TFJ's Sidewalk Cafe > Dustbin Of History >
Review: 内藤 礼 『母型』 (Rei Naito, Matrix) @ 入善町 下山芸術の森 発電所美術館 (美術展)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2007/12/16
内藤 礼 (Rei Naito)
『母型』
Matrix
入善町 下山芸術の森 発電所美術館
2007/10/06-12/16 (月休,祝翌日休), 9:00-17:15 11:00-17:00 (水11:00-20:00)

内藤 礼 の作品の面白さの一つは、 見落としかねないようなミニマルなオブジェを空間に置くことによって、 観ようとする観賞者の感覚を砥澄まさせ、観賞者の視線を誘導し、 微かな光の美しさを気付かせるところにある。 今回の個展の会場となった 入善町 下山芸術の森 発電所美術館 は 旧 北陸電力 黒部川第二発電所 の1925年竣工のレンガ作りの建物を転用した美術館だ。 ダービンが設置されていた所をそのまま展示空間にしているのだが、 タービン2機分の広く高い展示空間が取られているとはいえ、 タービン1機をはじめ発電所設備の一部が残されたままになっている。 そのような通常のホワイトキューブ・ギャラリーとは違う空間を使用することにより、 内藤の面白さがより際立った展覧会になった。

展示空間には、水彩絵の具が水に溶ける様子のピグメントプリント写真が 数点展示されている1点は会場入口入った視線の先に、 残りはタービン上の中二階的なスペースに、展示されている。 あとは何も展示されていないように見える。 靴を脱いで展示空間に入って、作品を探し歩くことになる。

すぐに気付くのは、天井から微かな水滴を滴らす作品「母型」だ。 床に目やれば水で濡れた箇所が何カ所か見えるので、それが手懸りとなる。 見付けた場所の半数はこれで判ってしまった。 あと、壁際に立って流星観測よろしく焦点を絞らずにぼっーと空間を眺めていると、 時々きらりと微かな光が落ちるのが見える。 その光を追って足を進めることによって水の落ちる場所を見付けることができた。 さらに、一ヶ所は、歩き回っている間に水に濡れた場所を踏み付けてしまい、 それで気付いた。 結局、気付いた場所は全部で8箇所だった。(おそらくこれで全部。)

雪国の冬の曇天で陽射しがほとんど無かったこともあると思うが、 細い白の絹糸を壁の間高さ5m程に張った「恩寵」は、少々難度が高く感じられた。 ビグメントプリント展示のために照明が採られたタービン上の空間の頭上に 微かに光る筋が見え、それですぐに1本には気付いた。 南面の窓際に張られた1本は、探して見付けたというより、 ふっと顔を振ったときに偶然に視野に入ったような感じだった。 実際、こちらは光も鈍く、そこにあると知った後でも再び見付けることはなかなかできなかった。 結局気付いたのはこの2本だけだった。 (休憩所にあった新聞記事によると3本あったようだ。)

最高難度は、ピグメントペンで展示空間のどこかに書かかれたという 「世界に秘密を送り返す」。 これは見付けることができなかった。 水滴と絹糸の微かな光を追う方が面白くて、あまり真剣に探さなかったというのもあるが。

限りなく雪に近い雨の降る天気で、靴下一枚で歩き回っていると、 その床はひんやりというにはちょっと冷た過ぎる。 そんなこともあり、足を温めるために途中に休憩を入れたり、 外の展望台に登って気分転換したりもした。 それでも、15時前に会場入りして、 16時過ぎて暗くなってしまいタイムアップ、という感じになるまで、 微かな光を追い続けてしまった。 まだ暖かさと明るい陽射しが残る10月のうちに観に来ておけば良かった、とも思った。

結局、明白に展示されていると判るピグメントプリントの作品よりも、 一見した程度では気付かない「母型」の水滴や「恩寵」の絹糸の放つ微かな光の方が はるかに印象が強く残る展覧会だった。 そして、ピグメントプリントの作品は対比するものとして機能していた。 その一見しての判りやすさと、それに対して逆転した印象の強度というのも、 この展覧会の面白さだった。

sources:
内藤 礼 関連レビュー: