『目黒の新進作家』という企画はむしろ行く気を削がれるものがあったが、 気になる出展作家が出展していたので、最終日に観てきた。 作風に一貫性のある企画でもないので、気になった作品のみ個別にコメント。
屋代 敏博 の『銭湯』シリーズは 全国の様々な銭湯をほぼ同じ構図で撮り続けている作品だ。 1990年代にに観て以来、とても気に入っている。 今回の展覧会では新作の目黒区の銭湯を撮ったシリーズを中心に展示していた。 『銭湯』シリーズでは、客が入っていない銭湯の浴室を 入口を中央に中央の仕切り壁が写るように男湯側と女湯側をほぼ対称な構図で撮影し、 仕切り壁側を合わせるように左右に繋ぎ合わせている。 客が入っていない時に撮影しているので、 どちらが男湯でどちらが女湯かは明白ではない。 一方のシャワーのカランの色がブルーで一方がピンクだったり、 一方の一部のタイルの色がブルーで一方がピンクのものがあるので、 それで推測できる場合はある。 左右で鏡の形状が違ったりして、判る人には判るのかもしれないが、 自分では判別できない場合もある。 壁に描かれた絵の違いだけの場合もあるし、ほとんど違いが無い場合もある。 シリーズで撮られそれがマトリックス状に並べて展示されているので、 こういった銭湯による違いにも目が行く。 銭湯の浴室の構成は、 照明やカランの配置、仕切り壁や周囲の壁に描かれた銭湯絵画など パターン化されたものが多いので、 そのパターンの中での違いを見ていくのも面白い。 似たような構図の反覆によるミニマルなリズム感、 ほとんどが、サニタリで多用されるパステルカラーのタイルと 明るいトーンで描かれる銭湯絵画が作り出す、 鮮やかというより少々淡さも感じる明るい色調、などの形式的な面白さの中に、 男女別に区画された空間に反映された社会制度 (男側はブルーに女側はピンクに彩色するとか) が 非常にさりげない形で写し込まれている。 それにより、観客は、その差違を見付けようと、 写真のデティールを観ようと促される感もある。 そして、それがとても面白い。
美術館入口ロビーに展示されていた 瀧 健太郎 の ビデオインスタレーション 『Living in the Box』 は、 白い壁にいくつか埋め込まれたビデオディスプレイに 身体の一部の映像が上映されている作品だ。 上映されている映像は、 白い小箱のような空間の中に腕のみ、脚のみ、頭部のみ、 もしくは衣服を付けていない胴体 (というか背) のみが突き出て蠕く様子だ。 実際の壁にあけられた矩形のくぼみの中で手足が蠕いているかのように、 実物とほぼ同じサイズにして上映している。 もちろん斜めからみればビデオディスプレイなのは明らかだし、 正面から見てもくぼみにしては明るいので少々不自然なのだが、 ばっと見はそれなりにリアルだ。 Robert Gober の壁から突き出た脚の彫刻や Sasha Waltz のダンス作品 Körper (レビュー) を連想させられる、 軽い不気味さとおかしみに目を惹かれる作品だ。 自分が観に行った会期最終日には、 瀧 の詩の朗読 (音声詩のような抽象的なもの)、 この作品の映像に出演している 伊達 麻衣子 のダンス、 大江 直哉 によるサウンドによるパフォーマンスが、作品の前で行われた。 パフォーマンス自体に強度があったというより、 映像に対して同じ人物の実際の身体が並置され、 映像の生々しさが倍加したように感じられた。