Bunkamura + Marcos Morau & La Veronal: KINKAKU-JI
2026/09/05, 18:00-20:00.
Created by Marcos Morau
原作: 三島 由紀夫 『金閣寺』 (1956)
Direction & Choreography: Marcos Morau;
Choreography Assistant: Ignacio Fizona;
Dramaturg: Roberto Fratini;
Music & Live Vocals: Maria Arnal;
Set Design: Max Glaenzel;
Costume Design: Silvia Delagneau;
邦舞振付 [Japanese Traditional Dance Direction]: 吾妻 徳陽 (中村 壱太郎) [Azuma Tokuyo (Nakamura Kazutarō)], 花柳 源九郎 [Hanayagi Genkurou];
竹本作曲 [Takemoto-bushi Composition]: 鶴澤 慎治 [Tsuruzawa Shinji];
演奏 [Performed by]: 竹本 連中 [the Takemoto Ensemble];
リハーサル・ディレクター [Rehearsal Director]: 鈴木 竜 [Suzuki Ryu];
企画 [Concept by]: 高野 泰樹 [Takano Taiju] (Bunkamura).
出演 [Cast]:
吉田 玉助 [Yoshida Tamasuke] (文楽人形遣い),
中村 壱太郎 [Nakamura Kazutarō] (歌舞伎俳優),
末永 光 [Suenaga Koh] (アイドル),
尾上 眞秀 [Onoe Maholo] (歌舞伎俳優),
dansers:
Achille De Groeve, Ignacio Fizona, Zander Constant, Shaked Heller, Jeong Ik Jo, Pol Vázquez Burgos, Lorenzo Cimarelli;
文楽人形遣い: 吉田 簑紫郎 [Yoshida Minoshirō], 吉田 玉延 [Yoshida Tamanobu];
太夫: 竹本拓太夫 [Takemoto Takutayū], 鶴澤 繁二 [Tsuruzawa Hanji].
A Bunkamura (Tokyo) and La Veronal (Barcelona) Production
Premiere in August 2026
コンテンポラリーダンスだけでなく現代バレエ作品の振付としても活動するスペイン・カタルーニャはバルセロナの Marcos Morau が、日本の人形浄瑠璃、歌舞伎とコラボレーションした新作です。
去年のNDT 2日本公演での Folkå [鑑賞メモ] や
配信された Ballet Nacional de España: Afanador [鑑賞メモ] を観て気になるコレオグラファーの舞台ということで、足を運びました。
1950年の金閣寺放火事件に取材・着想した 三島 由紀夫 の小説『金閣寺』が原作とされていますが、
その物語に沿ってナラティブなダンス作品とするのではなく、観念的な面に焦点を当てて舞台化したものでした。
焼け跡となった金閣寺の内部を思わせる舞台美術の中で繰り広げられるダンスに、むしろ「美」が焼け落ちた後の後日譚のように感じられました。
原作は戦後日本を舞台としていますが、美術に行燈を多用し髷のある人形を使うなど近世日本的な髷物の世界観となっていたことに大きな違和を感じてしまいました。
自分も疎いのでそこまで読み取れなかっただけかもしれないですが、
三島歌舞伎などを参照して『金閣寺』と日本近世芸能の共通点から引き出されたというより、
共演が前提にあって人形浄瑠璃や歌舞伎として演じるなら近世という程度の必然性しか感じられませんでした。
金閣寺、歌舞伎や人形浄瑠璃、「盾の会」制服に着想した衣装など、日本的、三島的なイメージの使い方がいかにも観光客向けっぽく、これはオリエンタリズムではないのか、と。
焼け跡という廃墟的な殺伐とした舞台美術、地域時代を感じさせない白いゆったりした衣装を振り回してのダンサーたちのダンスや、生で歌い演じる Maria Arnal の佇まいなど、好みの要素もそれなりにありました。
Folkå もそうでしたが、
髷物的な世界の中でのカタルーニャの民族衣装に着想したという Maria Arnal の衣装や、Arnal の音楽と義太夫節との混交など、
地域や時代を特定させない架空の世界の演出もあるとは思いましたが、
元の文脈への無頓着さも感じてしまいました。
坂口 安吾 に着想した Noism の『私は海を抱きしめていたい』 [鑑賞メモ] を観たばかりだったせいか、
(オリエンタリズムを含め) 欧米的なアプローチをせずに、戦後日本的なものに向き合ったダンスは作れないものか、と、考えさせられてしまいました。