コンテンポラリー・ダンス及び現代アートの文脈で活動する Tiia Kasurinen のパフォーマンス作品です。
今まで作ってきた作風などの予備知識はなく、2024年のレジデンスの際のワークインプログレス公演も観ていませんが、
「音のジェンダー」をコンセプトとしたパフォーマンスということに引かれて観てきました。
パフォーマンスは Tiia Kasurinen 自身の歌、ボイス、パフォーマンスと
Eliel Tammiharju aka Keliel によるラップトップとハープの演奏と歌からなるものでした。
コンセプトという点では、カラスの鳴き声を思わせる引き攣ったような抽象的な発声と
ハイトーンで歌われる indietronica / dream pop 風の歌が対比され、
歌自身もヴォコーダ (もしくはそれ相当の機能のあるラップトップのソフトウェア) を使い声のピッチを微妙にずらされます。
ビジュアル的には、Tiia Kasurinen はドラァグクイーン風のメイクに盛った鬘、
しかし、衣装はドラァグのようなどぎついものではなくコルセットにクリノリン。
フェミニズムの文脈では女性の拘束の象徴として扱われることが多いものですが、
ドラァグ風の頭部もあってか、むしろ19世紀半ばのファッションのポップでキッチュなパロディのようでもありました。
後半になるとクリノリンは脱ぎ捨てられ、ダメージジーンズ姿となります。
元の歌声が強くジェンダー規範を意識させられるもの (例えば、日本で言えば、アナウンスの女声や、アニメ女優の声) で無かったこともあり、
声が対比されたりビッチがずらされたりという点については、さほどピンとくる所はありませんでした。
むしろ、ドラァグ風のメイクや拘束を感じさせる所作、そして、抽象的な時間空間や動きのコンポジションのような抽象ダンスや、もしくは、身体表現で物語るナラティヴなダンスとは違う、
コンセプトに基づく象徴的でシュールレアリスティックなイメージを連ねていくような構成に、
Matthew Barney: The Cremaster cycle [鑑賞メモ] に近いものを感じました。
そして、The Cremaster cycle もその文脈で日本で紹介され受容されたように思いますが、 1990年代後半にジェンダー/セクシャリティをテーマとした現代アートを取り上げる展覧会が多く開催され、そこではパフォーマンスが伴うこと多かったことを思い出したりもしました。 例えば、Majida Khattari のパフォーマンス [鑑賞メモ] など (生では見逃したのですが)。 そういう意味で、この Songbird も、ダンスの文脈での公演という形式よりも、現代美術展でのイベントとして行われるギャラリーの一角などを使ったパフォーマンスという形式での上演の方が似合いそうと感じました。
会場は北仲ブリック・ノースの3階に入居している Dance Base Yokohama (DaBY) がこの8月に新たに同ビル1階にオープンさせたスタジオでした。 運営事業者としての契約終了に伴い2024年度末をもって終了してしまった BankART KAIKO だった場所です。 新高島駅の BankART Station は次の運営事業者 Ongoing による Art Center NEW となったわけですが、 KAIKO は引き継がれずどうなるのだろうと思っていました。 似たような性格のスペースになって良かったでしょうか。