1978年の post-punk 期に活動を開始したロンドン (London, UK) の独立系レーベル Cherry Red が、 設立30周年を記念してCD 8枚組をリリースした。 最初の約5年間にリリースした全61タイトルのシングルを、CD 7枚に完全収録している。 8枚目は bonus CD 扱いで、 最初の5年のアルバムからの曲や、 当時 Cherry Red が配給していたブリストル (Bristle, UK) のレーベル Heartbeat の音源などを収録している。 さらに、25cm×15cmフルカラー76ページの本が付いている。 その内容は、シングルジャケットや写真等の図版や シングルについての初期 Cherry Red の歴史を関係者の証言を通して、 Cherry Red の最初の5年の歩みを辿るものだ。 post-punk 期のイギリスの独立系レーベルに興味ある人にとっては、 資料価値も高い box set だ。
box set を順に頭から聴いていて気付かされるのは、 このレーベルを有名にしたコンピレーション Pillows & Prayers (Cherry Red, ZRED41, 1982, LP) で聴かれるような音楽をリリースするようになったのは、 1981年になってからだったということ。 そして、1981年以降、急速にリリース数が増えている。 後に él レーベルを設立することになる Mike Alway が A & R として参加したのが1980年9月。その効果の大きさを実感した。
最初のうち (この box set のCD2まで) は、 Destroy All Monsters、The Runaways、Dead Kennedys といった アメリカ (US) のグループが目立ち、 Cherry Red 独自のプロダクションがまだ確立していなかったことが伺われる。 この頃の音では、hard rock をバックに The Raincoats の歌手が歌うような Destroy All Stars が最も耳を捉えた。 現在は現代美術作家として知られる Mike Kelley と Jim Show が参加していたグループ、 というより、MC5 の Mike Davis と The Stoogies の Ron Asheton をバックに 女性歌手 Niagara が歌うグループ、と言った方が良いだろうか。 しかし、ちょうどこれを書いている間に、 Ron Asheton が亡くなるとは……。
レーベルの個性を確立したと感じられるのは1982年になってから。 この box set ではCD4からCD5にかけて。 特に CD5 には、Ben Watt、Everything But The Girl、Marine Girls に The Monochrome Set も収録され、Mike Alway 色濃い内容だ。 しかし、この頃の音を聴いていて、その良さを再発見したのは Eyeless In Gaza だった。
付属の本は、Iain McNay が Cherry Red レーベルを興す前、 1971年に設立した Cherry Red Promotion というライブのプロモータの話から始まっている。 最初に手掛けたのは "Paranoid" がヒットした直後の Black Sabbath だったようだ。 当時のチケット半券やフライヤ、ポスターの図版を見ていると、 1970年前後の "Underground" [関連発言] が ルーツにあることが伺われる。
最初のシングルをリリースした際の話では、 独立系の配給会社 Spartan と Rough Trade を引き合わせたというエピソードが紹介されている。 Spartan は音楽業界の主流側にいた人が設立した配給会社で、 Cherry Red が最初のクライアントだったそうだ。 Spartan は Woolworth のようなチェーン店に食い込むコネを持っており、 そういうコネの無かった Rough Trade が Spartan と出会ったことは大きかったようだ。
ちなみに、1982年には既に Cherry Red の配給は Pinnacle (Spartan と同じ頃に活動を始めた独立系配給会社) になっていた。 Rough Trade の The Cartel が活動を始めたのも1982年。 その当時の "UK indie" のレコードの "distributed by" のクレジットは、 たいてい The Cartel、Pinnacle、Spartan のいずれか、もしくはその組合せだった。 そんな独立系配給会社の老舗 Pinnacle が去年末に経営破綻してしまった。 The Independent 紙の "Independent music: A rough trade gets rougher" (2008-12-12) に Pinnacle 経営破綻の独立系レーベルの影響が詳しく報じられている。 それによると、Cherry Red レーベルの Iain McNay は 「25万ポンド (約3千万円) の損害で、Pinnacle に60万枚のアルバムの在庫がある。 クリスマス前までにその在庫を取り戻せなかったら大惨事だ」と言っている。 30周年の box set をリリースした直後にこんなことになって、とても残念だ。
box set の本には、 Mute レーベルの Daniel Miller のプロデュースで Alan Burnham のシングルをリリースしていたこと、 Eyeless In Gaza は 4AD レーベルからも契約のオファーを受けていたこと、など、 同世代の post-punk の独立系レーベルとの関係も伺えるエピソードも多く載っている。 また、Neu! のベスト盤 Black Forest Gateau (Cherry Red, BRED37, 1982, LP) は知っていたが、 Can のシングル Moonshake (Cherry Red, 12CHERRY57, 1982, 12″) のリリースにも、この box set で気付かされた。
このように、post-punk 期の "UK indie" に深く興味ある人にとっては必携とも言える内容なのだが、 入門盤としてはボリュームが大き過ぎる。入門としてお薦めなのは、 1991年に編纂されたアンソロジーをCD 2枚組にまとめた Ambitions Volume 1 & 2: The History Of Cherry Red 1978 - 1988 (1991; Cherry Red, CDMRED140, ?, 2CD) だ。 この2枚組で、1980年代までの Cherry Red レーベルの歴史を追うことができる。
また、Cherry Red の最盛期である1980年代初頭の雰囲気を知ることができる Pillows & Prayers: Cherry Red Records 1981-1984: 25th Anniversary Box Set (Cherry Red, CRCDBOX3, 2003, 3CD+DVD) も良い。内容は、 Pillows & Prayers (1982) に 日本独自企画コンピレーション Pillows & Prayers Volume 2 (1984) を合わせてCD2枚組にした Pillows & Prayers Volume 1 & 2 (Cherry Red, CDMRED169, 2000, 2CD)、 シングル音源集 Our Brilliant Careers: Cherry Red Rarities 1981-1983 (Cherry Red, CDMRED229, 2003, CD) に、 ビデオ版 Pillow & Prayers (1985) にボーナス映像を加えた Pillows & Prayers: Cherry Red Records 1981-1984 (Cherry Red, CRDVD24, 2003, DVD) を一つの box set にまとめたものになっている。