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Review: 『リダウト』 (Matthew Barney (dir.), Redoubt) (映画); 『クレマスター2』 (Matthew Barney (dir.), Cremaster 2) (映画); 『クレマスター5』 (Matthew Barney (dir.), Cremaster 5) (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2022/08/28

1980年代末から現代美術の文脈でニューヨーク (New York, NY, USA) を拠点に活動する Matthew Burney の映画 Redoubt (2018) の上映に合わせて、 Matthew Burney の過去の映画作品やテーマ的に関連する映画を併せての特集上映 『『リダウト』プラス』東京都写真美術館で開催されたので、 未見の Matthew Barney 作品を観てきました。

『リダウト』
2018 / USA / 134 min 03 sec / 4K DCP / 7.1ch SR / colour
Written and Directed by Matthew Barney. Produced by Matthew Barney, Sadie Coles, & Barbara Gladstone. Director of Photography: Peter Strietmann. Music Composed by Jonathan Bepler.
Anette Wachter (Diana), Eleanor Bauer (Calling Virgin), Laura Stokes (Tracking Virgin), K. J. Holmes (Electroplater), Matthew Barney (Engraver), Sandra Lamouche (Hoop Dancer).

Matthew Barney の現時点での最新の映画作品は、 狩猟の女神 Diana たちの水浴を猟師 Actaeon が誤って目撃してしまったというローマ神話中のエピソード (ルネッサンス期に Tiziano が描いている) に着想し、 アメリカ・アイダホ州のロッキー山中 (Sawtooth Range と呼ばれるエリア) で撮られた作品です。 森林レンジャーをしつつ山中のトレーラーハウスで生活する Actaeon 相当の銅レリーフ作家のカップル (Barney 演じるエングレイヴ作家 (Engraver) と K. J. Holmes 演じる電気メッキ作家 (Electroplater)) の、 森の中での狩猟の女神 Diana との出会い ––親密な交流のようなものではなく、遭遇とそれによって生じたハプニング–– を描いています。

The Cremaster Cycle [鑑賞メモ1, 鑑賞メモ2] や Drawing Restraint 9 [鑑賞メモ] では、 ワセリンなどを使ったネチョっとした質感や、特殊メイク技術なども駆使した異形な造形 (Cremaster のキャラクターたちや Drawing Restraint 9 での Björk) が観られましたが、 そんな Barney の作風とも言えた要素がほとんど感じられません。 それまでであれば、Diana や従えている乙女 (Virgins) たちに精霊もしくは野獣、もしくはそれらのキメラのような格好をさせたのではないかと思うのですが、 この作品では、現代的な特殊部隊の狙撃兵を思わせる装備 (迷彩服やヘルメット、狙撃銃やピストル) です。 (ちなみに、Diana を演じる Anette Watcher はNRA会員の長距離ライフル競技の選手のようです。)

それまで Barney の作品で多用されていた質感や異形な造形の代わりにこの作品がキャラクターを描く際に使われているのが、 ダンス的な、と言うか、振付として様式化された動きです。 Electroplater 役の K. J. Holmes と Calling Virgin 役の Eleanor Bauer は コンテンポラリーダンスのアーティストですし、 Aerial Choreographer としてもクレジットされている Tracking Virgin 役の Laura Stokes は 41ème Festival du Cirque de Demain で Médaille d’Argent (銀メダル) を受賞したサーカスアーティストです。 特に、映画中の随所で観られる、乙女 (Virgins) 2人によるエアリアルや地上でのアクロバットのテクニックも使った動きには目が止まります。 ラスト、日食の日に銅レリーフ・アーティストのトレーラーハウスが狼たちに襲われる場面での Holmes のソロダンスも印象的でした。 Hoop Dancer 役として出演している Sandra Lamouche も ネイティヴ・アメリカン・フープ・ダンスのアーティストです。 Diana 役の Annette Watcher の競技者として研ぎ澄まされた銃捌きも「振付として様式化された動き」と言えるかもしれません。

Redoubt に映像によるダンス作品的な面があるとは事前に知らずに観たので、かなり意外に思いましたが、 質感とか異形なものへのフェティシズムが後退した (全く無いわけではないですが) 落ち着いた雰囲気の映画で、これはこれでかなり好みでした。 The Guardian 誌はこの映画を評して 「神秘的で神話的な映画バレエ」 (mysterious, mythical movie-ballet) と呼んでいますが、 いわゆるバレエ・テクニックは全く使われないので、映画ダンス (映像ダンス作品) と言った方が良いでしょうか。 エアリアルやフープ・ダンスなどのテクニックや、 見せるものとしての長距離射撃のような超人的なテクニック、というのは、むしろ、サーカス的。 伝統的な「サーカス」の雰囲気を作り出すために使うのではなく、 もちろん、技自体を見せることを目的にしておらず、テクニックを使いつつも型として表現するのではなく、 “Diana and Actaeon” に着想した世界を描いているところは、コンテンポラリー・サーカスにも通じます。 「映画バレエ」ではなく「映画コンテンポラリー・サーカス」と呼びたくなるような作品でした。

Matthew Burney の『クレマスター』シリーズ (The Cremaster Cycle) は 約四半世紀前に全5作中1, 3, 4と観ていましたが、それきりになっていました。 これもコンプリートする良い機会かと、残す2作も観てきました。

『クレマスター2』
1999 / USA / 79 min / 1:1.77 / Dolby SR / 35mm / colour
Written and Directed by Matthew Barney. Produced by Barbara Gladstone & Matthew Barney. Director of Photography: Peter Strietmann. Music Composed by Jonathan Bepler.
Norman Mailer (Houdini), Matthew Barney (Gary Gilmore).

