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2008年の読書メモ

2008年の談話室へ書いた読書メモのうち、 主に自然・科学の本に関するものの抜粋です。 古い発言ほど上になっています。 リンク先のURLの維持更新は行っていませんので、 リンク先が失われている場合もありますが、ご了承ください。 コメントは談話室へお願いします。

[2156] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Sat May 3 1:05:18 2008

『NHKスペシャル』で 進化医学のシリーズ『病の起源』 (全6集) が4月に始まりましたね。 HDD録画しておいた放送済みの2回分 (第1集 「睡眠時無呼吸症 — 石器が生んだ病」 (2008/4/13) と 第2集 「骨と皮膚の病 — それは“出アフリカ”に始まった」 (2008/4/20)) を見ていて、ちょっと引っかかる所があったので、この本を再読。

ランドルフ・M・ネシー & ジョージ・C・ウィリアムズ 『病気はなぜ、あるのか — 進化医学による新しい理解』
(新曜社, ISBN4-7885-0759-5, 2001; Randolph M. Nesse & George C. Williams, Why We Get Sick: The New Science Of Darwinian Medicine, 1994)

進化医学 (evolutionary medicine; ダーウィン医学 (Darwinian medicine) とも) の代表的な入門書。 個々の病気の進化的説明は例として軽く述べる程度で、 むしろ、進化的に病気を説明するその考え方の方に焦点を当てた本です。 病気の要因には、物理的化学的因果関係による至近要因だけではなく、 病気にかかりやすくしている設計的特徴をもたらした進化的要因があり、 この2つが合わさって初めて病気を完全に理解できる、というのが、著者の主張です。 進化的要因として次の6つカテゴリを挙げています: 1.防御、2.感染、3.新しい環境、4.遺伝子、5.設計上の妥協、6.進化の遺産。 そして、おおむねこのカテゴリに沿って進化的要因による説明の例を豊冨に挙げています。 一方で、まだ黎明期の学問であり、 挙げている個々の例の説明は権威のある説明として取らないで欲しい、とも。 また、進化医学は、現在の医療に代わるものを提唱するものでもなければ、 社会ダーヴィニズムとも関係無い、とも注意を喚起しています。

一方で、『NHKスペシャル』のシリーズ『病の起源』は、 個々の病気に対する進化的説明を意図とした構成になっています。 それはそれで興味深くはありますが、 進化医学 (という言葉すら使われてない) の考え方は伝わらず、 個々の病気の進化的説明が単なるトリビアとして消費されそうな……。 しかし、進化的要因の6つのカテゴリでは絵にならないような気がするし、 映像で構成するテレビ番組ではこう作るしか無いのかも。 考え方のようなものを伝えるはテレビよりも本が向いてるのかも、と思ったり。 しかし、残り4集の予告はまだ無いのですが、何を取り上げる予定なのかしらん。 性・繁殖関連を外して、感染症で1集、癌で1集、老化で1集、精神障害 (うつ病) で1集、 とかそんな感じではないかと予想。

それにしても、『病の起源』での芸能人によるナビゲーションはいらね〜。 HDD録画しているので、そこを早送りで飛ばして見ましたよ。 あのような演出とか冗長なオープニングとか飛ばして 30分番組にした方が引き締まった番組になった気も。

合わせて、この本についても簡単に読書メモ。

(イースト・プレス, ISBN978-4-87257-828-7, 2007; Nicholas Wade, Before The Dawn: Recovering The Lost History Of Our Ancestors, 2006)
via 篠田 謙一 「ブックレビュー特集: "常識"を覆す研究に着目」 『日経サイエンス』 2008年5月号

主に、ミトコンドリアDNAとY染色体を用いた分子系統学の成果を軸に、 考古学や人類学、言語学の成果も併せて、 「出アフリカ」した頃 (約5万年前) から現在までの人類と拡散と進化の歩みを 物語った科学ジャーナリストによる本です。 ミトコンドリアDNAによる系統など以前に別の本で読んで それなりに知ったエピソードもありましたが、物語の組み立てが良いのか、 よりすっきり移動の道筋が追えたような気がしました。 シラミのDNAの系統分析から人間が衣服を着るようになった年代を推定するという話を 掴みに持ってきているのも良いです。 単に系統を追うだけでなく、 「残酷と利他」のような人間性の起源についての言及も多く、 進化医学とのの関係を含め、興味深く読めました。 ただ、図版があまり説明にならないようなイラストばかりで、 参考・引用文献が翻訳で省略されてしまっている (ウェブで参照できるだけましか……) のは、いかがなものかと。

[2171] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Thu May 22 23:45:21 2008

読書メモ。

(NHK出版, ISBN978-4-14-081250-1, 2007)
Charles C. Mann. 1491: New Revelations Of The Americas Before Columbus. 2005.
via 篠田 謙一 「ブックレビュー特集: "常識"を覆す研究に着目」 『日経サイエンス』 2008年5月号

