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Review: Royal Ballet / Christopher Wheeldon (choreo.): Like Water for Chocolate 『赤い薔薇ソースの伝説』 @ Royal Opera House (バレエ / event cinema)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2023/04/02
『赤い薔薇ソースの伝説』
Live from the Royal Opera House, 2022-06-09 19:30-22:30 BST
Choreography: Christopher Wheeldon; Scenario: Christopher Wheeldon, Joby Talbot, Inspired by the book by Laura Esquivel; Music: Joby Talbot, Orchestrations: Ben Foskett; Designer: Bob Crowley; Lighting Designer: Natasha Katz; Video Designer: Luke Halls; Music consultant: Alondra de la Parra; Associate costume designer: Lynette Mauro; Associate det designer: Jaimie Todd; Assistants to the Choreographer: Jacquelin Barrett, Jason Fowler.
Conducted by Alondra de la Parra; Vasko Vassiliev (principal guest concert master), Orchestra of the Royal Opera House, Tomas Barreiro (solo guitar), Sian Griffiths (guest singer).
Francesca Hayward (Tita), Laura Morera (Mama Elena), Mayara Magri (Rosaura), Meaghan Grace Hinkis (Gertrudis), Marcelino Sambé (Pedro), Matthew Ball (Dr John Brown), Christina Arestis (Nacha), Cesar Corrales (Juan Alajandrez), Gary Abis (Don Pasqual), Isabella Gasparini (Chencha), et al.
A co-production between The Royal Ballet and American Ballet Theatre.
Premiere: Royal Ballet, 2022-06-02.
上映: TOHOシネマズ日本橋, 2023-03-26 12:45-15:45 JST.

Alice's Adventures in Wonderland 『不思議の国のアリス』 (2011) [鑑賞メモ]、 The Winter's Tale 『冬物語』 (2014) [鑑賞チーム] と同じ振付 Christopher Wheeldon, 音楽 Joby Talbot のクリエイティブ・チームによる新作は、 メキシコの小説家 Laura Esquivel による小説 Como aqua para chocolate [Like Water for Chocolate] (1989) に基づいた作品です。 この小説は1992年に同タイトルで映画化されており、1993年に『赤い薔薇ソースの伝説』という邦題で小説邦訳および映画日本公開されています。 予習推奨ということだったので、小説を読んで、映画も観てから、Royal Opera House cinema を観に行きました。

舞台は20世紀初頭、1910年代から1930年代にかけてのメキシコの大農場。 主人公の Tita、その母親で大農場の女主人の Elena、姪 (姉の娘) Esperanza の三代を女性を描いた、大河小説的な物語です。 末娘は結婚をせずに親の面倒をみるという家の掟によって Tita の恋人 Pedro は Elena の姉 Rosaura と結婚することになります。 それにより生じる母娘の葛藤、Tita と Pedro のロマンチックな関係、Tita を救う Dr John Brown 無償の愛などが描かれ、最後には Tita や姪 Esperanza はそんな家の掟の軛から解放されます。 そんな物語を、20世紀初頭のメキシコの雰囲気を活かしつつも象徴的で美しく幻想的な美術や衣装、 しかしながら Wheeldon らしく映像も駆使し現代的に演出した物語バレエが楽しめました。 (幕間のインタビューでは narrative ballet (物語バレエ) より storytelling dance という言葉を使っていました。) Alice's Adventures in Wonderland のように現代に翻案していないこともあってか、 The Winter's Tale に近く感じられましたが、 その題材もあってか、今までの作品にはない官能的なパ・ド・ドゥなどの見せ場もありました。

元となった小説は、女性の三代の物語をオーソドックスに物語っているわけではありません。 Tita の作る料理には魔力があるとされ、 小説の構成も12ヶ月の各月の料理とそれに関するエピソードという12章構成で綴られます。 四季折々の魔力のある料理によって時にエロティックで時にユーモラスな幻想的な展開を見せるという、マジック・リアリズム的な小説です。 映画化においては、12章構成は廃され、料理に関してはフェティシズムも感じる映像化をしていましたが、 マジック・リアリズムの肝となる魔力をリアリズム的なベタな表現で映画化していて、少々趣に欠けると感じていました。

このバレエ化でも12章構成は無く、映像のプロジェクションなどを用いず料理の描写については後退していました。 物語は予想以上に小説に忠実でしたが、死後に Tita が知ることになる母の秘密が変えられていました。 小説の母の秘密は、母は恋人 José との結婚を許されなかったがその後も関係を続け、José と次女 Gertrudis をもうけたもののその後に Jose は殺されたというものでした。 バレエでは、もっと単純に、恋人を殺された後に親の決めた相手と結婚したように表現されていました。 あと、小説では、Elena の死後に彼女の呪いで Pedro が大火傷を負うのですが、バレエでは心臓発作と変えられていました。 これらは、ダンスでわかりやすく表現できるものへの変更でしょうか。 しかし、ダンスでの表現はリアリズム的になりえないところもあり、マジック・リアリズム的な物語はダンスによる表現と相性良く感じました。 また、映像プロジェクションなどの補助を抑えてダンス的な表現で物語ってきただけに、 ラストに Tita と Pedro が結ばれ炎上昇天する場面のプロジェクションマッピングがドラマチックで効果的でした。

映画ではソンブレロ被ったマリアッチ楽団は出てこなかったもののランチェーラおぼしき音楽が使われていたので、 バレエでの音楽に期待したのですが、ランチェーラを想起させるような曲調はありませんでした。 ギターやオカリナ等の民族音楽の音色は効果的に使われていましたし、 舞台のイメージに合わないわけでは無かったですが、少々物足りなく感じました。

今までの2作品からの期待も大きく物足りなく感じた所もありますが、 メキシコどころかラテンアメリカを舞台としたバレエ作品というのも稀。 小説を読んでいて、その複雑な形式に、これをどうやってバレエ化するのだろうと思っただけに、 かなり意欲的な物語バレエとして楽しめました。

しかし、小説読んで、その実写映画化、バレエ化と観て、 この小説はシリーズ物12話のアニメーションにするのが一番合ってそう、と思いました。 大河小説的な大枠は世界名作劇場的なものと相性良いですし、 料理の魔力のようなシュルレアルな表現もアニメーションは得意としていますし、 12章構成のような形式も活かせます。