ロシア (現ベラルーシ) のヴィテブスク (Витебск / Vitebsk) 出身で 1922年以降はフランスを拠点に (第二次世界大戦中はニューヨークへ亡命し) 活動した ユダヤ系の美術作家 Marc Chagall (Марк Шагал) を中心に据えた展覧会だ。 École de Paris や Surrealism の文脈で語られることが多いという印象があった作家だが、 この展覧会は Centre National d'Art et de Culture Georges Pompidou のコレクションに基づいたもので、 Русский авангард (Russian Avant-Garde) の文脈の中に彼を位置付ける構成になっていた。 Chagall の作品だけでなく、関連するロシアの作家の作品が多く出品されている。 去年読んだ 伊東 信宏 『中東欧音楽の回路 —— ロマ・クレズマー・20世紀の前衛』 (岩波書店, 2009-03-27) [読書メモ] の第1章が Chagall に関するもので、ちょうど中東欧の Avant-Garde としての Chagall が気になっていたところ。 実にタイムリーな展覧会で、興味深く観ることができた展覧会だった。
Russian Avant-Garde といっても、ここでは、 Александр Родченко (Aleksandr Rodchenko) のような Constructivism ではない。 Chagall の最初の師匠 Léon Bakst (Леон Бакст) に着目し、 Mikhail Larionov (Михаил Ларионов) - Natalia Goncharova (Наталья Гончарова) 夫妻らの Neo-primitivism の中に Chagall を位置付けていた。 展示前半では、Chagall と対等な形で Larionov や Goncharova の作品が並べられていた。 3者がほぼ併置されることにより、Chagall 固有のユダヤ性よりも、 むしろ、Russian Avant-Garde が持っていた 民衆的グロテスク [関連発言] の面が表に出てきていたように感じられた。 首の飛んだ女性像が出ている “A la Russie, aux nes et aux autres” (1911) なども、その典型に感じられた。 その一方で、ヴァイオリン弾きやサーカスのモチーフがあまり目立たなく感じられたのが、少々残念。
さらに、Baskt や Larionov、Goncharova が Ballets Russes の舞台美術を手がけていたという点から、 舞台美術作家としての Chagall という面にも焦点を当てていた (Chagall は Ballets Russes と仕事はしなかったけれども)。 それに関する最大の見所は、後半の展示、晩年のニューヨークの The Metropolitan Opera での W. A. Mozart: “Die Zauberflöte” 公演のための舞台美術 (1966-67) かもしれない。 しかし、その作風はやはり晩年のもの。 Centre Pompidou のコレクションではないので無理だとは判っているが、 Russian Avant-Garde との関わりという意味で、むしろ、1920-22年の Московский Государственный Еврейский Театр (ГОСЕТ; Moscow State Jewish Theater) の舞台美術を見たかった。
Chagall の作品以外も充実していたせいか、Chagall の画業を回顧するというより、 Larionov や Goncharova との Neo-primitivism としての共通点、 そして、Ballets Russes との間接的な関係などを通して、 Suprematism や Constructivism とは対称的な、 Russian Avant-Garde のもう一つの系譜を見たように感じた展覧会だった。 もちろん、この2つの Russian Avant-Garde の系譜というのは、 1936年に MoMA, NY が開催した Cubism and Abstract Art 展において Alfred H. Barr, Jr. が描いた チャートにおける2つの系譜 (modernism / surrealism) に対応するものだけれども。
会場では Chagall, à la Russie, aux ânes et aux autres (François Lévy-Kuentz (dir.), 2003) という中編 (52分) のフランス制作のドキュメンタリー映画が上映されていた。 特に Russian Avant-Garde という面に焦点を当てたものではなかったけれども、 生涯をバランスよく描いていて興味深く観ることができた。 展示を見て、というより、この映画を見て、 自分の興味のある Avant-Garde としての Chagall は 第二次世界大戦中のニューヨーク亡命時代まで、とも思った。