TFJ's Sidewalk Cafe > Dustbin Of History >
Review: Man Ray (dir.) / SQÜRL (Jim Jarmusch / Carter Logan) (music): Return To Reason (L'Étoile de Mer; Emak-Bakia; Le Retour à la Raison; Les Mystères du Château de Dé) (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2025/01/26
2023 / Womanray (FR), Cinenovo (FR) / B+W / 70 min. / Standard 4K / DCP.
New restoration of four films by Man Ray. Original music by SQÜRL (Jim Jarmusch / Carter Logan).
L'Étoile de Mer 『ひとで』 (1928), Emak-Bakia 『エマク・バキア』 (1926), Le Retour à la Raison 『理性への回帰』 (1923), Les Mystères du Château de Dé 『骰子城の秘密』 (1929)

1920年前後からニューヨーク、そしてパリの Dada の文脈で活動を始め、 後は第二次世界大戦中を除きパリで活動した写真家・美術作家 Man Ray が1920年代に残した Avant-Garde なサイレントの短編映画4本を、2023年に4Kリストアしたものです。 上映順は L'Étoile de Mer (1928), Emak-Bakia (1926), Le Retour à la Raison (1923), Les Mystères du Château de Dé (1929) と、年代順ではありません。 2023年に上映に合わせ SQÜRL (Jim Jarmusch / Carter Logan) による反即興の伴奏の録音と合わせての上映です。

1920年代のフランスには Henri Chomette によって提唱された 視覚的時間的な構成に焦点を当てたナラティヴではない映画を目指す Cinéma Pur (純粋映画) という Avant-Garde な映画運動があり、 Man Ray の映画もその文脈上にありました。 最初期の2作 Le Retour à la Raison (1923) 約2分、 Emak-Bakia (1926) 約15分は、まさにその典型で、 即物的に撮った写真やフォトグラム、ディストーションやソラリゼーションといった効果をかけた画面がリズミカルに展開します。 Emak-Bakia の方が人物や風景が加わったりストップアニメーションの技法を使ったりとアイデアは多様で、 Le Retour à la Raison はその習作のようにも感じます。 続く L'Étoile de Mer (1928) となると、 男女関係の抽象的ながらナラティヴが展開やあり、映画のタイトルでもある「ヒトデ」に性的な象徴性も感じます。 このような作風の変化に Dada から Surrealism への移り変わりを見るようです。

最後の Les Mystères du Château du Dé『骰子城の秘密』 (1929) は約30分の中編です。 主な撮影の舞台になっているのは、当時のフランスの前衛芸術家たちのパトロンで、この映画の出資者でもあり、出演もしている Charles & Marie-Laure de Noailles 子爵夫妻が 南仏コート・ダジュールの中世の城塞の跡に構えたモダニズム建築の別荘 Villa Noailles (1928) です。 手掛けた建築家 Robert Mallet-Stevens は、UAM (Union des Artistes Modernes) 設立に関わっており、 Marcel L'Herbier の映画 L'Inhumaine 『人でなしの女』 (1924) のセットデザインも手掛けています [関連する鑑賞メモ]。 4Kリストアで鮮明に蘇った当時最新のモダニズム建築やモダニズムやアールデコのデザインの調度品や美術品のディテール、 プール、ウォールバー (肋木)、ジャーマンホイールなどを使ってリクリエーションする別荘での過ごし方、 そしてそれを捉える映像の撮り方までも含めて、当時のモダニズムの雰囲気を堪能しました。 パトロンが最新の流行のデザインを反映した新しい別荘に芸術家たちを招待するついでに、 単なる記録映画を撮るのではなく、寸劇を交えて謎めいた物語仕立で映画化したかような遊び心も感じます。 モダニズムの邸宅を「骰子 (サイコロ) 城」と呼ぶセンスも含め、楽しみました。

今回の上映に付けられた音楽を演奏しているのは、映画監督 Jim Jarmusch と2010年代以降に映画のプロデューサを務める Carter Logan の2人による音楽ユニット SQÜRL です。 2010年代以降の Jarmusch の劇映画の音楽はこの SQÜRL によるものです。 しかし、Paterson (2017) [鑑賞メモ] のような映画と違い、 純粋映画的なサイレント映画ではその音楽の存在感が前に出てきます。 ドローンなギターをベースに Le Retour à la Raison のような場面ではパーカッシヴな音な音を交えた SQÜRL の音楽も、 抽象的かつミステリアスな雰囲気に合っていました。 一方で初演時を再現した音楽を付けての上映で観たいとも思いましたが、それはまた別の機会でしょうか。

記憶も朧げですが、これら Man Ray の1920年代の映画を初めて観たのは確か1980年代半ば (当時高校生)、默壺子フィルム・アーカイブでの自主上映だったように思います。 その後、この4本も収録したDVD 2枚組 Avant Garde: Experimental Cinema of the 1920s and '30s (Kino Video, 2005) も買っています。 最近こそ遠ざかり気味ですが、戦間期 Avant-Garde / Modernism への興味からそれなりに観知った映画でした。 しかし、特に Les Mystères du Château de Dé は、4Kリストアの精細さで改めてその興味深さ、面白さに気付かされました。