジョン方式はNTSCでリージョンコード0。 字幕として 英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語 だけでなく日本語も選択可能だ。
DVD 収録映像の中で最も興味深かったのは約37分のドキュメンタリ短編映画 2 Albums, 4 Singles And That Was It...。 Vince Clarke、Alison Moyet はもちろん、 Mute レーベルの Daniel Miller、Depeche Mode の Andy Fletcher などに当時を語らせるインタビュー (おそらく2007〜8年に収録ものが中心。 Clarke については当時のものと思われるものも含まれる) を ミュージック・ビデオや当時のBBC映像を交えつつ構成したものだ。 ミュージシャンを神格化伝説化するような感じの無い自然な作りは、 New Order Story (1993) (レビュー) にも似ていて良い。
当時自分が音楽雑誌を読んでいなかったこともあると思うが、 このインタビューで知ったことも多かった。 Alison Moyet は Vince Clarke や Andy Fletcher と ロンドン (London, UK) 東郊 Basildon でスクールメイトだったこと、とか。 1st アルバムのタイトルになっている "Upstairs At Eric's" というのは Yazoo のプロデューサ/エンジニア Eric Radcliffe の家の2階という意味で、 スケジュールが埋まっていて Blackwing Studio が使えなかったため、 急遽そこに10日かけてスタジオを作って録音した、ということだった。 2nd アルバム You And Me Both の制作時の エピソードで印象に残ったのは、 録音の時点で既に Clarke と Moyet の関係は非常に悪いものになっていて、 一緒にスタジオに入ることなく制作していたということだ。
コード進行をアルペジオで弾くことを中心としたミニマルというか簡素なアレンジは、 guitar でアルペジオを爪弾くことを synth へ置き換えることを意識したのかな、 とも思っていた (シングル Only You のジャケット・イラスト が暗示するかのように)。 これについて、Moyet が 「初期のコンピュータはシングル・ラインが主流。 コードを作るには3つの音を同時に弾かずに 音を1つずつ弾いてコードを”説明”する。アルペジオと分散和音、それがヤズー」 と言っていて、当時使用していた機材の制約という面もあったようだ。 Yazoo のミニマルな音作りについて、 Clarke は「当時は短時間で収録できた。オーディオトラック5本なんてのもあった。 今よりずっとシンプル」とも言っている。
Situation のUS盤12″は ニューヨーク (New York, NY, USA) の DJ François Kevorkian が remix を手掛けているのだが、 これは、Kevorkian 側からオファーがあったとのこと。 当時 Clarke や Daniel Miller はまだ remix がどういうものが知らず、 「原曲とかけ離れていてすごく嫌だった。リミックスとはそういうものだと後から知った」 と Clarke が言っていた。
DVD には、このドキュメンタリーの他、 ミュージック・ビデオとBBCテレビのスタジオ・ライブの映像が収録されている。 これらは、むしろファン向けの内容だろう。 DVDに収録された映像を見て、彼らの活動時期というのは、 "Top Of The Pops" のような歌番組とMTVのちょうど端境期だったんだなあ、と。 Moyet の化粧や服装も、 当時の Tracey Thorn (Marine Girls, Everything But The Girl) を ぽっちゃりさせた感じ。 ドキュメンタリーの中ではゴス (goth) のルーツとして言及されているが、 当時の流行とも言えるものと言っていいだろう。 そういう点でも、1980年代前半という時代を感じた映像だった。