神保町シアターの 『伝説の女優 桑野通子と桑野みゆき――母と娘が紡いだ、一瞬の夢』も後半三週目。 今週はこの映画を観てきました。
あらすじ: 山師、投資詐欺同然の事業をしている根本 嘉一は、息子 寛一と後添えの妻 春子 とその連れ子 加代子と秀雄を置いて失踪してしまう。 春子はチャブ屋の経営者となって女手一つで三人を育てるが、 その職業がばれて、加代子の縁談は破談となり、秀雄は恋人と別れることになってしまう。 母の仕事を知って二人は家出してしまうが、寛一は母のもとに残り、大学を出て新聞記者となる。 記者として取材するうちに、寛一は街娼となった加代子と与太者になった秀雄と再会する。 寛一は二人に家に帰るようい言うが、二人が躊躇するうちに、秀雄は仲間に刺されてしまう。 死の間際、秀雄は寛一に、父が与太者を傭う必要のあるような不正な事業をしていると告げられる。 寛一は父へ会いに行き、失踪後に残された家族の苦しみを話し、自決するように言う。 父の投資詐欺同然の事業を特ダネ記事として得た報奨金を持って、寛一は母の所へ行くが、 母に父への不孝を責められる。しかし、寛一はこうすることが孝行なのだと言うのだった。
『恋も忘れて』 [レビュー] と同じく、 女手一つで息子を育てるためにしたくもない泥水稼業をする母と母の仕事ゆえに疎外される子供のすれ違いを描いた映画ですが、 そうさせた父に反省を迫り、秀雄を失ったものの家族再生の希望も感じさせる所もあって、救いの無いやるせなさは感じさせませんでした。 そんなこともあってか、母が水商売している場面がほとんど描かれないせいか、 むしろ、小津 安二郎 『母を恋わずや』 (松竹蒲田, 1934) [レビュー] のような母子の不和と和解を描いた映画に近いものを感じました。 母役が 吉川 満子 で次男役が 三井 秀男と被っていたこともあるかもしれません。 しかし、この頃の 三井 秀男 は純情ゆえにグレてしまうような役が似合います。 1930年代後半になると松竹映画にはこのようなキャラクターが出てこなるなるような。
桑野 通子 は丸顔も可愛らしくまだ初々しい感じ。さすが、洋装が映えていました。 街娼になってから『恋も忘れて』でのようなすっぱな水商売キャラクターが炸裂するかと思いきや、そんなこともありませんでした。 無声映画なので口調や声の雰囲気が伝わらない、ということもあるかもしれません。 桑野 通子 の魅力は声口調も含めて、という点でも、トーキー時代の女優だったのかもしれないなあ、と。
さすが 清水 宏、子供時代の描写が良くて、 寛一の子供時代、空き地に積まれた土管から電車を眺めて、次第に人が減って寛一だけ残るような描写など、 寛一の寂しさ、家庭の空虚さをうまく表現しているなあ、と。 モダンな街の雰囲気という点では、意外と銀座の出番が少なく、むしろ近代的な郊外住宅地が印象的。 松竹歌劇団の舞台や楽屋が出て来たり、一場面のみだけとはいえ 洋装をばっちり決めた 高杉 早苗 が秀雄の恋人役で登場したり、というのも、目を引きました。