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Review: National Theatre, Rufus Norris (dir.), Bertolt Brecht and Kurt Weill: The Threepenny Opera 『三文オペラ』 @ National’s Olivier Theatre (ミュージカル / event cinema)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2017/8/17
『三文オペラ』
from National's Olivier Theatre, 2016-09-22, 19:00–22:25.
by Bertolt Brecht and Kurt Weill, in collaboration with Elisabeth Hauptmann in a new adaptation by Simon Stephens.
Director: Rufus Norris; Designer: Vicki Mortimer; Music Director: David Shrubsole; Choreographer: Imogen Knight; Lighting Designer: Paule Constable; Sound Designer: Paul Arditti; Fight Directors: Rachel Bown-Williams & Ruth Cooper-Brown of RC-ANNIE Ltd.
Cast: Rory Kinnear (Macheath), Rosalie Craig (Polly Peachum), Haydn Gwynne (Mrs. Peachum), Nick Holder (Mr. Peachum), Sharon Small (Jenny), Peter De Jersey (Tiger Brown), George Ikediashi (Street Singer), etc.
Musicians: David Shrubsole, Andy Findon, Christian Forshaw, Sarah Campbell, Richard Hart, Sarah Freestone, Martin Briggs, Ian Watson.
First Performance: 26 May 2016, National's Olivier Theatre.
上映: シネ・リーブル池袋, 2017-08-12 11:40-15:05 JST.

National Theatre 芸術監督でもある Rufus Norris の新演出による『三文オペラ』。 Norris 演出の作風の予備知識は無かったけれども、 予告編やレビューで少し気になっていたので、National Theatre Live のアンコール上映で観てきた。 劇中歌の多くがスタンダード曲になっているので歌を聴く機会は多いし、 『三文オペラ』は G. W. Pabst による映画化 (1931) を観たこともあるが [レビュー]、 英語による新解釈とはいえ舞台上演を観ておくのも良いかなと。

元の Brecht の戯曲では19世紀半ばのロンドンが舞台となっているが、 この新解釈では作品が初演された1928年頃のベルリンを意識したもの。 幕間の Norris のインタビューでドイツ表現主義 (Expressionism) や Otto Dix の名を挙げていたが、 Dix というより George Grosz: Ecce Homo。 戦間期ワイマール・ドイツでは Dix や Grosz だけでなく多くの風刺画が描かれていたのだが [レビュー]、 そんな風刺画でカリカルチャライズされていたような人物造形がそのまま飛出してきたようなキャラクター (特に Macheath と Mr. Peachum) が、 『三文オペラ』の歌や音楽にぴったり。 19世紀ロンドンを舞台に借りていたものの、『三文オペラ』の風刺の対象は Dix や Grosz の風刺画と同じ戦間期のベルリンなので、合わないはずがない。 ワイマール時代の風刺画のキャラクターが演じる2.5次元ミュージカルを観ているようだった。

色男というよりも Grosz の描くようなごつくグロテスクな男の Macheath や、 体型が風刺画的なだけでなく後半は異性装にまでなった Mr. Peachum も楽しんだが、 Mrs. Peachum、Polly、Jenny、Lucy といった女性陣の方がキャラクターが際立っていたのは確か。 特に、ワイマール時代の風刺画的というよりむしろイギリスのオタク少女とでもいう風貌の Polly がとても良かった。 Polly は会計士としてのスキルを持ち、Macheath との仲も、その性的な魅力に惹かれたというより、 権力や財力が目当てで、半ば親への当てつけという設定。 それが、色男というより権力と金で女性を物にするブルジョワ的存在という Grosz の風刺画の世界に出てきそうなキャラクタとなった Macheath のカウンターパートとして合っていた。

The Curious Incident of the Dog in the Night-Time で知られる Simon Stephens の脚色は、思っていたよりは Brecht の戯曲に忠実。 大きな変更のポイントは舞台を戦間期に持ってきたところだろうか。 登場人物の外見をワイマール時代の風刺画風にしただけでなく、 乞食たちの演じる芝居に第一次大戦の従軍兵士に発生した戦争神経症 (shell shock) があったり、 「大砲の歌」 (“Canon Song”) に第一次世界大戦最大の激戦地ソンム (Somme) を歌い込んだりと、 明確に第一次世界大戦後を意識させるものとなっていた。 「大砲の歌」でソンムと並んで歌い込まれただけでなく、Macheath と Tiger Brown の仲を暗示させる地名として、 アフガニスタンのカンダハル (Kandahar) が使われていたのだが、その隠された意味合いが判らなかったのは残念。

元の『三文オペラ』が19世紀半ばのロンドンを舞台にしつつワイマール時代のベルリンを風刺したように、 この脚色では戦間期という設定を使いつつ、現代のイギリスを風刺するかのような要素も盛り込まれていた。 そもそも、『三文オペラ』の世界は、2006年頃から「ブロークン・ブリテン」と呼ばれるようになったイギリスのアンダークラスの世界に重なって見える。 現代で言えばアンダークラスの人々ともいえる Peachum の乞食達にジョージクロス旗を纏わせ愛国者を名乗らせる様は、Brexit を彷彿させるものがある。 (この作品の上演中の2016年6月23日に、英国のEU離脱の国民投票が行われている。) 自分には判らなかっただけで、他にも多くイギリスの現在と繋ぐ仕掛けが盛り込まれていたのかもしれない。 そして、Brexit に反対している人が多い裕福なインテリ層が National Theatre の主要な客層だということを思うど、 なかなかキツい皮肉が込められているな、と。

音楽の演奏は生演奏で、役を演じるというほどではなかったが、舞台上を動き回りながらの演奏。 特に奇抜なアレンジはせず戦間期の雰囲気を生かしつつ、ライブならではの生々とした印象。 オペラやミュージカルの歌手ではなく、いわゆるストレートプレイの文脈で活動する俳優が演じていたのだが、 ジャズやロックの文脈での Brecht / Weill ソングのカバーでよくあるように高音域でオクターブ下げることなく、普通に歌っていたのが驚き。 Macheath を演じた Rory Kinnear も上手かったが、Polly 役の Rosalie Craig など、感心してしまった。