アメリカ (USA) 大統領の民主党 (Democrats) の候補は Barack Obama に決まりましたね ("Obama Wins Nomination; Biden and Bill Clinton Rally Party". The New York Times. 2008-08-28)。 2月の予備選山場の頃の方が面白く読めたのではないかとは思いますが、 アメリカ大統領選挙観戦の副読本としてお薦めのこの本を。 ちょっと、大統領選意識し過ぎの本な気もするけど……。
アメリカ (USA) の格差は、グローバリゼーションや技術革新の結果ではなく、 人種差別を背景とする「保守派ムーブメント」が ニューディールの成果を逆転させることにより作り出したものだ、 ということを、19世紀半ばからのアメリカ政治史を追いつつ述べた本です。 ニューディール以前の「長期の金ぴか時代」、 ニューディール以降の「大圧縮時代」の後、 1980年代以降、再び「金ぴか時代」のような格差社会になってしまったと。 後半は、格差社会に立ち向かうための提言を、 緊急に要する医療保険問題を中心述べています。 「リベラルの良心」を賭して、熱く筆をふるってます。 社会保障と労働組合を重視する主張は まっとうなヨーロッパ的な社会主義 (日本では、社会民主主義、と呼んだ方が良いのかな) という感じですが、アメリカの経済学者である Krugman がこれを主張するというのも、 アメリカの現状に対して相当の危機感があるのかな、と。 社会保障の重視はコラムやブログで知っていたけど、労働組合の重視はちょっと驚き。
この本に対するまともな反論としては、 The Economist 誌の "The new (improved) Gilded Age" (2007-12-19) があります。収入格差は否定しないが、消費格差は拡大しておらず、 物質的な生活の格差という点では過去の「金ぴか時代」とは違う、というものです。
関連するブログのエントリとしてお薦めは 「ソーシャルなクルーグマン」 (『EU労働法政策雑記帳』 2008-05-12)。
しかし、「英語版の原書では米国社会の法律・制度、政治事情、風俗についてさらに詳細な記述があるが、日本語版においては日本人に馴染みの薄い部分は割愛した」 というのはちょっと残念。 というか、訳者あとがきを読んでいて、 翻訳を待たずにさっさと英語版で読んでしまえばよかった、 という気持ちがフツフツと……。
巻末のあとがきで、訳者はこの本を Barack Obama 躍進の理解の助けになる本として論じています。 一応、訳者の私見と断りがあるものの、その主張は Krugman の主張とかなり異なるもの。 The New York Times でのコラムや ブログ The Conscience of a Liberal を読めば、 Obama 陣営に対してかなり批判的な立場を Krugman が取ってきていることは明白です。 黒人に比べ女性の方が解放が進んでおり今必要なのは女性ではなく黒人の大統領だ、 とあとがきで訳者は書いています。 しかし、Krugman はそんなことを全く主張していないどころか、 逆に、選挙戦で見られた性差別を批判してます。 この訳者あとがきを読んで Krugman の主張を誤解する人もいそうに思うので、 自分の知る範囲で補足。 これについては、英語ということで読み落としや誤解もあると思うので、 追加情報や訂正を歓迎します。
今年の1〜3月の大統領予備選挙の山場の時点では、民主党の Edwards を支持。 Edwards が撤退した後は、Obama のよりも Clinton の政策を支持していました ("The Edwards Effect". The New York Times. 2008-02-01)。 特に、医療保険に対するプランについては Clinton と Obama で大きな違いがあり、 Obama のプランには問題があると指摘していました ("Clinton, Obama, Insurance". The New York Times. 2008-02-04)。 さらに、Obama 陣営の選挙運動は危険な程に個人崇拝 (cult of personality) に近づいている、とも批判していました ("Hate Springs Eternal". The New York Times. 2008-02-11)。
ちょうど入院中、病室で見られるNHK総合テレビの海外ニュースやそれ関連の特集というと、 この予備選挙での Obama 人気に関するものばかり。 それを観ながら、Obama 人気って変化という雰囲気だけで不気味な感じだし、 政策的には Clinton のほうがマトモじゃない? とか思っていたのでした。 それで、退院後に Krugman のコラムを読んで、やっぱりそうだよなあ、と。 そんなことを思い出したり。
民主党の候補が Obama、共和党 (Republicans) の候補が McCain と確定的になってからは、 Krugman は McCain のプランをボロクソに批判する一方で、 Obama に対しても経済問題について消極的だと批判しています ("It’s the Economy Stupor". The New York Times. 2008-08-17)。 また、Obama 陣営の個人崇拝的な面への批判も止めていませんし ("I'm a pussycat". The Conscience of a Liberal. 2008-07-04)、 Clinton vs. Obama の勝敗を決めた一因として性差別があったとも指摘しています ("Sexism? Who, us?". The Conscience of a Liberal. 2008-06-13)。
コラムやブログから読み取れる大統領選挙に対する Krugman の立場は、 基本的に経済問題、特に社会保障に対する取組みの善し悪しで支持を決める政策本位のもので、 民主党 vs. 共和党 という観点では民主党支持だけれども、 民主党の大統領候補となった Obama に対してはかなり批判的、というか、 カルト的な選挙運動と性差別の追い風を受けて 政策面に劣る Obama が候補になってしまったことを不快に思っている、 というところです。
ところで、Krugman の The New York Times のコラムを 僕はかれこれ5年以上読み続けています。僕のお気に入りのコラムの一つです。 2003年のイラク戦争開戦前後にはコラムが掲載されたその日のうちに 翻訳紹介、 なんてことをしたこともありましたね (遠い目)。 ブログ The Conscience of a Liberal と併せて、お薦めします。 平易な英語で書かれていてとても読み易いので、英語だからと敬遠せずに、是非。
大統領選挙とは関係ない話題ですが、最近の Krugman のコラムで最もウケたのは。 "Bits, Bands and Books" (The New York Times. 2008-06-06)。 rock グループ Grateful Dead のやりかたを例に、 音楽、書籍や映画といったビジネスは 「サービスやリレーションシップを売るために、知的財産を無料で配布する」 ことになるだろうという話をしているのですが。〆の言葉の "But in the long run, we are all the Grateful Dead." におおうけ。元ネタはもちろん、 J. M. Keynes の "in the long run, we are all dead" (⇒ en.wikiquote.org)。
日本でも、ここ最近、 民主党代表選挙とか、 福田首相辞任とか、 いろいろあるわけですが、 そういう所で提案される経済問題に関わる政策について Krugman のような立ち位置で厳しく比較評価する経済学者が日本もいたらなあ、 とつくづく思います。 って、そもそも、そんな厳しく比較評価できるものがあるのか、 日本の政治はそんなレベルで動いているのか、という (以下略)。
アメリカ大統領選挙関連本という感じだったので、読書メモは軽く済まそうと思ってたのに。 訳者あとがきがあまりにアレだったので、つい力が入って長文に……。 これを書いていたので、今週末はCDレビューに手を付けられませんでした。 ここの読者層からしたら、 Krugman の本やアメリカ大統領選挙の話よりCDレビューを優先すべきとは 思ったのですが……。つい、勢いで……。