Cremaster Cycle の第2話 (制作順では第4作) は、 強盗殺人により死刑囚となり、自ら「死刑にされる権利」を求めて1976年に死刑となった、Gary Gilmore に着想した作品です。 Gilmore の伝記小説 The Executioner's Song (1979) の作者 Norman Mailer が、 Gilmore の祖父かもしれない縄抜けマジシャン Houdini として出演しています。 Gilmore の祖母 Baby Fay La Foe、両親の Frank & Bassie Gilmore の役も登場し、 Gilmore の強盗殺人や処刑、両親の結婚、Gilmore の祖母と Houdini の出会いなどに着想した場面もあり、 いわゆる三代記ではあるのですが、時系列に剃って展開するわけではありません。 Matthew Berney の映画全体に言えることですが、セリフはほとんど使われず、 人物や背景を知る手がかりとなるようなセリフもありません。

野外ロケ地は、アメリカ・ユタ州のグレートソルト湖の西に広がる Bonneville Salt Flats と、 カナダのブリティッシュ・コロンビア州とアルバータ州の境にあるコロンビア氷原 (Columbia Icefield)。 前者は Gilmore が生まれ育ったユタ州に因んで、後者は Gilmore の祖母が Houdini に出会ったという Columbian Exposition hall からの連想でしょうか。 Gilmore やその両親はモルモン教徒だったということで Mormon Tabernacle Choir も登場しますし、 両親の結婚に着想した場面にもモルモン教を意識したものがあったのかもしれません。 舞台がアメリカ中西部やロッキー山中で、Gilmore の処刑のメタファー的な場面に、 ロデオやウェスタンハットの男女のダンスが使われていて、Matthew Berney 流のゴシック西部劇という感もありました。 両親の結婚や、Gilmore が強盗殺人に至る場面での、ネチゃっとした物や大量の蜂を使った表現なども、いかにも Matthew Berney でした。

Cremaster Cycle の中では最もナラティヴに感じられたのですが、 意味深な伏線っぽい断片的なナラティヴな場面が回収されないので (観ていて回収を期待してはいませんでしたが)、 いろいろ意味を掴みかねた感が強く、フェティシュなイメージに溺れていくようでした。

『クレマスター5』
1997 / USA / 54 min 30 sec / 1:1.85 / Dolby SR / 35mm / colour
Starring Norman Mailer (as Houdini), Matthew Barney (Gary Gilmore). Written and Directed by Matthew Barney. Produced by Barbara Gladstone & Matthew Barney. Director of Photography: Peter Strietmann. Music Composed by Jonathan Bepler.
Ursula Andress (as the Queen of Chain), Matthew Barney (as her Diva, Magician, and Giant), et al.

Cremaster Cycle の第5話 (制作順では第3作) は、 Cremaster 2 での Gary Gilmore のような具体固有の人物には着想したものではなく、 19世紀末のオペラに着想した Matthew Barney 版オペラ。 約1時間しかありませんが第1幕と第3幕への序曲というか前奏曲が長め3幕構成のようでもあって、オペラの形式も意識されていたよう。 オペラの主賓 The Queen of Chain とオペラのディーヴァ (her Diva) の間のメロドラマチックな関係が仄めかされますが、 やはり、明確なストーリーはありません。 主要な登場人物は、鎖の女王 (The Queen of Chain) の他は、オペラのディーヴァ (her Diva)、鎖抜けのマジシャン (her Magician) 、そして、大男 (her Giant) を3役。 この3役を Matthew Barney が演じているので、同一人物の3面のようにも感じられました。

ロケ撮影はハンガリーのプダペストで、ハンガリー国立歌劇場 Magyar Állami Operaház [Hungarian State Opera House] と、 アール・ヌーヴォー様式建築で知られるゲッレールト温泉 (Gellért gyógyfürdő [Gellért Thermal Bath])、 そして、ドナウ川にかかるセーチェーニー鎖橋 (Széchenyi lánchíd [Széchenyi Chain Bridge ])。 オペラハウスの「鎖の女王」、鎖抜けのマジシャン、鎖橋と、鎖が作品を通奏する主題のよう。 続けて観たことで気づいたのですが、 her Magician は Cremaster 5 の Houdini とも 後の Drawing Restraint [鑑賞メモ] とも通じるもので、 Barney の重要な主題のようだと、気付かされました。

といっても、観ていて最も印象に残ったのは、ゲッレールト温泉で撮影された場面。 他の Cremaster Cycle ではお馴染みのネチャっとした質感のものがこの作品ではあまり出てこないのですが、 その代わりに大男 (her Giant) や温泉の精 (Füdór Sprites) という異形の者たちが水中でのパフォーマンスを繰り広げる、 その非日常的な印象が強く残りました。

Cremaster Cycle を初めて観たのは、 1995年にワタリアム美術館を中心に北青山〜表参道界隈で展開された『水の波紋 '95』 (Ripple Across The Water '95) で観た Cremaster 4。 それから四半世紀越しでついにコンプリートすることになるとは。少々、感慨深いものがありました。