post-post-punk の1980年代半ばにイギリスに広がった DIY 色濃いノイジーな rock シーンを 当時の当事者であった The Membranes の John Robb が取り上げた事典的な本だ。 イギリスの1980年前後の post-punk [関連発言] と1980年代後半の indie-pop [関連発言] の間は不毛な時期とされがちで、 その時期にイギリスから出てきた underground/indepenent/alternative な音楽はほとんど忘れられている。 そんなミッシングリンクを知るのにうってつけの本だろう。 ちなみに、post-punk を描いた Rip It Up And Start Again: Post-Punk 1978-1984 (Faber & Faber, ISBN0-571-21569-6, 2005) の著者 Simon Reynolds が、 2009年の頭に The Guardian 紙に “Will the 'bad music era' ever become hip?” (2009-02-13) というこの時期の再評価記事を書いていたのだけれども、 その記事に応える本とも言えるだろう。お薦めだ。
このシーンはほとんど忘れられているけれども、 Sonic Youth、Dinosaur Jr.、Fugazi や Big Black 等のグループを擁した 同時代のアメリカの hardcore や post-hardcore シーンの イギリスにおける対応物だったと、著者は主張している。 このシーンの第一波として1980年代前半の The Three Johns、The Membranes、The Nightingales を、 第二波として1985年頃の Big Flame、A Witness、Bogshed を挙げている。 そして、Big Flame、A Witness、Stump 等 Ron Johnson レーベルのグループ、 The Wedding Present や The Wouldhounds 等は NME C86 に収録され、 今でもそれなりに名を残している。
このシーンを支えたのは、イギリス国内のあちこちで 様々なグループの組み合わせで際限なく続けられたギグ、 そしてそれを支持したファンジンと John Peel のラジオ番組。 また、レコードのリリースは小規模な独立系レーベルからの7″シングルが中心だったという。 著者はこのシーンを “Death to Trad Rock” シーンと呼んでいるが、 これは The Membranes の1985年の曲のタイトルから採られており、 当時からそう呼ばれていたわけではない。 出版社 (Cherry Red Book) のウェブサイトでは “The Post-Punk Fanzine Scene 1982-87” という副題が付けられているが、実際の本ではこの副題やそれに類する表現は使われていない。 1980年代半ばに登場したグループがほとんどだが、1990年代のグループも含まれている。
本の構成は、このシーンの全体を概観した序章 “Introduction” (インターネットでも読むことができる: "Death To Trad Rock By John Robb - An Extract", The Quietus, 2009-11-23) の後、シーンを構成したグループ毎にグループ名の辞書順で章立てられ、 そのグループの編成、ディスコグラフィとインタビューやバイオグラフィが記述されている。 個別に章立てて取り上げられているのは、以下のグループだ。
A Witness, AC Temple, Age Of Chance, Badgewearer, Big Flame, Phillip Boa & The Voodoo Club, Bogshed, Ceramic Hobs, Ted Chippington, The Creepers, Dandelion Adventure, Dawson, Death By Milkfloat, Dog Faced Hermans, The Dutch Scene (De Kift, etc), The Ex, Fflaps, Five Go Down To The Sea, The Janitors, The June Brides, The Keatons, The Legend!, The Membranes, The Nightingales, The Noseflutes, Fes Parker, Pigbros, Prolapse, The Rosehips, Sarandon, Shock Headed Peters, The Shrubs, Shrug, The Stretchheads, Stump, The Three Johns, Thrilled Skinny, The Turncoats, Vee V V, The Very Things / The Caravats, The Wedding Present, The Wolfhounds, Yeah Yeah Noh
