- 「おんなひとりの鉄道旅」☆
矢野直美著(小学館)[2005/12/22]
著者が1人で全国各地の鉄道を旅する模様を綴ったフォトエッセイ.
世の中に鉄道旅行を綴ったエッセイは宮脇俊三氏の一連の著作をはじめ多数出ているが,そもそも鉄道ファンに圧倒的に男性が多いこともあって,女性による鉄道旅行記は珍しい.
女性の単独行ならではの苦労話などが書かれているのも本書ならでは.
様々な“自分撮り”のテクニック(本書の中でも紹介されている)による著者の姿も多数掲載されていて(入浴姿もあり :-) ),著者に親しみを感じつつ読むことができる.
訪問先は,JR肥薩線,JR岩泉線,銚子電鉄,高千穂鉄道,など,地方のローカル線や中小私鉄を中心に全国40路線.いずれも見所いっぱいで,マニアならずとも,ふっと鉄道旅行に出かけたくなることだろう.
「鉄子の旅」のマンガ家・菊池直恵さんによるイラストが散りばめられているのも楽しい.
- 「カツラーの秘密」☆☆
小林信也著(新潮文庫)[2005/11/21]
著者自身によるカツラの体験にまつわるエッセイ.
“当事者にとっては深刻”(p.259) な問題を,コミカルに全て(業界の問題点も含めて)暴露している.カツラにしようかどうか迷っている人はもちろんのこと,カツラのことなんて何もしらないという人にとっても興味深く読めることは保証できる.
著者は,業界最大手のAD社のカツラを12年間使い,その間に散々な苦労や不愉快な思いをした.この苦労話が,カツラとは無縁だった私には新鮮な驚きであった.
その後,著者はSV社(明記は無いがSVENSON社であろう)のカツラ(ニューヘア)に出会い,その出来映えの良さに感激する.
SV社のものは使い心地の良さが圧倒的に良く,しかも見た目にも自然なのである.“他人から見てカツラとわからない指数”(p.192) は,AD社を4とすれは,SV社は8か9くらいの圧倒的高ポイントだという.
しかし,世の中(日本国内)の知名度は圧倒的にAD社(およびAN社)が上であり,それゆえ売り上げも同様である.“世の中で最も広く認知され一流と信じられているメーカーと,現実の一流メーカーが違う”(p.194) のである.
商品の善し悪しとは無関係に,大量の広告費を使って多量の宣伝を行なったものが売れる,という状況がそこにあった.これは,著者も書いているように,ほかの商品でも良くあることであり,最近の市場経済の由々しき問題だと思う.さらにこの問題は一般の商品にとどまらず,音楽や本といった文化的産物についても言えるであろう.
今後インターネットやネット掲示板などの普及で「口コミ」情報が広まるようになれば,こうしたいびつな広告第一主義も崩れ去り,多くのカツラーの悲劇も防げるようになるのではないだろうか?
→ 小林信也の書斎(著者自身のページ;「カツラーの部屋」もあり)
- 「巨大地震 −首都直下地震の被害・防災シミュレーション」☆
坂 篤郎・地震減災プロジェクトチーム監修(角川oneテーマ21)[2005/11/12]
近い将来日本で起こるであろう巨大地震に関し,政府・中央防災会議の算定した被害予測などを紹介し,必要な対策などを論じたもの.
日本の巨大地震と言えば東海・東南海・南海地震をまず思い浮かべるが,本書では主に首都直下地震についてページを割いている.主監修者が前・内閣府審議官ということで,中央の視点から書かれているのが本書の特徴であろう.
地震の発生を防ぐことは不可能であるので,いざ地震が起こった時にいかに被害を小さくできるか,について様々な提案がされている.
事前の減災対策に十分な費用を投じれば,人命などを救えるだけでなく,災害発生後の復旧費用も減らせて結果的に出費を小さくできる,という主張には納得できる.ぜひ政府・自治体にはそうした対策を進めていただきたい.
減災対策として,耐震建築は最も効果的で分かりやすいが,ほかにも企業の事業継続計画,ボランティア体制の確立,などにも大きなページを割いている.
ほかにおもしろいと思ったのは,帰宅困難者になったら帰宅しないでその場に留まり災害ボランティアに参加せよ,とのアイディアである.
一見良い案のように思えるが,自宅や家族を放置したままボランティアに参加できる人がどれだけいるか,難しいところもありそうだ.