コロンブス発見以前のアメリカ大陸の歴史について、 近年 (といってもここ数十年) の考古学、人類学の研究成果を紹介した 科学ジャーナリストによる本です。 (インカ、マヤ、アステカを除く) 「アメリカ大陸の先住民は太古の昔から進歩もなく同じ生活を続けてきたのだという仮説」 (「ホームバーグの誤り」) を正そうという意図のもと、3部構成で編まれいます。 単に研究成果を紹介するだけではなく、 政治的意図 (特に先住民問題や開発問題) と研究成果の間に生じる摩擦にも触れてます。

第1部は、ヨーロッパ人がアメリカ大陸に到達した直前、 1491年のアメリカ大陸の人口は九千万〜一億千二百万、ヨーロッパ全土よりも多いと推定され、 そして、17世紀半ばまでに95%が伝染病で死亡したという説 (by Henry F. Dobyns) を軸とした話です。 人口規模に見合った複雑な社会が伝染病で崩壊し、容易に征服されてしまう樣を、 マサチューセット部族連合 (北米東海岸)、インカ (南米西海岸)、アステカ (中米) での逸話などを挙げながら描いています。この説は、 ジャレド・ダイヤモンド 『銃・病原菌・鉄 —— 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』 (草思社, 2000; Jared Diamond, Guns, Germs, and Steel: the Fates of Human Societies, 1997) で扱われる主要な説でもありますが、より具体的なエピソードや学会での論争が楽しめます。 死亡率が95%にも上ったのは、それまでその病原菌に接しておらず免疫が無かっただけでなく、 遺伝的多様性が低かったからという説も紹介されています。

第2部は、新石器革命から文明の発生までの話。 まずは、人類のアメリカ大陸への移住は、一万五千年前の無氷回廊経由より古く、 数万年前から何波も渡って来ているという話です。 この件については、去年、 『アメリカ人はどこから来たのか』 (『地球ドラマチック』 NHK教育 2007/9/19; Planet Science - Who Discovered America, Granada / National Geographic, 2007) でもやってましたね。 続いて、様々な文明の話。 シュメールと同時期に南米で都市文明が生まれており (ノルテ・チコ文明)、 それも、農業でも軍事でもなく交易によってそれが生まれたとか。 この話も、『ペルー・謎のピラミッド』 (『古代遺跡ロマン』 NHK教育 2004/12/5; BBC制作) というテレビ番組がありましたね。 他にも、トウモロコシは中米で高度な育種によって作られた作物であるとか (オルメカ文明)。 しかし、第2部は、話題が広過ぎて掘り下げが浅いという印象。

ところで、主に科学・自然・技術・文化分野の海外ドキュメンタリー番組を紹介する NHK教育の『地球ドラマチック』って、 渋めのネタを取り上げることが多くて、実は好き。 それにしても、国際・社会分野の NHK BS1 『BS世界のドキュメンタリー』 に比べて冷遇されてる気がするんですけど。 やっぱり、科学・自然・技術・文化分野のドキュメンタリー番組って人気無いんですかね……。

第3部は、「大自然」が残っているとされた北米中部大平原や中米やアマゾンの密林は、 実は先住民が長年に渡って手を加えてきたものであり、 ヨーロッパ人が目にしたのは自然に返った後のものだったという話です。 伝染病による人口激減と奴隷狩りにより農耕は放棄され、 先住民は「難民」となって狩猟採集によって食い繋いでいた、とか、 むしろ焼き畑耕作はヨーロッパ人が持ち込んだ鉄器によって可能になった、とか。 レヴィ=ストロースもびっくり、というか。 アマゾン川河口マラジョー島を中心に人口十万を越える国があったとか (マラジョアラ文化)、 ミシシッピ川沿いのカホキアに同時代のロンドンより大きい都市があったとか (ミシシッピ文化)。 第3部ほはとんど知らなかったことが多く、興味深く読めました。 ミシシッピ文化については ja.wikipedia.org に記事がありますね。 マラジョアラ文化については wikipedia にほとんど書かれていませんが、 Marajoara.com というサイトが詳しいです。

個々のエピソードは面白いのですが、 例えば『銃・病原菌・鉄』のような本にあったような ストーリーとしての歴史があまり感じられなれなかったのが、残念。 一冊の本にまとめる必要は無かったのではないか、という印象も。 600頁余りもあると持ち歩くのも大変ですし。

しかし、『1491』を読むと、従来のインカ、マヤ、アステカ文明ばかりに焦点を当てた 去年の『NHKスペシャル』のシリーズ 『失われた文明 インカ・マヤ』 すら、古ぼけた先コロンブス・アメリカ観に思えてしまいます……。 インカ、マヤ、アステカ以外の先コロンブス・アメリカの文明・文化に光を当てるシリーズを作って欲しかった、というか。

と、書き出したら、つい長くなってしまいました……。3冊分くらいの内容の本とはいえ……。 おもいっきり読者がヒいてるような気がするし、 やっぱり、自然・科学・技術関連の本は取り上げるのをやめようかなあ……。

[2219] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Tue Jul 22 23:44:24 2008

久ぶりに、読書メモ。 「先住民サミット」アイヌモシリ2008 から半月以上経ってしまい、世間的な話題という意味では、 タイミングを少々外してしまった感もありますが……。