多くはイングランドのグループだが、スコットランドの Dog Faced Hermans、ウェールズの Fflaps 等も取り上げている。 さらに、The Ex や De Kift のオランダのシーン、 ドイツの対応物 Phillip Boa & The Voodoo Club にも章を割いており、 それなりに広がりのあったシーンだったことが伺われる。 また、1980年代半ばに活動したグループだけでなく、 このシーンを承けて1990年年代に活動し始めたグループも採り上げている。 しかし、The Wolfhounds と兄弟グループとも言える McCarthy が挙がっていないのが、少々意外だ。
さらに、章 “Other Bands” でインタビュー出来なかったり情報が少なかったり アメリカのグループだったりという理由で個別に章立てしなかったグループについて、 章 “Associated Bands” でシーンの境界線上にいたようなグループについても触れている。 さらに、このシーンの拠点となった多くのファンジン (Rox, Attack On Bzag, Legend!, etc) と レーベル (Ron Johnson, Vinyl Drip, In Tape, Guided Missile) を簡単に紹介する章もある。
事典的な構成で、個別の記述の割に全体としてのシーンの展開の記述が薄く読み応えが無いのは確かだ。 しかし、特に中心的な一つの場があったわけでなく、個々のグループが緩く繋がっていたという シーンの特徴に合っているのかもしれない。 これで索引があればもっと使い易い本になったとは思うが、 post-punk と indie-pop を繋ぐ1980年代半ばのイギリスのシーンに関する基本文献と言えるだろう。
Ron Johnson レーベルのグループは NME C86 にフィーチャーされたこともあり、 当時からその鋭角なサウンドが好きだった。 やはり NME C86 に収録された The Wedding Present や The Wolfhounds も indie-pop の文脈で聴いていたし、 The Three Johns、The Ex、Dog Faced Hermans など、 約1/3はレコードを持っているグループだ。 しかし、この本を通して、このような繋がりと広がりを持ったシーンと認識できた。
Death To Trad Rock! を出版したのは、 UK post-punk の代表的なレコード会社 Cherry Red Records の書籍部門 Cherry Red Books。 Cherry Red Records から本の出版に合わせて、コンピレーションもリリースされている。 収録されているのは本で取り上げられているグループだが、 取り上げられた全てのグループが収録されているわけではない。 CD化があまり進んでおらず、他のコンピレーションに収録されることも稀なグループが多いので、 CD 2枚組にしても良かったのではないだろうか。 CDのブックレットにはクレジット等がほとんど無いので、本と併せての入手がお勧めだ。
NME C86 20周年としてリリースされた indie-pop のコンピレーション CD86: Tracks From The Birth Of Indie Pop (Castle / Sancturary, CMEDD1420, 2006, 2CD) [関連発言] に収録された Ron Johnson レーベルのグループが Big Flame だけだったので、 その補完としてもお勧めだ。 軽くジャングリーな indie-pop の影に隠れてしまった 1980年代半ばのエッジのあるノイジーな indie/alt rock が楽しめる。
Death To Trad Rock! とほぼ同時に、 Cherry Red Books から 1980年前後に登場したイギリスの独立系レーベルに関する本が出ている。 それ以前の独立系レーベルについても導入で一章を裂いているが、 本書が扱っている範囲は、 1970年代半ばに punk と並行して活動を始めたレーベル Chiswick に始まり、 Buzzcocks の New Hormones をきっかけとする DIY 的な独立系レーベルのブーム、 Rough Trade、Beggars Banqued / 4AD、Mute、Cherry Red 等の post-punk 期に活動を始め現在まで続く大手独立系レーベル、 そして配給網の The Cartel まで。 Ron Johnson レーベルには触れられているが、 1980年代後半の indie-pop の拠点となったレーベル (Sarah や 53rd & 3rd)、 もしくは post-rave の techno のレーベル (Warp 等) はこの本の範囲外だ。
各章は、中心となるレーベルの歴史を軸に、関連するレーベルの歴史にも触れられている。 しかし、構成は、章を更に節に分けるでもなく、パラグラフが見出し等も無く単調に並べられているのみ。 確かに、多くのインタビュー取材に基づいて書かれており、その当事者の言葉には興味深いものがある。 しかし、章立てが大雑把な上索引も無く、どこに何が書かれているのは把握し辛いという難点のある本だ。