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Review: 清水 宏 (dir.) 『恋も忘れて』 (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2014/11/30

この週末から神保町シアター『伝説の女優 桑野通子と桑野みゆき――母と娘が紡いだ、一瞬の夢』が始まりました。 さっそく、この映画を観てきました。

1937 / 松竹大船 / 白黒 / 73 min.
監督: 清水 宏.
桑野 通子 (お雪), 佐野 周二 (恭助), 岡村 文子 (マダム), 忍 節子 (A子), 爆彈小僧 (お雪の子 春雄), 突貫小僧 (小太郎), etc

あらすじ: 横浜・本牧のチャブ屋 (ダンスホール付き売春宿) で働くお雪は、女手一つで息子 春雄を育てている。 息子が立派になることが彼女の生き甲斐だが、彼女の職業ゆえ、春雄は小学校で遊んでもらえなくなり、学校に行かなくなってしまう。 お雪は衣装やお酒を経費として負担してほしいとチャブ屋のマダムとかけあうが、相手にしてもらえず、逆に監視に与太者の用心棒を付けられてしまう。 その用心棒の一人 恭助と、お雪は次第に親しくなる。 一方、学校で仲間外れにされた 春雄 は転校するが、新しい学校でも母の仕事がばれて仲間外れになってしまう。 学校をサボって雨の中を歩くうち、春雄は熱を出して倒れてしまう。 母の名誉のため病を圧して、春雄は 仲間外れにしたリーダー格の 小太郎 に喧嘩を挑み勝つが、無理が祟って死んでしまう。 春雄 の死の床の脇でお雪が泣き伏せているところに、 お雪を 春雄 の立派な母にしてやろうとオホーツクでの年季労働を決めた 恭助 がやってくる。 そして、死んだ春雄のためにも今の仕事から足を洗うよう、恭助 は お雪 に前払金を渡して、お雪の部屋を後にした。

女手一つで息子を育てるためにしたくもない泥水稼業をする母と母の仕事ゆえに疎外される息子のすれ違いを描いた映画というと、 その救いの無いやるせなさも含めて、成瀬 巳喜男 『君と別れて』 (松竹蒲田, 1933) [レビュー] など連想されましたが、 舞台がチャブ屋ということもあって、雰囲気はぐっとモダン。 お雪の住むアパートも、狭い路地の奥にあるとはいえ、花柄の壁紙にベッドにテーブルも洋風で小奇麗な部屋だったのが印象的。

一番の見所は、やはり、母を演じる 桑野 通子。 和装に傘を差して本牧の路地を歩く姿もチャブ屋で客と踊る姿も決まっていて、着こなしで和装もモダンになることに気付かされました。 もちろん洋装も似合っていて、春雄を転校先の学校へ連れていくときの明るい色のスーツ姿もばっちり。 しかしそれ故に当時からすると「派手な水商売女」的なものとして見られかねないものだったのだろうなあ、と。

そして、客が来ないチャブ屋のフロアで洋装のドレス姿で一人踊る場面。その美しさはもちろん、一本立ちした女性の凛々しさを感じさせる場面でした。 思えば、桑野 通子は映画女優となる前はダンスホール『フロリダ』の人気ダンサーだったわけで、 その麗しいダンスを観ることが出来る貴重な映画かもしれません。 戦前期に気が強く姐御肌だけれども情に厚い水商売女のような役が似合う女優はそうそういません。 そんな、凛々しく切ない 桑野 通子 を堪能した映画でした。

また、小学生ながら子供の世界も描いていました。 それも、小学校は壁の外の通学路やロングショットの校庭だけで、むしろ、学外の遊び場が舞台。 春雄が学校で仲間外れにされて親しくなるのが、学校の周囲にいるが通ってはいない 日本語も片言の「支那人の子」たち、というのも印象的なエピソードでした。 『有りがたうさん』 (松竹蒲田, 1936) [レビュー] に登場する朝鮮人労働者といい、こういう所へ目配せがきく監督だったんだなあ、と。