2007年7月に亡くなったフランス北西部ブルターニュ (Bretagne, FR) の 女性 harp 奏者/歌手 Kristen Noguès の追悼企画盤だ。 選曲は彼女のパートナーでもあったブルターニュの guitar 奏者 Jacques Pellen。 48頁のブックレットにふたつのデジパックをハードカバーとしたようなパッケージだ。 ブックレットには彼女の様々な年頃の写真が使われているが、残念ながらテキストはフランス語のみ。 Noguès の harp の繊細な響きや歌声はもちろん、 コンテンポラリーな jazz/improv 色濃いブルターニュの folk/roots が楽しめるアルバムだ。 Jacques Pellen 率いる Celtic Procession も含む 1990年代の Silex レーベルからのリリースが好きだった人はもちろん、 folk/roots 要素の強い ECM レーベルのリリースが好きな人にもお薦めだ
Kristen Noguès は1952年生まれ。 ブルターニュではなくパリ近郊のベルサイユ (Versailles) で生まれ、後にブルターニュに移っている。 子供の頃から harp を演奏しており、8歳のときには Alan Stivell の師でもあった Denise Megevand とコンサートをしているという。 1973年に21歳で Gérard Delahaye らが参加していた Névénoé というブルターニュの folk/roots のコレクティヴに参加。 1980年に Névénoé を脱退し、それ以降よりコンテンポラリーなアプローチを取るようになったという。 1980年代は Jazz E Breizh というフェスティバル等を通して Henri Texier や Jean-François Jenny-Clark のような jazz のミュージシャンと共演。 1992年には ECM Records の Manfred Eicher から契約のオファーもあったという。 1990年代は Jacques Pellen の Celtic Procession のツアーに参加した他、 breakbeats を導入した Denez Prigent の一連の録音 [レビュー] にも参加していた。
といっても、自分もこの追悼企画盤で Kristen Noguès の名を意識し、 遡って Denez Prigent の一連の録音にも参加していたことに気付いた。 彼女が参加した Celtic Procession のCDは、残念ながら無いようだ。 今まであまり注目されておらず、 数少ないレコード/CDリリースもほとんど入手困難になっているので、 このような追悼企画盤は非常にありがたかった。 生前にリリースされて再評価された方が良かったと思うけれど。
この追悼企画盤は、そんな彼女の1980年以降の活動に焦点を当てている。 1970年代の Névénoé 関連の録音は全く収録していない。 CD2枚が全5章に分けられ、最近の録音から1980年代へ遡るような構成となっている。
第1章 “Finis Terrae” (CD1前半) には、 同タイトルで1996年に行われた Jacques Pellen - Jacky Mollard - Patrick Mollard との4tetでの フィルムコンサートの録音とその関連録音を収録している。 第2章 “Les Autres” (CD1後半) には、 Noguès は参加していないが彼女が作曲した曲の録音を収録している。 1990年代から2000年代にかけての様々な時期の録音が含まれているが、 ミュージシャン編成の核となるのは Jacques Pellen だ。 CD1は Celtic Procession 風の jazz/improv 的な folk/roots だが、 後半の Paolo Fresu や Nguyên Lê の参加したセッションも聴き所の一つだ。
第3章 “Abstract” には、 electronics も駆使した John Surman との1992年のセッションなど より抽象度が高い演奏が収録されている。 Noguès の繊細な harp の音色や歌声が最も楽しめたのは、この章だった。 第4章 “Improviser et le Trio” (CD2中程の2曲) は、 1980年代前半、jazz のミュージシャンと共演した頃の録音だ。 Jean-François Jenny-Clark が参加した録音はあるが、 Henri Texier が参加した録音が収録されなかったのは少々残念だ。 最後の第5章 “La Longueur des Jours” は、 1990年録音の1曲を除き、1980年から1982年にかけての録音が収録されている。 少々 jazz/prog rock 風とはいえ他に比べると少々素朴な folk/roots に感じられるが、 このCDに収録された1980年代以降の Kristen Noguès のキャリアの原点として、 興味深く聴くことができた。
この追悼企画盤をリリースした Innacor は 2007年にリリースを始めたブルターニュ地方の町ランゴネ (Langonnet, Bretagne, FR) のレーベルだ。 Jacky Molard や Erik Marchand による1990年代に Silex レーベルに残していたような jazz/improv 的な要素の強いブルターニュの folk/roots がそのレーベルカラーだ。 Kristen Noguès の追悼企画盤には付いていなかったが、 他のリリースではビデオのボーナストラックが付いているというのも特徴だ。 taragot, violon, accordéon のトリオをバックに Marchand が歌う folk 色濃い Erik Marchand: Unu Daou Tri Chtar (Innacor, INNA20261, 2007, CD) が第一弾リリースだ。 いわゆる bagad ではなくコンテンポラリーな jazz bigband に近い Erik Marchand がディレクションする folk/roots のアンサンブル Kreiz Breizh Akademi: Norkst (Innacor, INNA21055, 2007, CD)、 saxophone や doublebass に jazz 色を感じる Jacky Molard: Acoustic Quartet (Innacor, INNA70761, 2007, CD)、 Jacky Molard を含む5tet編成で voilon はもちろん uilleann-pipes や flûte の音色も印象的な Pennoù Skoulm: Trinkañ (Innacor, INNA10806, 2008, CD) といったリリースがある。 ブルターニュのコンテンポラリーな folk/roots の拠点となるレーベルの一つとして 注目に値するレーベルだ。 ちなみに、ブルターニュの folk/roots 以外にも、 Okay Temiz のグループ出身のトルコの clarinet 奏者 Hasan Yarimdünia や、 Mahmoud Ahmed もゲスト参加してエチオピア風 funk と ブルターニュの folk/roots を折衷したような音楽を演奏する Badume's Band のような グループのリリースもある。