オーストラリア出身でイギリスを拠点に1990年代半ばから YBA (Young British Artists) に近い現代アートの文脈で活動する作家の個展です。
国際美術展、グループ展で観たことはありましたが、個展でまとめて作品を観るのは初めてです。
リアリズム的な人物像をベースに、サイズを大きく拡大し、時には幻想的な状況を作りだしていくという、マジックリアリズムとも共通する作風です。
正直、綺麗に仕上がりすぎて観ていて上滑りした感は否めませんでしたが、
そんな中では、両手に買い物袋を持ちスリングで胸に幼児を抱いた母子像 Woman with Shopping (2013) や
DVを暗示するかのような若い男女像 Young Couple (2013) のような、リアリズムに寄った作風が好みでした。
上映されていた制作の様子を捉えた映画を観て意外だったのは、作家1人で黙々と制作していることでした。
現代アートの文脈で大規模な作品を作る作家の場合、作家はコンセプトの提示がメインで、工房でスタップを駆使して制作することが多く、Mueck の場合もそうだろうと予想していたのでした。
こういう制作スタイルを観ると、作品のイメージも、多分に私的なものなのだろうな、と。
展覧会を観る前に展覧会レビュー 『「ロン・ミュエク」──贋金のような語彙』 (ArtReview, 2026-06-30) を目にしていて、
彼の作品に白人男性の視点を指摘することももっともと思う一方、
作家自身はそれを普遍的なものとして提示したいというより、もっと私的なものとして制作しており、
白人男性である Mueck にそれ以外の視点を求めるものでもないだろう、とも思わされました。
杉本 博司 『絶滅写真』
写真作品だけでなく古美術コレクションや建築を含む空間演出でも知られる 杉本 博司 の個展です。
美術館レベルの個展では、『趣味と芸術―味占郷/今昔三部作』 (千葉市美術館, 2015) [鑑賞メモ]、
『ロスト・ヒューマン』 (東京都写真美術館, 2016) [鑑賞メモ] など、
自身がコレクションした古美術を交えたインスタレーションとして作り込むことが多くなっていました。
この展覧会にも古美術や数理模型の展示が数点ありましたが、
銀塩写真 (ゼラチン・シルバー・プリントの写真) に焦点を当てて、1970年代に始まる初期三部作《ジオラマ》、《海景》、《劇場》シリーズから、現在の作品まで銀塩写真に焦点を当てて、おおよその年代順に展示するという、
銀塩写真作家 杉本 博司 の回顧展を思わせる展覧会でした。
初期の中では瞑想的ですらあるミニマリスティックな白黒が映える《海景》シリーズの素晴らしさを改めて実感しましたし、
中期では、建築写真やファッション写真《スタイアライズド・スカラプチャー》など
被写体の造形の美しさをくっきりと写し撮るのではなく、むしろ、銀塩写真としての仕上がりの美しさを意識したかのような撮り方にも、改めて気付かされました。
最近の作風を追えていなかったのですが、最後に展示されていた、撮影にポラロイドフィルムを用い、デジタルプロセスでノイズを除去した上で、発色現像方式印画したという《Optics》シリーズに、
最近はカラー写真のシリーズに取り組んでいたのか、と。
カラーフィールド・ペインティングや Gerhard Richter の蝋燭を描いた作品などを想起させる画面はさほど意外ではありませんでしたが、
ずっと白黒の銀塩写真を見せられ続けていたので、最後のカラーが印象に残りました。
そんな気付きはありましたが、それなりに継続的に観続けていることもあり、むしろ、写真のみにスポットを当てて浮かび上がらせるような暗い空間構成を含めて、その雰囲気を楽しんだ展覧会でした。
遠目に写真を観ているだけではわかりませんが、写真の隣に作家自身によるキャプションが添えられていました。 そのキャプションは、撮影の経緯などに触れている内容もありますが、素遁卿(すっとんきょう)という狂名で詠んだ狂歌 (それも乱調気味のものが多い) で締められていました。 展示全体のモノトーンで落ち着いた雰囲気とはおよそそぐわないもので、 よく言えば、異質な物をぶつけての異化効果を狙ったものなのでしょうが、 オーセンティックなものに対する反逆っぽい仕草を見せつつ、逆にそれを強化することもわかってやっていそうと感じてしまいました。
企画展と関連したサテライト展として、
所蔵作品展の第10室に
『劇場・海景・スギモトノート/風を表す』と題して、所蔵作品と制作過程を記録したノートが展示されていました。
制作ノートの展示を所蔵作品展に持ってきているのは、企画展の完結した美学を損なわないという点で良かったでしょうか。
しかし、企画展直後に観ただけに、杉本 博司 の作品は展示空間の演出込みだなと、つくづく実感しました。