神保町シアターで 特集 『一周忌追悼企画 伝説の女優・原節子』 が始まったので、まずは戦前から終戦直後にかけての3本を観てきました。
『新しき土』 [鑑賞メモ] の前年、 東宝専属になる前の 原 節子 の最初期15歳の時に出演した時代劇です。 やくざな道へ踏み外した弟 直次郎 のしでかした不始末を背負って身売りする甘酒屋の娘 お浪という役。 弟の面倒をみていた侠客 河内山宗俊 と甘酒屋に所場代を取り立てき来ていた浪人崩れの侠客 金子市之丞 がお浪を救うべく立ち上がり、 直次郎にお浪を救わせに行かすべく、大立ち回りを繰り広げて最期を遂げる場面は迫力満点。 原 節子 の顔立ちは時代劇の中では浮く程でしたが、演じる お浪 は他の登場人物とのロマンチックな場面も無く、画面に華を添えた程度でした。
あらすじ: 気鋭の医学博士 純爾は、家庭の事情で若い頃 職工をしていた時があり、その時に親切にしてくれた女工の お稲 を妻としていた。 純爾は上流階級の生活に戻ったが、お稲はその生活に馴染むことができないでいた。 純爾のドイツ留学中、お稲は上流階級の女性の教養を身に付けるべく勉強に励んだが、ドイツから戻っと夫はさらにその先へ行ってしまい、差は埋まらなかった。 ドイツから戻った純爾は、かつての恋人でフランス帰りのピアニストとして有名となった 藤波 薫 と偶然再会する。 そして音楽好きな娘 桂子を 薫 に弟子入りさせる。 一方、お稲が女工・職工時代の友人 田中 龍作 を屋敷に出入りさせたことであらぬ噂を立てられ、 桂子も女学校で仲間外れにされるようになってしまう。 お稲は桂子の幸せのために身を引く決心をし、夫が満州へ長期出張中に、桂子 を 薫 に託して家を出る。 純爾 は 薫 と再婚し、桂子は 薫 の愛弟子としてピアニストとしてデビューし、上流階級の男性と結婚することとなった。 一方のお稲は女工に戻り、下町の長屋で龍作と暮らし始め、 薫の愛弟子としてピアニストとしてデビューした桂子の演奏を街頭ラジオで聞き、 桂子の嫁入り姿を雨の中から遠目に見つめるのだった。
桂子の通う私立女学校の上流階級の母親たちにお稲に笑いものにされたり、 桂子が女学校で仲間外れされたりという、イジメの描写のいやらしさは 吉屋 信子 原作ならではなのでしょうか。 身分違いの男女関係というのは戦前メロドラマの基本的な構図の一つですが、 結婚適齢期の男女関係を扱うものがほとんどで、 『母の曲』のように年頃の娘のいる母親の世代をメインに据えたものは、 ありそうで観たことなかったな、と、新鮮に観ることができました。 お稲と桂子の関係を強調する一方、純爾を挟んだ三角関係はもやは愛憎を感じさせないもので、 メロドラマというより母娘ものの映画と感じられました。 原 節子 の演じる桂子は、母への思いこそ丁寧に描かれているものの、結婚することとなる男性との関係の描写は図式的。 そういう点ではロマンチックな趣に欠ける映画ではありました。
あらずじ: 元華族の安城家は、終戦後に華族としての特権を失い、屋敷を手放さなくてならないほど困窮していた。 次女の敦子以外はそのことに直面できないでいた。 忠彦は抵当権を持つ新川に希望を持っていたが、新川が助けにならないと気付いている敦子は元・運転手の遠山に屋敷に買いとってもらった方が良いと考えていた。 安城家は最後の華にと舞踏会を開くこととし、舞踏会には新川や遠山も含め関係者一同が会することになった。 新川が娘 曜子と安城家の長男 正彦との婚約を破棄し屋敷を奪い取る気であることを、忠彦はやっと悟る。 遠山は屋敷を買い取る金を持って現れるが、長女・昭子への思いを告白するも拒絶され、呑んだくれてしまう。 曜子は長男・正彦に手篭めにされそうになるが、正彦と関係を持っていた小間使の菊に救われる。 敦子は遠山の持ってきた金を新川に渡し、新川父娘を屋敷から追い出す。 酔ってふらふらな状態で屋敷から出ていった遠山を昭子は追っていく。 忠彦は妾・千代を正式な妻として迎えることとする。 舞踏会が終わってがらんとした屋敷の中で、忠彦は自殺を図るがすんでのところで敦子に止められる。 敦子は忠彦にダンスを促し、二人が踊る様子を見た長男・正彦は小間使・菊の気持ちにやっと向き合うようになる。
戦前特権階級の戦後の没落を描き、1947年のキネマ旬報ベストテン第一位となった映画。 安城家のそれぞれが華族でなくなることを受け入れる様を、それぞれの身分違いの男女関係、 忠彦と妾・千代、長男・正彦と小間使・菊、長女・昭子と元運転手・遠山との関係を受け入れることと絡めて メロドラマティックに描いています。 一同に会する場として舞踏会を用意し、一気にドラマティックに解決するというのもさすが。 前年のキネマ旬報ベストテン第一位だった 木下 惠介 (dir.) 『大曾根家の朝』 (松竹大船, 1946) [鑑賞メモ] ほど生硬く感じることもありませんでした。
原 節子の演じた次女・敦子は安城家の中ではただ一人、没落に向き合っています。 彼女は現実的に対処し、家族に没落を前向きに受け入れさせていくという役柄。 妾の千代や元運転手の遠山とも対等に接する彼女は、戦後の価値観を象徴していたのでしょう。 現実を受け入れられない父に対して懇切に接する様が描かれる一方、 他の3人のような男女関係が全く描かれていませんでした。
原 節子 の演じた役は、 『安城家の舞踏会』ではロマンチックな関係が描かれませんでしたし、 『母の曲[総集編]』では最後に結婚するもののその描かれ方は図式的なもの。 その一方で、親との関係は丁寧に描かれていて、この2本の映画で 「おとおさま」 (もしくは「おかあさま」) というセリフを何十回となく聞くことになりました。 戦後の 小津 安二郎 の映画での 原 節子 の役も親孝行で結婚に行きそびれている娘が多いですが、 このようなロマンチックな雰囲気な薄い親孝行なお嬢さんというのは、それ以前からのハマり役だったのかもしれません。