読んだのは去年に夏頃ですが、他にいろいろ話題もあって書きそびれていたこの本の読書メモ。 ホントは去年中に仕上げるべく少しずつ書き進めていたのですが、 年を越してしまったという……。
中東欧の20世紀クラッシック音楽や民俗音楽、ポピュラー音楽についての小論文を集めた本で、 序に書かれているように、汎ヨーロッパ的のクラシカルな宮廷音楽とは別に、 ロマやユダヤの楽師が諸民族間の音楽を繋ぎ、 そのディアスポラが世界的に (ポピュラー音楽を含む) 西洋音楽の世界的受容の素地となった、 という仮説が通してのテーマとなっています。 といっても、それを論証しているというほどの強いテーマではなく、 作品分析的なものから、エッセー的なもの、インタビューなど様々な章を緩く繋ぐ 問題意識といった感じでしょうか。 しかし、各章の内容が興味深かったこともあって、それほど散漫な印象を受けずに面白く読めました。
特に興味深く読めたのは、ヴァイオリンの絵が描かれた Marc Chagall の絵を入り口に クレズマー音楽やユダヤの結婚式の様式、さらに舞曲の種類や音階構造へと話を進める 第1章「ニシンとヴァイオリンと緑のユダヤ人」、 Igor Stravinsky のバレエ Les Noces (1923; 『結婚』) の歌詞、プロットがいかに 作られていったかを論じた第2章「異教的習俗のモンタージュ」。 また、第8章「リゲティが見入る地図」のイントロダクションで紹介されている György Ligeti のオペラ Le Grand Macabre (1978) に興味を引かれました。去年2月に日本初演があったようで、見逃し痛恨。
各章末に内容的には独立した数ページのコラムでは、 Joseph Kessel の小説 Nuits de princes (1927; 『朝のない夜』) で描かれた 1920年代のパリのロシア人街を紹介した 「パリのロシア風ナイト・クラブ」。 Boulez/Chéreau によるオペラ Leoš Janáček: From The House Of The Dead (Z Mrtvého Domu) をDVDで観た直後だったこともあり、 このオペラの劇中劇でも登場する粉屋の女房にも触れた 「粉挽き場というトポス」にはなるほどと。
また、コラム「ポクロフスキー・アンサンブル《結婚》」で紹介されている Pokrovsky Ensemble: Stravinsky: Les Noces and Russian Village Wedding Songs (Elektra Nonesuch, 9 79335-2, 1994, CD) は、第2章「異教的習俗のモンタージュ」と内容的に関連することもあり、早速入手。 この本の助けもあって、興味深く聴くことができました。 2001年に『〈東京の夏〉音楽祭』で公演があったとのこと。こちらも見逃し痛恨。
さらに、この本の良いのはCDが付録に付いていること。 本を読みながら実際の音を聴くと、理解が深まります。これで2900円というのは、かなりお得です。 兵藤 裕己 『琵琶法師 —— <異界>を語る人びと』 (岩波新書 1184, 2009) [読書メモ] というDVD付き新書もありましたし、岩波書店は頑張っているように思います。 こういう試みを今後も続けていって欲しいものです。 去年読んだ音楽書の中で最も興味深く読めたのは、この『琵琶法師』と『中東欧音楽の回路』でした (この2冊は甲乙付けがたい)。
ちなみに、この本を手に取ったきっかけは、以前に読んだ 伊東 信宏 『バルトーク —— 民謡を「発見」した辺境の作曲家』 (中公新書 1370, ISBN4-12-101370-0, 1997) が良かったから。内容的にも重なりますし、こちらもお薦めです。
ところで、2009年夏に Boulez Conducts Bartók (Deutsche Grammophon, 000289 477 8125 7, 2009, 8CD box set) が出たのに続いて、今年年始に Boulez Conducts Stravinsky (Deutsche Grammophon, 000289 477 8730 3, 2010, 6CD box set) が出るんですよね。 どうして、こういう本を読んだタイミングでこういう全集が出るのかと。 何かの弾みでつい買ってしまいそうで、大変に危険。(←買ってもいつ聴くんだ、という。)