なお,本書では抜け落ちているが,地震観測の充実によってナウキャストといった減災システム(地震発生を瞬時にキャッチして大きな揺れが来る前に通報)の開発を進めることも重要であり,そうした点も紹介していただけると良かっただろう.ついでながら,第1章の地震に関する地球科学的説明には変なところが散見されるので,地震の科学的解説に関しては他の本(地震の専門家が書いたもの)を読んだ用が良いだろう.
→ 地震の解説などはこちらの本が参考になります:
「日本の地震地図」
「大地の躍動を見る〜新しい地震・火山像」
- 「間違いだらけのアトピー治療」☆☆
竹原和彦著(新潮新書)[2005/11/9]
アトピー性皮膚炎は難病ではなく,きちんと治療すれば確実に直る.
しかし世の中には,なぜだかアトピーを難病と思い込んで,怪しげな民間療法に手を出し,どんどん症状を悪化させるだけでなく,法外な金銭をつぎ込まされている人が後を絶たない.
著者はそうした現状を憂い,本書を刊行した.
著者はかつて「アトピービジネス」という書において,アトピー患者を食い物にする悪徳業者(とそれを煽って間接的に患者を食い物にするマスコミ)を告発した.アトピービジネスという悪しき存在は世間に認知されたが,それでも食い物にされる患者が後を絶たないのは何故だろうか.
著者は,適切な種類(強さ)のステロイド剤を適切な量と期間だけ使用すれば確実に治癒する,ということを強調している.世間ではアトピービジネスの宣伝に踊らされて過度にステロイドを怖がり忌避している傾向があるが,どんな薬でも誤った使い方をすれば効果は上がらないし害もあるのは当たり前である(例えば睡眠薬を飲み過ぎれば死ぬ).薬は正しく使わなければならない.ステロイド剤も同じであり,正しく使えばきわめて有効であるし,怖がる必要も無い.
本書でもう1つ強調していることとして,アトピー性皮膚炎は純粋なアレルギー疾患ではない,ということがある.この「純粋な」というところがややこしい.つまり,アトピー性皮膚炎「イコール」アレルギーなのではなく,アレルギーはアトピー性皮膚炎の「悪化因子」である,ということを著者は言いたいのである.このあたり,本書でも一番分かりにくい箇所かもしれない.
アトピーの原因の大半にアトピー素因(≒アレルギー体質)があることは事実だし,皮膚のバリア機能が低下した状態でアレルギー反応が起こることで炎症を起こすことも確かである.アトピーとアレルギーが無関係であるはずがないし,アレルギー反応を抑える治療はアトピーの有効な治療法である.
ここでは,アレルギー対策「だけ」ではダメだと言っているに過ぎない.外用薬と抗アレルギー対策の併用は治療として望ましいものであるということは分かりやすく記しておくべきではないだろうか.
→ 日本皮膚科学会 アトピー性皮膚炎治療問題委員会
(アトピー性皮膚炎治療ガイドライン,アトピービジネス被害110番,ほか関連情報多数)
- 「Jポップとは何か −巨大化する音楽産業」☆☆
烏賀陽弘道著(岩波新書)[2005/11/1]
日本の音楽界は,洋楽のようなテイストを持つ日本のポピュラー音楽をいつからか「Jポップ」と呼び,それまでの「歌謡曲」との差別化をはかるようになった.その流れとからくりを様々な視点から分析したのが本書.
その実態は,日本のポピュラー音楽が世界に肩を並べるようになったというファンタジー
(本文p.11)に過ぎず,楽曲の質ではなく流行っていると思わせる
ことで流行らせるという広告代理店の戦略と密接に関わった現象だった,と著者は喝破する.Jポップという言葉が生まれたのが1980年代末,その後一世を風靡するのが1990年代であるが,その背景にはCDの誕生をはじめとする音楽のデジタル化と低価格化,マスメディア(特にテレビ)と結びついたタイアップ戦略,自己表現ブームとリンクしたカラオケの一般化,などが絡んでいたことを著者は指摘する.
1990年代はメガヒットが連発した時代であるが,私などはこれを気持ち悪く感じていた.世の中に,流行りの音楽だから聞いている,という人ばかりが溢れていたように思えたからである.いわば,大衆に判断能力が無くなり,マスメディアに流されるようになったということだ.本書では触れていないが,同じ現象が書籍の世界にも言えると思う.いいものを作れば評価される,とは限らなくなったのがJポップの時代なのかもしれない.
