「ドキュメンタリー演劇」 (documentary theatre) で知られる ドイツの演劇ユニット Rimini Protokoll の日本公演第3弾は、 劇場を飛び出して、街中を移動するトラックとその周囲の風景を舞台とする作品だった。 品川埠頭から横浜新港埠頭へ運ばれた冬晴れの夕方約3時間は、 物流の社会科見学のようであり、工場ランドスケープ観光ツアーのようであり、 しかし、そんなことを異化するかのように道化的な女性も登場する所も演劇的。 そんな体験が楽しめた作品だった。
荷札を渡され「荷物 (cargo)」役となった観客が乗り込むのは、有蓋の大型トラックの荷台。 荷台には横向きに3段約50席の客席が設けられ、客席が臨む側面は透明な窓。 窓にはブラインド兼スクリーンが下りるようになっていた。 観客は窓の外の風景を見ながら、もしくは、下りたスクリーンに投影される映像を見ながら、 トラック運転手の話を聞いたり、窓の外の登場人物の話を聞いたり、 映像中の登場人物の話を聞いたりしていく。
トラック運転手は、日系ブラジル人で20年前から日本でトラック運転手として働く青木さんと やはりトラック運転手として働く日本人の畑中さん の2人。 その2人の話はトラック運転手としての体験談や業務知識、ノウハウや、窓の外の風景に関する話。 それだけでなく、もっと私的な身の上話もあった。 それを通して、物流の仕組みやその実態、それにかかわる人々の横顔等を垣間見るという仕掛けだ。
集合場所・出発地点は品川埠頭にあるクリスタルヨットクラブの駐車場。 しかし、作品上は、品川からではなく、新潟から横浜までの貨物輸送という設定になっていた。 まずは、大井埠頭のトラックターミナルを見学し、 首都高速湾岸線の一連のトンネル (空港南・北トンネル、多摩川トンネル、川崎航路トンネル) を 関越自動車道の関越トンネルに見立てて通過し、 東扇島では洗車場などを通過。 鶴見つばさ橋では 関口 操 (関口工芸) のデコトラに抜かれ、 大黒埠頭では駐車場で関口さんのデコトラの話を聞いたり、 倉庫でフォークリフトの運転手の話を聞いたり。 そして、最後に東京ベイブリッジを渡り、石川町から「尾根道」横浜本町通りを抜けて、新港埠頭へ。 到着地点・解散場所の新港パーク隣の臨時駐車場で、 出演者が無事を祝っての酒を交わして3時間の旅を終えた。
ドライバーにいわゆる「ニューカマー」を選ぶあたりも絶妙だし、 ビデオで規制と汚職も含めた運輸業界の戦後史を辿ることもできる。 トラックターミナルの役割、トラック運転手の労働条件など、 現代の物流の明暗両面を伺うことができる教育的なツアーだった。 それに、夕日に映える東扇島から扇島にかけての工場群の眺めや、 日暮れてからの、鶴見つばさ橋、大黒埠頭、横浜ベイブリッジの夜景も、 確かに初めて観るものではないけれども、運転手の雑談を聞きながら観ていると、 今までと違うロードムービーを観ているような気分にもなった。
それに加えて、道化のような役割を担った Sabrina Hellmeister が各所で登場。 彼女が観客をシュールでコミカルな世界に軽く引き出すことにより、 教育的な面や感傷的な面との振れ幅を作りそれぞれをより印象深いものにしていた。 トラック脇を自転車で並走したり、 信号待ちしているトラックの周りでシャボン玉を吹いたり、 通り過ぎる道の歩道上にマイクスタンドを立ててタンブリン叩きながら歌ったり、 トラックを追い越す車の窓から手を降ったり。 彼女は今度はいつ出てきて何をやらかしてくれるんだろう、というのも、この旅の楽しみだった。 そして、日が暮れた大黒埠頭の暗い屋上でスポットライトに浮かび上がるマイクスタンドの前で 東京の地名を織り込んだムード歌謡のような歌を歌う彼女を観たときが、 このツアーで最も印象に残った瞬間だった。 トラック運転手の心情、湾岸の工業地帯の景観の大規模な人工美、 非現実的な登場人物といったこの作品のいくつかの流れが一点に交わった時だった。
教育的な面も感傷的な面もあるシュールでちょっと可笑しいロードムービーをリアルで体験したよう。 そういう意味で、その3時間の体験は素晴らしい舞台作品を観たときの感覚に近かった。 もちろん、この作品が演劇であるかどうかは、その面白さには関係ないと思うけれども。
ちなみに、この Cargo Tokyo-Yokohama は、 ヨーロッパで上演されている Cargo Sofia-X: Eine europäische LastKraftWagen-Fahrt (初演 2006年 スイス・バーゼル) の舞台を日本に置き換えたもの。 『フェスティバル/トーキョー 09秋』 のプログラムとして制作された。 Cargo Sofia-X では、 ブルガリア人運転手の運転するトラックがソフィアから開催地 X へ向かう、という設定のようだ。 日本バージョンで日系ブラジル人を使ったのも、 ブルガリア人ドライバーという設定を意識したものなのだろう。 ちなみに、写真を見る限り、使ったトラックは同じものだ。