Georg Büchner の戯曲 Woyzeck [関連発言] を原作とする Alban Berg のオペラ Wozzeck [2014年の鑑賞メモ] の新国立劇場2025/26シーズン新制作です。 イギリスの Richard Jones よる演出ですが、この演出家の舞台作品を観るのは初めて。
Woyzeck ら兵士の服装もイエローの作業服、上官の服も階級章風の飾りこそ軍服風にも感じますが原色の赤という作業着を思わせる服装です。 べニア板風の壁の質感のプレハブ小屋の内部のようなセットを幾つか用意し、それを移動させて場面を切り替えていきます。蛍光灯のフラットで青白い照明が多用されます。 20世紀半ばの大規模な工場か工事現場とその現場事務所、近所の接客ありの酒場 (いわゆるキャバクラのような店) を舞台にした現場作業員と現場監督の話に置き換えたかのような演出でした。 あえてゴージャスさや美しさを避けるようなビジュアルの舞台もオペラらしからぬと思いつつ、 話の内容からするとむしろこの安っぽさこそ Woyzeck らしい、とも。 そんな場面が続くだけに、Marie を殺す場面や Wozzeck が沼に嵌って死ぬ場面こそ照明を使った抽象的で象徴的な演出も生きます。
今まで観た演出は Wozzeck に比べて Marie の描写は薄く印象に残っていないのですが、 Marie の部屋のミッドセンチュリーな感じや少しくすんだパステル入った色合いのカーディガンとスカートという服装という (Aki Kaurismäki の映画 Kuolleet lehdet [Fallen Leaves] を思い出しました) 質素な生活感や、 鼓手長との浮気での服装の変化のような形で可視化されたせいか、 この物語の中での彼女側の視点というか内面が見えたようにも感じられました。 また、出番があるときはTVばかり観ているネグレクト気味のとも言える Wozzeck と Marie の息子が、 ラストの場面ではまるで Wozzeck のようになることで、貧困の世代的再生産を暗示します。 Wozzeck を通して貧困を生きる男性の困難を描くだけでなく、貧困を生きる女性やその子供にも目配せが効いた演出でした。