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Review: ლანა ღოღობერიძე [Lana Gogoberidze]: ვალსი პეჩორაზე [The Waltz on the Petschora] 『ペチョラ川のワルツ』 (映画); ლანა ღოღობერიძე [Lana Gogoberidze]: დედა-შვილი, ან ღამე არ არის არასოდეს ბოლომდე ბნელი [Mother and Daughter, or the Night Is Never Complete] 『母と娘 完全な夜はない』 (映画); ნუცა ღოღობერიძე [Nutsa Gogoberidze]: უჟმური [Uzhmuri] 『ウジュムリ』 (映画); ნუცა ღოღობერიძე [Nutsa Gogoberidze]: ბუბა [Buba] 『ブバ』 (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2024/09/29

渋谷ユーロスペースで開催中の 『ジョージア映画祭2024』で、 『母と娘−−ヌツァとラナ』と題されたプログラムの4作を観てきました。

ვალსი პეჩორაზე [The Waltz on the Petschora]
『ペチョラ川のワルツ』
1992 / Lileo Arts (GE) / colour, B+W / 106 min.
Director: ლანა ღოღობერიძე [Lana Gogoberidze]

1930年代後半ソビエト大粛清の際に父が銃殺、母が流刑となり、街に一人取り残された娘と流刑地での母の体験を描いた劇映画です。 監督のლანა ღოღობერიძე [Lana Gogoberidze]も大粛清の際に父が銃殺、母が流刑となっており、 タイトルは母ნუცა ღოღობერიძე [Nutsa Gogoberidze]の流刑先での体験に基づく短編小説のタイトルから撮られています。 監督は母が流刑の間、叔父の元で暮らすことができたようですが、 この映画では娘は赤軍将校と暮らすことになり、その将校も粛清され、孤児院へ行くことを決意して終わります。

大粛清の大状況を群像劇的に描くのではなく、 女性受刑者たちを収容してくれる収容所もなくペチョラ川 (シベリアではなくバレンツ海に注ぐヨーロッパ・ロシア北部の川) 沿いを彷徨う母の視点と、 両親がいなくなった後に家に来た赤軍将校に追い出されることなく奇妙な同居を続けることになった娘の視点の、2つのミクロな視点から大粛清の辛い体験を静かに映像化します。 大粛清の犠牲者として挙げられる政治家、軍人、芸術家は男性がほとんどですが、流刑地での女性を描いているという点、 それも、有力な男性の囚人の情夫になるなどの男性的な視点ではなく、女性たちが流刑地でいかに尊厳を保って生きたかを描くところは、さすが女性の監督ならではでしょうか。 一方、娘と赤軍将校の同居の描写では、文化的にも豊かさを感じさせる娘一家の生活と、農村出身の赤軍将校の貧しかったであろう生い立ちが窺われる描写が多く、 そんな所にも大粛清の背景を見るようでした。

流刑先のペチョラ川の最後の場面で、女性受刑者たちはワルツを踊るのですが、そこで使われる音楽は Johann Strauss IIの “An der schönen blauen Donau”。 ელდარ შენგელაია [Eldar Shengelaia] 監督の映画 მრავალჟამიერ [Mravalzhamier] 『ムラヴァルジャミエル三部作』 (2022) 中の『井戸』[ჭა / Cha] でもこの曲が使われていましたが[鑑賞メモ]、ジョージアで何か象徴的な意味のある曲なのでしょうか。

დედა-შვილი, ან ღამე არ არის არასოდეს ბოლომდე ბნელი [Mother and Daughter, or the Night Is Never Complete]
『母と娘 完全な夜はない』
2023 / 3003 Film Production (GE) / colour, B+W / 89 min.
Director: ლანა ღოღობერიძე [Lana Gogoberidze]

ლანა ღოღობერიძე [Lana Gogoberidze] 監督の過去の自作の場面を 映画監督だった母 ნუცა ღოღობერიძე [Nutsa Gogoberidze] との関係の視点から抜粋しつつ、 また、埋もれていた母の映画の発掘の経緯や、発掘された映画の一部の抜粋を交えつつ、 母と自身の歩みを振り返るドキュメンタリー映画です。 映画的というよりARTEで放送/配信されそうなしっかりとした作りのドキュメンタリーで、 背景に疎かったこともあり、前に観た『ペチョラ川のワルツ』や、後に観た『ウジュムリ』、『ブパ』の理解の助けに大いになりました。

უჟმური [Uzhmuri]
『ウジュムリ』
1934 / Госкинпром Грузии (СССР) / silent / B+W / 56 min.
Director: ნუცა ღოღობერიძე [Nutsa Gogoberidze]

ソビエトの最初の女性監督と言われる ნუცა ღოღობერიძე [Nutsa Gogoberidze] のサイレント劇映画です。 舞台はジョージア西部サメグレロ [სამეგრელო / Samegrelo] 地方のマラリアが猖獗する低湿地で、 タイトルはそこに住むとされた伝説の悪霊の名から採られています (ここではマラリアもこの悪霊の名で呼ばれています)。 当時のソビエト映画らしく、新世代にあたる低湿地に干拓開拓に取り組む青年団と旧世代に当たる伝統的な生活や伝説を重んじ開拓を妨害しようとする地元の名士だった人々との対立と、新世代の勝利、旧世代の謝罪と新世代の赦しを描きます。 新世代を代表するのは実家は貧しいながら青年団を率いるリーダーとその妻、旧世代を代表するのはリーダーの義父やその老母です。 義父や老母の仕掛けた罠にかかりリーダーが沼にはまって死にかけるも、妻や青年団の仲間の活躍で救われるというのが、映画のクライマックスです。 1934年作ということで、まだ、クロースアップや極端な構図を使ったアバンギャルド色濃い作風ですが、 Carl Theodor Dreyer: La Passion de Jeanne d'Arc 『裁かるゝジャンヌ』 (1928) [鑑賞メモ] を思わせる顔のクロースアップの多用が、特に印象に残りました。

ბუბა [Buba]
『ブバ』
1930 / Госкинпром Грузии (СССР) / silent / B+W / 39 min.
Director: ნუცა ღოღობერიძე [Nutsa Gogoberidze]

『ウジュムリ』の前に撮られた、 ジョージア・ラチャ [რაჭა / Racha] 地方のコーカサス山脈の山深い山村を捉えたサイレントのドキュメンタリー映画です、 タイトルはこの地方にある氷河の名前から採られています。 山の斜面での農作業や農閑期のコーカサス山脈越えの出稼ぎ、土砂崩れや洪水などの天災など、厳しい山村の生活が描かれる一方、 水力発電所や保養所に象徴される近代的な暮らしがそんな山村にも着実に近付いてきている様も捉えていました。

ნუცა ღოღობერიძე [Nutsa Gogoberidze] 監督は大粛清で流刑となっておりその映画は長らく行方不明となっていましたが、 娘 ლანა ღოღობერიძე [Lana Gogoberidze] の尽力もあり、 『ブバ』は2013年、『ウジュムリ』は2018年にロシア国立映画アーカイヴ Госфильмофонд [Gosfilmofond] で再発見されました。 今回はデジタル修復され Giya Kancheli の音楽が新たに付けられたものが上映されました。 そのアナログおぼしき電子音も交えた音も興味深くありましたが、画面の雰囲気と比べ現代的な音に違和感もありました。ピアノ伴奏の方がすんなり観られたかもしれません。