- 「進化しすぎた脳 −中高生と語る[大脳生理学]の最前線」☆☆☆
池谷裕二著(朝日出版社)[2005/10/17]
脳科学の最先端を紹介する非常に優れた書.著者が高校生(一部中学生)を相手に行なった講義内容を本としてまとめたもの.対象が高校生ということで,適度に高度な内容が分かりやすく語られている.
語られるテーマは多岐に渡る.
心と脳の問題,ネズミをリモートコントロールしてしまう実験,脳における役割の局在化と,脳の地図は身体が決めているという事実,脳が環境に適応する以上に進化しすぎてしまったこと,意識と無意識,汎化,悲しいから涙が出るんじゃない,神経細胞の仕組みと学習能力,ニューラルネットワークと100ステップ問題,アルツハイマー病の原因と治療法,etc...
いずれも最先端の脳科学に因んだ話題である.先週Natureに出た論文,なんてのが講義で紹介されたりしている.
とにかくおもしろい,分かりやすい.読んでいてこれほど知的興奮を覚えた本は久しぶりである.
関連:
「記憶力を強くする−最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方」
「脳とコンピュータはどう違うか〜究極のコンピュータは意識をもつか」
「タンパク質の反乱〜病気の陰にタンパク質の異常あり!」
- 「住宅購入学入門 いま,何を買わないか」☆☆☆
長嶋修著(講談社+α新書)[2005/7/1]
不動産業者の口車に乗らずに冷静に住宅の購入について考えるための書.住宅購入を考えている人は必読の一書.
タイトルの「何を買わないか」というのがまずユニーク.普通は「何を買うべきか」などとするはずだが,それでははじめから買うことが前提となって議論が始まってしまう.本書の特徴は,「いま,買わない」ことも有力な選択肢として勧めている点であろう.帯にある“「低金利」のいまが買いどきなんて大ウソ!」”というフレーズもそれを物語っている.
著者は,個人向けの不動産コンサルティングを行なう消費者エージェント企業「さくら事務所」を設立し,購入者の立場に立って不動産の評価や購入のコンサルティングを行なっている.そうして膨大な物件を見て来た経験に基づき,不動産業界の様々な問題点を指摘するとともに,住宅購入者と不動産との「幸福な関係」を築くためにどうすればよいかを論じている.
以下,本書の内容を表すいくつかのキーフレーズを目次から抜き出しておく:“賃貸と持ち家,本当に得なのは?”“高齢者は家を借りられないのか”“人と不動産の関係は問題だらけ”“「低金利は買いどき」のウソ”“マンションの寿命を左右する要因”“「耐久消費財」化する日本の住宅”“だれも幸せにしない新築偏重思想”“建物調査(インスペクション)を拒む物件はあやしい”“こんな不具合が隠されている!”“欠陥住宅は社会の損失”……
住宅購入者は,どんな住宅に住みたいかのヴィジョンをしっかり持ち,今後の社会構造の変化や自分の所得について熟考し,建物や不動産業者についての鑑識眼を養う,といったことが必要ということになろう.しかし現実には大半の購入者はそこまでできないため,欠陥住宅を掴まされたり,ローン破綻に陥ったり,そこまでいかなくても様々な要因で住宅購入について後悔することになる.
本来,不動産業界が良心的であれば,購入者の90%が後悔する (p.19) などという事態にはならないはずである.しかし現実には,長嶋氏の2005.11.22の日記にもあるように「“売れるマンション”と“よいマンション”が、必ずしもイコールではない」のだ(マンションに限らず,今の世の中そんな物ばっかり……).見かけだけ立派だが肝心な所で質を落として作った物件を派手に宣伝することで売ってしまう業界と,無知ゆえに買わされてしまう購入者,という不幸な関係.
「さくら事務所」のような消費者エージェントが,不動産業界の悪癖を打破する突破口になることを期待してやまない.
→ さくら事務所(個人向け不動産コンサルティング;業界の裏話などがたくさん読める;2005年秋に問題になった「構造計算書の偽造事件」に関するコメントなどもあり)
- 「定刻発車 −日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?−」☆☆☆
三戸祐子著(新潮文庫)[2005/6/27]
副題にもあるように,日本の鉄道は世界で最も正確に,それも半端でないレベルの正確さで運行されている.
日本では列車が1分と違わずにやってくることが当たり前に思われているが(分単位どころか秒単位で運行されているのだ),世界的に見るとそんな国は他に存在しない.
著者は,日本の鉄道はなぜこうまで正確なのか,という謎を追い求めていく.そして実に様々な興味深い事実が紹介される.
