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読書メモ (斎藤 美奈子 『モダンガール論』 他)

[2045] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Wed Nov 14 23:59:42 2007

ちょっとしたきっかけがあって、 斎藤 美奈子 をいろいろ再読中。やっぱり面白いなぁ。くくく (ちょっと苦笑)。で、 『モダンガール論』 (2000; 文春文庫 さ36-2, ISBN4-16-765687-4, 2003) を文庫で読み直していたらちょっとした気付きがあったので、読書メモ。

斎藤 美奈子 の本はだいたい読んでますが、『モダンガール論』は中でも最もお薦め。 次いで、『紅一点論』 (1998; ちくま文庫, 2001)、 『妊娠小説』 (1994; ちくま文庫, 1997) でしょうか。 『男性誌探訪』 (朝日新聞社, 2003) や 『物は言いよう』 (平凡社, 2004) のような比較的トピカルな話題を扱った辛口めのエッセーの類も好きですが、 やはり厖大な資料を渉猟して分析した内容の本の方が面白いです。

『モダンガール論』は 人生選択 (特に、「社長」 (職業的な達成) か「社長夫人」 (家庭的な幸福) かの選択) の観点から見た近代女性史の本です。 この本が面白いのは、なんといっても、当時の雑誌記事、雑誌投稿記事の引用が多いこと。 当時の時代の雰囲気、特に積極的に人生を選び取っていこうという女性の心意気が伺われますし、 それに添えられた著者のコメントというかツッコミも 引用された記事との間と適切な距離を持って接していると感じます。 あと、この本が良いと思う点は、人生選択の問題を、 単なるジェンダーの問題としてだけでなく、はっきりと階級の問題としても捉えていること。 そのパースペクティヴが他の近代史の話ともパラレルなものとして読みやすくしているようにも思います。 そういったことは、2001年に初めて読んだときに談話室に書いたように思いますが……。

しかし、著者の言う「欲望史観」の意義については、 最初にその本を読んだときにはあまりピンときませんでした。 が、今、改めて読み直して、 なるほどこの本はインセンティヴから見た近代女性史の本 —— 近代日本において女性にどのようなインセンティヴが働いてきたのか、 そのインセンティヴに基づく選択が女性の社会的地位をどう変えてきたのかを 近代史として描いた本だったのだと気付きました。 「欲望」のいうのはインセンティヴの結果というか。 この本ではインセンティヴという言葉は使われていませんが。 そうと確信したのは、 著者の大学時代の卒業論文の指導教官 (浅井 良夫 成城大学経済学部教授。専門は日本経済史) による文庫版の解説のこのくだりを読んで。

体系的な経済理論など持たない医師にして文人のマンデンヴィルが、 今日まで、ケインズを始めとする幾多の経済学者に愛好されてきたのは、 人間の欲望を素直に受け止めるリアリズム、 道徳臭い言説のいかがわしさを暴く批判精神といった経済学の真髄が、 そこにあるからでしょう。 「進歩史観」、「抑圧史観」を排し、 「この本はあまり正義の味方ではない」とうそぶく斎藤美奈子は、 まさに、マンデヴィルの末裔です。

しかし、文庫版が出たばかりの頃 (2003年頃) に一度再読してるはずなのですが、 その時にはそうとはピンと来なかったのは、まだ自分にそういう思考回路が無かったのでしょう。やはり、 スティーヴン・D・レヴィット, スティーヴン・J・ダブナー 『ヤバい経済学』 (Steven D. Levitt, Stephen J. Dubner, Freakonomics, 2005; 東洋経済新報社, 2006; 東洋経済新報社 増補改訂版, ISBN4-492-31378-8, 2007) のような本を読んだ後ということも大きいように思います。 このようなインセンティヴで社会を読み解く経済学の本がアメリカでは出版ブームのようですが (「経済学本ブームを生んだ『ヤバい経済学』類書ガイド」, 『mascka dot org』, 2007/10/31)、 この手の本では、日本の著者による新書 大竹 文雄 『経済的思考のセンス』 (中公新書, ISBN4-12-101824-9, 2005) もお薦めです。『ヤバい経済学』ほどネタは奇を衒ったものではないですが、 それに気を取られない分だけ「経済的思考」が理解しやすいように思います。

『ヤバい経済学』の中で最も面白く読めた章は アメリカ1990年代の犯罪減少をもたらしたのは1970年代の堕胎合法化だったと論じた 第4章「犯罪者はみんなどこへ消えた?」ですが、 その次に面白かったのは マフィアの組織はフランチャイズに基づく小売業の組織と同じと論じた 第3章「ヤクの売人はどうしてママと住んでいるの?」。 この章はシカゴ・マフィアの財務データが載ったノートをとある経緯で手に入れた Sudhir Venkatesh の研究が元になっています。 そして、同じようなことを「金沢藩士猪山家文書」として遺されていた江戸時代の "武士の家計簿" でやったのが 磯田 道史 『武士の家計簿』 (新潮新書005, ISBN4-10-610005-3, 2003) です。 読んだ順は逆だったので、 『ヤバい経済学』第3章を『武士の家計簿』のシカゴ・マフィア版だと思いましたが。 この本は江戸幕末期の武士の生活の実態を家計簿から明らかにし、 建前的とも言える制度から見た近世日本の武士像、封建社会像の見直しを迫るものです。 特に武家の女性に焦点を当てているわけではないですが、 『モダンガール論』と関連して女性に関する記述について言えば、 結婚、育児、出産、葬儀などに関する記述が多く、 それを通して武家の女性の地位も伺われます。 そういう部分は、「経済的思考」で読み解く近世女性史として読めると思います。 例えば、武家の女性は、生涯にわたって (結婚後も) 実家との絆が強かったこと、 妻の財産は独立的で夫婦であっても借金する形をとっていたこと、 その背景には離婚・死別やそれに伴う再婚が多かったことがあることなど、 「封建的」女性像とかなり異る実態を明らかにしています。 また、こういう部分は、 「封建的」と思われがちな「良妻賢母」が近代の思想であると指摘する 『モダンガール論』とも重なります。

『武士の家計簿』が『モダンガール論』に先立つ近世女性史としても読める本だとして、 『モダンガール論』後の現在の女性の置かれた状況を「経済的思考」に基づいて描いた本といったらやはり 樋口 美雄, 太田 清, 家計経済研究所 (編) 『女性たちの平成不況 —— デフレで働き方・暮らしはどう変わったか』 (日本経済新聞社, ISBN4-532-35091-3, 2004)。 この本については2年ほど前にここで紹介した発言を アーカイブしてありますので、そちらをどうぞ。 そのときにも紹介しましたが、 大竹 文雄 による書評が良いです。 しかし、この本は専門書ということで敷居が高いのが惜しいです。 もっと読まれて然るべき内容と思うだけに、 この内容を噛み砕いて紹介する新書が出ればいいのに、と思います。

こういうテーマの本を特に重点を置いてフォローしているわけでもないので、 見落としている良書もいろいろあると思います。 こういうテーマに興味があるのであればお薦めという本を御存知でしたら、 ぜひ教えてください。

しかし、ここで挙げた本は読んだ時期も手に取ったきっかけもバラバラ。 それがちょっとしたきっかけで自分の中ですぱっと一つの文脈に収まるというのも、 気持ちよいものです。 仕事以外の本を特にテーマを絞らずに月3〜4冊くらいのペースで読んでますが、 そのモーチベーションの一つは、こういう読書の快楽だったりします。