8月下旬に観に行った第9回 シアター・オリンピックス。 25日 [鑑賞メモ] は利賀の民宿で一泊し、 26日も3本観てきました。
ロシア・東シベリアのトゥヴァ共和国の主要民族トゥヴァの民族音楽を演奏するアンサンブルです。 トゥヴァ伝統の overtone singing である хөөмей [khoomei] と伝統楽器をメインに主に伝承曲を演奏するグループです。 トゥヴァ国外では Smithsonian Folkways からアルバムを出したり Béla Fleck and the Flecktone との共演盤を Rounder からリリースしたり、と欧米 (特にアメリカ) での活動が目立つでしょうか。 トゥヴァの音楽といえば、ロック色濃い Yat-Kha や、 improv や electronica などの異種共演の多い Хуун-Хуур-Ту [Huun-Huur-Tu] などのアンサンブルと比べ、 Алаш [Alash] は electric guitar を使うとはいえ比較的オーソドックスな演奏です。 CDで хөөмей [khoomei] や хомус [khomus, jew's harp] をフィーチャーしたトゥヴァの音楽をそれなりに聴いてきているので、 アンサンブルに意外さがあったわけではありませんが、ライヴで聴くと倍音の響きの面白さはいっそうです。 игил [igil] や дошпулуур [doshpuluur] の鈍い弦の響きも合わせて、約1時間のライヴを楽しみました。
中國國家話劇院の 劉 立濱 の演出に魯 迅 没後80周年の2016年から構想したという 魯 迅 の 白話小説『阿Q正伝』 (1921-22) に基づく一人芝居です。 人形や阿Qの付けた面など小道具は使えど、大きな舞台美術は無く、 暗い舞台に弱めのライティングの中に人や小道具を浮かび上がらせるという現代的な演出でした。 その一方で、台詞に合いの手を入れるように鳴らされる楽器に、中国の伝統的な劇との類似点も感じられました。 約11000文字の台詞を休まず一人で演じるのは凄いと思いつつも、 このミニマリスティックな演出に聞き取れない言葉が合わさるというのは辛いものがありました。 中国からの観客が少なからずいて、セリフに受けていたりもしたので、 おそらく台詞が聞き取れ、発話のトーンによるニュアンスが分かると印象違うのでしょう。 字幕があったといえ、そのような面白さを掴みかねた公演でした。
ロシア・サンクトベテルブルグ Российский государственный академический театр драмы им. А.С.Пушкина (Александринский) [Russian State Pushkin Academy Drama Theater (Alexandrinsky Theatre)]. の開場260周年、 劇場芸術監督でシアター・オリンピックス発起人の一人でもある Велерий Фокин [Valery Fokin] の70歳を記念して2016年に開催されたフェスティヴァル «Десять спектаклей Валерия Фокина» [Ten Valery Fokin Performances] で、旧劇場に隣接して建てられた新劇場の杮落し公演の演目として初演された作品です。 2016年を舞台とした地球が異星人に滅ぼされる様を国際機関のシンクタンク研究員の視点から描いたSFを舞台化しています。 野外公演でしたが初演時は劇場での公演で、映像や照明を仕込んだ装置なども駆使した演出でした。 蛍光灯というか白色LED光で浮かび上がらせたガラスもしくはアクリルの箱に主役を閉じ込める演出など工夫は感じましたが、 背景に投影される映像が20世紀風だったり、異星人との交渉にうまく対応できないトップ会談の演出がキッチュだったり、映画では無く演劇でSFを上演する限界を感じてしまいました。 1時間余の時間で限界があるとは思いますが、主人公と妻との関係や異星人の描写も薄く感じられました。 そういう意味では、主題に説得力を感じることはありませんでしたが、 ドローン飛ばしたり、本物の自動車つかったり、ギミック多目で、楽しんで観ました。 主人公の妻が下着姿にコートという姿で登場する場面も、いわゆるサービスカットかしらん、と。
《人生天地間》も Сегодня. 2016 - ... も とても良かったという程ではありませんでしたが、 中国やロシアの演劇を観る機会はほとんどありませんので、 これが各国の典型的な演劇表現ということではないとは思いますが、 テイストの違いなど興味深く観ることができました。
ところで、シアター・オリンピックスの感想メモが書くのに時間がかかっている理由の一つに、 会場で配布されているパンフレット類に、 オリジナルの言語でのタイトルやスタッフ・キャストの名前や初演に関する情報など、 拠点としている国での評価や初演時の評判、作品制作時のバックグラウンドなどを知るキーとなる 自分が知りたい情報が載っておらず、これらを調べるのに時間がかかっているということがあります。 舞台上ではマルチリンガルなのに、パンフレット等の配布資料がそうじゃないのは少々残念でした。 せめて、開催地の日本語と、世界の共通語としての英語に加え、 上演作品毎のオリジナルの言語での3ヶ国語併記でのクレジット等だったらよかったのに、とつくづく。
第9回シアター・オリンピックスで観た作品はここに書いたものだけでなく、 前日25日に 鈴木 忠志 (演出) 『リア王』、Θεόδωρος Τερζόπουλος (Σκην.): Τρωάδες [鑑賞メモ]、 第二週の31日に Robert Wilson (dir.): Lecture on Nothing、 鈴木 忠志 (構成・演出) 『世界の果てからこんにちは』 [鑑賞メモ] を観ています。