イギリス Royal Opera House による Leoš Janáček のオペラ Jenůfa 『イェヌーファ』の新制作です。 Janáček のオペラは Patrice Chéreau 演出の Z Mrtvého Domu [From The House Of The Dead] 『死の家の記憶』をDVDで観たことがあるだけ [鑑賞メモ]。 演出家にも疎かったものの、ティーザーに惹かれて観て観ました。
戯曲 Gabriela Preissová: Její pastorkyňa (『彼女の継娘』, 初演: 1890) に基づいたもので、 意図せぬ妊娠、低い女性の地位や階級差、そして世間体を重んじる田舎の社会がもたらした悲劇 (と最後のささやかな希望) を描いた 当時のリアリズム演劇の影響が感じられるストーリーです。 ラストで子殺しが明らかになって結婚式が滅茶苦茶になる終わり方は Henrik Ibsen を思わせます。 主要な登場人物は、服装も19世紀末を思わせるもので、 Janáček の話言葉の抑揚に着想した「発話旋律」で、アリアがあっても見得を切るようなものでは無く 、その演技もリアリズム的です。 特に、このオペラのタイトル役 Jenůfa を演じた Asmik Grigorian とその継母 Kostelnička を演じた Karita Mattila の熱演に引き込まれました。
その一方で、舞台美術や照明では、リアリズムを離れ抽象化されてた象徴的な表現が使われています。 全体として閉塞的な空間となっており、 第一幕での背景にずらりと並んだベットと吊り下げの揺り籠、そしてその前で黙々と家事や水車小屋での労働をする女性たちは、 このオペラの舞台となる社会における主人公と同じ階級の女性の立場を象徴するよう。 第二幕での Jenůfa が隠れて子を産んだ家が金網のケージのように表現され、背景に女性たちの黒い影が見えるような表現も、Jenůfa の社会から疎外を感じさせました。この場面はライティングも効果的。 そして、Jenůfa と Laca との結婚式から Kostelnička が Jenůfa の子を殺したことが明らかになるクライマックスの第三幕での、黄色い花を敷き詰めた舞台は、華やかさの中に混乱を予感させました。
そんな、リアリズム的な演技と抽象度の高い象徴的な舞台美術を組み合わせた演出は、 そのストーリーもあって、現代的な演出で上演されたリアリズム演劇、 例えば、Ivo van Hove 演出による Henrik Ibsen: Hedda Gabler [鑑賞メモ] を観た時の印象に近いものがありました。