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読書メモ: 岡田 暁生 『西洋音楽史 ― 「クラッシック」の黄昏』、他

[1496] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Thu Dec 29 2:26:32 2005

読書メモ。

岡田 暁生 『西洋音楽史 ― 「クラッシック」の黄昏』 (中公新書 1816, ISBN4-12-101816-8, 2005) は、中世音楽 (フランク王国成立 (circa 800) 以前のグレゴリオ聖歌) から 二十世紀の現代音楽 (新音楽) に至る西洋芸術音楽の歴史を、 「歴史的産物としての西洋芸術音楽」という観点から新書にまとめた本です。 あまり詳しくない分野だったこともあるのか、とても面白く読めました。 関連する音源を入手して、書かれていることを聴いて確かめたくなるような本、 という意味でも、良い入門書のように思います。

この本のポイントは、 「クラッシック」 (18世紀後半から20世紀初頭の西洋芸術音楽) を 「歴史上の産物」として扱っていることです。 このアプローチ自体は、近代批判というか、 近代に成立して現在自明に感じている社会制度や文化を批判し異化する際の常套手段です。 それに、クラッシックにそんなにナイーヴに接してきたつもりはないです。 けど、やはり、それでもこういう語り口は面白いです。

僕がこの本を読んで連想したのは、 南 直人 『ヨーロッパの舌はどう変わったか ― 十九世紀食卓革命』 (講談社 選書メチエ, ISBN4-06-258123-X, 1998) です (関連発言)。 この本は、明治以降の日本が取り入れた「欧米風」食生活が近代に成立した歴史的産物であることを説き明かす内容ですが、 「「欧米風」食生活」を「クラッシック音楽」に置き換えて似たようなアプローチを した本だなぁ、と思いました。 『ヨーロッパの耳はどう変わったか ― 十九世紀音楽革命』というか。 『ヨーロッパの舌はどう変わったか』が 食料生産や食品工業といった社会制度や食習慣の変化に着目しているように、 『西洋音楽史』も作曲家と作品ばかりに焦点を当てずに、 むしろ、楽譜のような「クラッシック」を支えたメディアや 作曲家や演奏会を支えた社会制度や音楽の受容側 (聴衆やその背景にある社会) の 変化に多くを割いています。 というか、こういう近代に成立した自明な文化を異化する アプローチを取るには、社会制度の変化に着目せざるを得ないわけですが。 そして、その変化を、新書という限界はあるとはいえ、 具体的な逸話や象徴的なカリカルチャ (諷刺画) の図版を多用して書いているのが、 読んでいて面白かったです。 しかし、統計データを使うような所はなく、 さすがに、音楽史となるとそれは難しいかな、と思ってしいまいましたが。 あと、『西洋音楽史』の方では戦後「クラッシック」が崩壊している、 というのも違う点です。

この本での分類、「古楽」/「クラッシック」/「現代音楽」において、 さすがに「クラッシック」が「前々世紀 (19世紀) から戦前までの音楽」、 「現代音楽」が「戦後の音楽」くらいの歴史観はさすがに持っていましたが、 「古楽」というと「それ (18世紀) 以前」で一括りノッペラという感もありました。 そういう点でも、第四章「ウィーン古典派と啓蒙のユートピア」までが 最も興味深く読めました。 読んでいて時代的、地域的の観点から視野が立体的に開けていくような 面白さがありました。

ほとんどレコードガイド的な部分は無いのですが、 それでも所々に括弧付きで録音を紹介しているところがあります。 そういうのを読むと、思わず買って聴いてみたくなってしまいます (<そんな余裕あるのか〜)。 参考文献や "further readings"が無い新書や選書が多い中、 巻末に文献ガイドがあるのが良いと思ったのですが、 レコードガイドも付いているともっと良かったのに、と思ってしまいました。 しかし、巻末ではなく文中関連箇所で (◯◯で、××が聴ける) と コメントされているから、聴いてみたくなるというのはあるかもしれません。

あと、この本で興味を惹いたのは、 二◯世紀後半の芸術音楽 ― 現代音楽は、 教会や王侯貴族、十九世紀においては教養市民とった後ろ盾を失うことにより 公式文化ではなくなり、一種のサブカルチャーになっているという指摘です。 そして可能性があるとしたらサブカルチャーに徹することを通してのみかもしれない、 とも言っています (p.222)。 日本の現代美術はサブカルチャーだなぁと感じることも多いので、 前半の主張には頷くのですが。 しかし、後半の主張は微妙かしらん。うーむ。

話はちょっと変わりますが、 一括りでノッベラだったものが立体的に視野が開けるような面白さがあった本といえば、 深見 奈緒子 『世界のイスラーム建築』 (講談社現代新書 1779, ISBN4-06-149779-0, 2005) も。 11月に観た『宮殿とモスクの至宝 ― V&A美術館所蔵イスラム美術展』 (世田谷美術館) が とても面白かったので、その勢いもあって手に取ったわけですが。 この本を読んでから展覧会を観ていたら、 展覧会の展示についてももっと理解が深まっただろうに、と思いました。 この本が扱っている建築物の時代や地域はとても幅広く、 それも、それらがばらばらに点描されているわけではありません。 建築が建てられた時代背景について、建築が立っている地域の観点だけでなく、 同時代のヨーロッパや日本を含む東アジアの状況まで視野に入れて記述しているので、 相互に繋がって立体的に捉えられた気分になれたように思いました。 東京ディズニーシーのアラビアンコーストはアレだけど、 東京ジャーミは一度見学に行きたいなぁ、と思ったり。