列車を正確に運行するために,運転手の技量が優秀であるということはもちろん必要であるが,それを支える日本の鉄道システムが全体として非常にうまく出来ていることに気づかされる.
特に,列車ダイヤに凝らされた様々な工夫を知ると,それは感動的でさえある.
もっともそれは,日本の鉄道設備(ホームの数など)に余裕が無いために工夫を凝らさずを得ない,という悲しい状況によるものなのだが.
本書を読んで,日本の鉄道システムが世界に誇れるものであることが分かって嬉しい反面,今後のことを考えると,定時運行は崩れていくのではないかと不安も覚える(著者は,将来は定時運行よりもむしろ柔軟な運行にシフトしていく可能性を示している).
システムをできるだけ安定・安全な物にしたければ,ある程度の冗長性(予備の待避線を作る,予備の人員を待機させるなど)を持たせなければならない.
しかし,最近はコスト削減圧力が強く,冗長性などと言っていられなくなっている.
リストラによって人員も削減され,現場のメンテナンスに人の目が行き届きにくくなったうえ,各個人の負担・ストレスが増して労働環境は悪化している.コストと引き換えに安定・安全が犠牲になっていく.
本書刊行 (2005/5/1) の1週間前に福知山線で起こった戦後4番目の鉄道事故(死者107名)が,列車の遅れを無理に回復しようとしたことが引き金であることは,「定刻発車」の意味を深く考えさせることになったのではないだろうか.
[2006/7/27追記]
列車ダイヤをトリックに利用した鉄道ミステリが日本で発達したのは,日本の鉄道が極めて時間に正確なためである,ということを野村正樹氏が「入門 おとなの鉄道旅ドリル」(ダイヤモンド社)の中で書いていて,なるほどと思った.確かに,ダイヤが日常的に乱れているような国では,時刻表を駆使した高度なプロットも意味が無くなってしまう.
- 「地震と活断層 −過去から学び,将来を予測する−」
産総研 地質調査総合センター 編(丸善)[2005/4/19]
日本は地震国でありしばしば大きな地震災害に見舞われるため,地震を予測するための様々な研究が行なわれている.本書は,産総研・地質調査総合センター(旧・地質調査所)で行なわれている地震関連の研究を紹介したものである.地震の研究といえば地震計による観測が主流のように思われるが,本書で紹介される研究は以下に述べるように驚くほどバラエティに富んでいる.
例えば,地質調査によって地層中に見られる過去の地震の痕跡を調べる研究がある.地層中には,過去の地震で引き起こされた噴砂(液状化)や津波の堆積物が見られることがあり,それを調べることで過去の巨大地震の繰り返し周期や津波が押し寄せた範囲などが分かる.また,断層の地質学・岩石学的調査からは,過去の断層運動(すなわち地震)による岩石の変形・破砕の様子などが分かり,これと高圧下岩石変形実験とを組み合わせることなどによって,地震の発生メカニズムに迫ることができる.
ほかにも,数値シミュレーションによって,地震の連動(誘発)の様子や,断層の破壊過程,地震動の予測,津波の予測,などが行なわれていること,地下の活断層や地質構造を調べるための地震探査,地下水や温泉の水位変動を用いた地震予測の試みなどが紹介されている.
このように多くの手法を持った研究者が互いに連携しながら組織的に研究に取り組んでいることは,産総研・地質調査総合センターの大きな特長であると言える.
(同じ職場の仲間が執筆しているので,評価の“星マーク”は表示しない.)
- 「アスガルドの秘密 −北欧神話冒険紀行」☆☆
ヴァルター・ハンゼン著/小林俊明・金井英一訳(東海大学出版会)[2005/4/11]
北欧神話は,キリスト教以前のヨーロッパ文化(古代ゲルマン的伝統文化)がアイスランドに渡って,それが今日まで伝わったものである.ヨーロッパ本土では,古い文化がキリスト教文化に塗りつぶされてしまったが,最果ての地アイスランドにはそれが形を変えつつ残ったということである.とはいえ,北欧神話はヨーロッパ文化のところどころに顔を出す.ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」はその代表例ということになる.
日本では北欧神話の内容はあまり知られていないが,北欧神話に起源を持つ様々な言葉はコミックなどにしばしば現れる(例えば,ヴェルダンディ,ウルド,スクルドなど :-) ).ちなみに私が初めて北欧神話に触れるきっかけとなったのは,20年ほど前の小山田いくの一連のコミックだった.
