フェスティバル/トーキョー2011のオープニング委嘱作品のダブルビルの2日目を観てきた。 都立夢の島公園内 多目的コロシアム を使った野外作品で、テーマは「宮澤 賢治 / 夢の島から」。 宮澤 賢治 についてはほとんど関係を読み取れなかったけれども。
会場入口で1.5m四方程の大きさの白旗を渡されて入場。 白旗を持った千人以上の観客の隊列が、緑に囲まれた擂り鉢状に凹んだ空間に螺旋を描いて 入場するところから、作品は始まっていた。 以降、説明的な演出はほとんど全くなく、個性的な内面を持った人物も登場せず、 野外空間を使った大規模インスタレーションによるイメージの連続という感じであった。
擂り鉢の底には大量の白いプラスチックの椅子が方形に並べられているが、 左前角の少年の座った席以外は、誰も座ることなく静かに倒れて乱れて右後方へ転がっていく所で、 不穏な空気を作り出したり。 ライティングも巧みで、周囲を囲む立ち木をスクリーン代わりに観客のシルエットを投影したり、 立ち木を下からのライティングで浮かび上がらせたり。 野外でのスモーク利用は難しいだろうが、風向きも味方につけて、うまく会場中央に流れて来ていた。 自然を味方に付けたといえば、雨は降らなかったが、都会の照明で浮かび上がる不穏な雲の流れも、 作品に合っていた。 ライティングやスモークを活用して、空をも含む周囲の空間を舞台と融合させていた感もあった。
と、野外ならではの、多数の観客をも使った大規模な演出を楽しんだ。 今まで観た Castellucci の作品 [レビュー 1, 2] と同様、その演出にケレン味を感じたのも確かだけれども、 こういう広い野外ではそれも劇場で観る程は鼻に付かないかもしれない。 といっても、最後に青いレーザー光の筋となって少年が空へ去っていくような演出など、かなりベタ。 オリンピックのようなイベントのオープニング・セレモニーの判り易さを抑えめにしたバージョン、とも思ったけれども、 演劇「フェスティバル」のオープニング・セレモニーだと思えば、それもアリかな、と。
20分程の休憩を挟んで、続いて、この作品が始まった。
Castellicci の作品に比べると、こちらは普通の演劇に近かった。 緑の空間の中、夜空の下ということでフォトジェニックさは割り増しになっていたとは思うけれども、 周囲を何かに見立てたりするようなこともなく、立ち木も舞台脇や奥を隠す幕のようなものでしかなかったし、 擂り鉢の底の空間が実質的な舞台だった。 単独公園であればそれでも凄いと感じたかもしれないけれども、 Castellucci の作品を観た後だったせいか、空間使いがこぢんまりとしているように感じてしまった。 高さと奥行きがそれなりにある劇場 (例えば、彩の国さいたま芸術劇場大ホール) で 充分再演可能かもしれないと、観ながら思ってしまった。
空間使いがこぢんまりとしているように感じたせいか、演出の妙で観せる作品というより、 第二次世界大戦に関する天皇談話、放射能に関する話、ゴミ処理場跡としての夢の島、という キーワードを散りばめてネタを「聴かせる」作品という印象が残ってしまった。 そのネタ選びも今の時代を感じさせるものだったし、飴屋 らしいとも思ったけれども。