先日読書メモで取り上げた チャールズ C. マン 『1491 —— 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』 (NHK出版, ISBN978-4-14-081250-1, 2007) は、 「アメリカ大陸の先住民は太古の昔から進歩もなく同じ生活を続けてきたのだという仮説」を 「ホームバーグの誤り」と呼んでいました。 これを読んだときに、日本におけるアイヌ観にも「ホームバークの誤り」が多く見られるんじゃないかなあ、と思っていました。 「先住民サミット」でも「環境」をテーマの一つに挙げているけど、 先住民文化を環境コンシャスと結び付けるのはかなり危うい話じゃないか、と。 そういう問題意識を持ちつつ手に取ったのが、この本。

(講談社選書メチエ401, ISBN978-4-7571-4176-6, 2008-03-18)

主に考古学的な知見に基づき、縄文時代から近世に至る、 北海道における縄文人〜擦文人〜アイヌ人の歴史を描いた本です。 「アイヌの人々は縄文時代から自然の中で同じ生活を続けてきた」のような観方 (「アイヌ+縄文+自然」のようなキーワードで検索してみれば、 そういう例は容易に見付けられます) を排し、 北方の交易ネットワークに組み込まれ、 その状況に応じて社会・文化を変化させてきた歴史を描いています。 交易品として自身が消費する規模を超えた大規模なサケ漁を行ったり、 交易する宝物を求めて周囲に侵略したり。 また、交易のもたらす富により貧富・身分差の生じていた社会であったことも描きます。 この本ではそれを「格差社会」と呼ぶんですが、 今流行りのキーワードを嵌め込んだだけのようで、 この文脈でこの言葉を使うのは不適切ではないかと。

ちなみに、『アイヌの歴史』を読む前、『1491』を読んで、 日本におけるアイヌ観にも「ホームバークの誤り」が多分にあるのではないかと 全く無根拠に連想したわけではありません。 数年前に読んだこの本のことが頭にあったのでした。

佐々木 史郎 『北方から来た交易民 —— 絹と毛皮とサンタン人』
(NHKブックス 772, 日本放送出版協会, ISBN4-14-001772-4, 1996-06-25)

この本は、日本の近世、中国の清朝の時代に、 アムール (Амур / Amur) 川下流域に住んでいた サンタン (山丹) 人 (現在のウリチ (Ульчи / Ulchs) 族の祖にあたる ツングース (Тунгус / Tungus) 系の民族) を描いた本です。 原始的な狩猟漁撈民としてロシア (Россия / Russia) の民族誌に描かれてきた アムールやサハリン (Сахалин / Sakhalin) の民族は、古来、交易民として栄えていたが、 ロシアがこの地域に進出してきた十九世紀後半は交易の消滅期であり、 狩猟漁撈でしか生活できなくなっていた、と、 この本は清朝の文献資料等に基づき記述しています。 そして、その交易にもちろんアイヌの人々も関わっていたわけです。 『アイヌの歴史』とは食い違う所もありますが、 古代から変わらない民族という見方を排しようとしていること、 交易というのが鍵になっていること、など、 共通する部分も多くあり、とても興味深いです。併せて読むと良いかもしれません。

[2237] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Thu Aug 21 23:56:32 2008

読書メモ。ここ1年くらいの間に、 分子系統学のポピュラーサイエンス本が立て続けに出たので、 つい読んでしまいます……。

スティーヴン・オッペンハイマー 『人類の足跡10万年全史』
Stephen Oppenheimer. Out Of Eden: The Peopling Of The World. 2003.
仲村 明子 訳. 草思社. ISBN978-4-7942-1625-0. 2007-09-07.

前に読書メモを書いた ニコラス・ウェイド 『5万年前 —— このとき人類の壮大な旅が始まった』 と同じく、主にミトコンドリアDNAとY染色体を用いた分子系統学の成果に基づいて 人類の歴史を描いた本ですが、 こちらは、系統を細かく追いつつ考古学の成果とすり合わせる 「系統地理学的アプローチ」で、先史時代の人類の移動をたどっています。 著者もY染色体を用いた分子系統学の研究者であることもあり、 その記述も細かく興味深く読めましたが、 文章はあまりこなれていなくて読み辛かった……。 『5万年前』を先に読んでおいてよかった、というか。

こちらは、分子系統学の成果を日本人に絞って描いた本です。 Y染色体の系統のみを使っているので、ミトコンドリアDNAに基づく 篠田 謙一 『日本人になった祖先たち —— DNAから解明するその多元的構造』 (NHKブックス No.1078, NHK出版, ISBN978-4-14-091078-8, 2008-02-28) と併せ読むといいかもしれません。 考古学や歴史学、言語学の成果もよく採り入れ、 ハプロタイプの系統を言語や文化・文明を担ったヒト集団と積極的に結び付けて ヒト集団の流れを描いている所がとても興味深かったです。 しかし、最後の方、特に第5章「多様性喪失の圧力に対して」になると、 それは遺伝子の多様性とは関係無い話だろう、と……。 この章があるのは、ちょっと残念。