そんな北欧神話の舞台であるアイスランドは,世界有数の火山地帯でもある.そして本書であるが,アイスランドに残る北欧神話の数々の神秘的な記述が,実は火山現象と密接に結びついていた,という仮説から出発している.この仮説を検証するため,著者は現地を冒険旅行し,そして実際に目にしてそれを確信するのである.
火山のダイナミックな噴火や火口周辺に見られる地獄(噴気地帯),そして特徴的な火山体は,まさに神話のふるさとであった.日本神話でも,火山現象が元となったと考えられるエピソードがいくつもある.ただ,アイスランドは火山と氷河が結びついた特異な地形・現象があり,それが北欧神話をいっそう神秘的なものにしたのだろう.本書に掲載されている多数の幻想的な写真を見るにつけそう思わされた.
- 「赤ちゃんと脳科学」☆☆
小西行郎著(集英社新書)[2005/3/3]
赤ちゃんを「幸せ」に育てるためにはどうすればよいか,発達行動学および脳科学の視点から論じた書.
最近の行き過ぎた「早期教育」に警鐘を鳴らし,乳幼児にビデオ教材やテレビなどを見続けさせることの害悪なども紹介している.
著者は赤ちゃん及び胎児の「自発的運動」の例を様々に挙げ,赤ちゃんは外部からの刺激に反応するだけではないことを示す.そしてこの“自ら外に向けて働きかける力”(p.111) が子どもの発達の基本的な特徴の1つであると結論づけている.また,乳幼児期における脳の発達に関する最近の研究結果(シナプスの過形成と刈り込み)に基づき,この時期の過度な刺激(早期教育やその教材)はむしろ健全な発達に害悪である可能性も示している.
赤ちゃんは自ら成長する力を本来持っており,親はあれこれ教え込もうとせずに赤ちゃんが自ら学ぶ環境を整えてあげればよい,つまり愛情を持って「普通の育児」をしていればよい,という本書の結論は,多くの親にむしろ安心感を与えるものであろう.
→ 類書:「早期教育と脳」
- 「怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」☆
黒川伊保子著(新潮新書)[2005/2/6]
コミカルなタイトルであるが,音のクオリアを論じた書である.
クオリアとは,脳科学・認識科学に出てくる用語で,脳が何かを認識した時に受ける印象の質を指す.例えば赤い色を見た時にどう思うか,甘い物を食べた時にどう感じるか,といったものだ.同様に,言葉を耳で聞いた時にどう感じるか,ということを突き詰めていったのが本書である.著者は,この音のクオリアのことをサブリミナル・インプレッション(言葉の音から潜在脳に浮かぶイメージ)とも呼んでいる.
例えば,濁音(B,G,D,Z; ガギグゲゴなど)は膨張+放出+振動の発音構造を持ち,男性生理を刺激し興奮させるのだという(それがタイトルの理由).同様に,各子音・母音について発音構造とクオリアの関係を調べていき,それを商品名・ブランド名に適用してみている.
試み自体は大変興味深く,大筋では納得もできるのだが,理屈付けのところがややこじつけっぽかったり荒かったり思えた.とはいえ,この分野はちゃんと研究する価値があると感じた.
- 「オニババ化する女たち −女性の身体性を取り戻す」☆
三砂ちづる著(光文社新書)[2005/1/23]
タイトルのインパクト,という意味では最近の中でもヒットであろう.内容は,今や「時代錯誤」と切って捨てられそうであるが,女は女の体を持っている,ということを論じているのである.
これは当たり前のことのようでもあるが,一方で最近は話題にしにくくなったことでもある.
それを真っ正面から書いていて,かえって痛快でもある.
女性の体は出産するように出来ており,ゆえに妊娠・出産することで体も最適化するような生理的仕組みを持っている,というのである.最近は出産しない女性も増えているが,これにより心身の機能に変調を来し,オニババ(ヒステリー)になってしまう,というのが著者の主張である.言いたいことは分かるが,それを説明する理屈(エネルギーがたまって……)が稚拙なため,タイトルの奇抜さと相まってコミカルな印象になっているのは否めない(オビにも“抱腹絶倒の目ウロコ本”などと書かれているし).ただ,おもしろい考え方だと思ったのは,「早婚のすすめ」である.二十歳ころに子どもを産んでしまい,子育てが一段落してから仕事に専念する,というライフスタイルの提唱である.現時点では絵空事かもしれないが,将来の社会構造を考える上で傾聴に値するかもしれない.