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1. C'E UN PAESE AL MONDO
2. FASE
3. AL MANCATO COMPLEANNO DI UNA FARFALLA
4. ELZEVIRO
5. MERCANTI DI PAZZIE
6. ANTICHE CONCLUSIONI NEGRE


2005.09.08.Thu. 10 : 35 a.m.
BGM : Maxophone(生命の故郷) / Maxophone


 けさの朝日新聞1面は記念碑的なおもしろさ。左にデカデカと「本社前社長の箱島新聞協会長が辞任へ 虚偽メモ問題陳謝」の記事が掲載されているのだが、右側のタイトル下インデックスを見ると「本社3件に新聞協会賞(39面)」と誇らしげな見出しが踊っているのだった。「新聞をはじめジャーナリズム全体の信頼と名誉を傷つける不祥事」の責任取って辞任するなら、賞も辞退しろよ〜。っていうか会長の最後の仕事として授賞にストップかけなさいよ〜。と、何百万人もの読者が思ったはずである。秋山社長は「失いかけた信頼を取り戻すための最後のチャンス」などと強調したというが、のっけからチャンス潰してまっせ。まあ、あくまでも「虚偽メモ問題」と言い張って「虚偽報道問題」「捏造記事問題」とは言わないという時点で、信頼もへったくれもないですが。「虚偽メモ」は社内的な問題で、社会的には「虚偽報道」だろうに。ともあれ、さらに紙面の下に目をやると、天声人語のダメ押しがすばらしい。


 朝刊に挟み込まれて届いた衆院選の選挙公報を見る。(中略)党首や候補者の写真、キャッチフレーズがひしめく中に、短い一文が目についた。/「日本を今一度洗濯いたし申し候」。幕末の志士、坂本龍馬の言葉で、姉の乙女に送った手紙の中に出てくる。(中略)/言葉は古びていないし、「洗濯」は今の日本にも大いに必要だと思われる。しかしこれが、「改革を止めるな。」のキャッチフレーズや党首の写真とともに、選挙公報の一角に置かれているのは、いささか違和感がある。(以下略)
 紙面の違和感なら、それ挟んでる朝刊のほうがはるかに上じゃ。おまえに言われたくないわ。というわけで、もうメチャクチャな感じ。だから朝日新聞はやめられない。

 おまえに言われたくないといえば、ゆうべはホンジュラスの監督に「日本はもっと守りをしっかりやったほうがいい」とか何とか言われたらしいが、日本×ホンジュラス(国際親善試合)は、破れたザルで汲んだ水をバシャバシャかけ合っているような展開で5-4。前半は、ホンジュラスが「いつもより余計に回っておりま〜す」と言わんばかりに繰り広げる「くるくるサッカー」に翻弄されてどうなることかと思ったものの、わっしょいわっしょいとゴールを積み重ねて大逆転だ。おめでとうございまぁ〜す。3バックだと得点が増えず、4バックだと失点が減らないということであれば、次に打つ手は簡単である。12人使って5−4−2のシステムにすればよい。

 一転して、きょうはイタリアのプログレ。マクソフォーネ(Maxophone)というバンド名は、「最大(max)」と「サクソフォン(saxophone)」を合体させた造語だろうか、どうだろうか。サックスのみならず、フルート、クラリネット、フレンチホルン、トロンボーンなどの管楽器奏者が、サポートではなく正式メンバーとして入っているのが彼らのユニークなところである。デビューは75年。PFMの路線を生真面目に継承して様式化するとこうなる、という感じですかね。とても上手いし曲やアレンジは美しいし全体の完成度もきわめて高いように思うが、どうもハジケるものがなくて欲求不満が残る。下水を逆流させるようなパンチ力と不良性があれば完璧なんだけどなぁ。イタリアン・プログレ界の優等生、というところだろうか。楽器編成から来る先入観のせいかもしれないが、なんとなくブラバン的クソ真面目を感じてゲンナリしてしまう部分もないではない。自分もブラバン出身のくせに「ブラバン的」が苦手な私。







1 Preludi i Record
2 Nova Musica de la Llum
3 L' Acustica - Referencia dォun canvi dォinterior
4 La den kitflus
5 La Flamenca electrica
6 A Valencia
7 11/8 Manifest de la fallia


2005.09.07.Wed. 10 : 40 a.m.
BGM : Coses Nostres / Iceberg


 きのうに続いて、スペインのプログレである。バンド名は、Iceberg。あまりスペイン語やカタルーニャ語っぽくないので、たぶん「氷山」とか「冷静な人」といった意味の英語なんだろうと思うが、日本語のサイトでカナ表記しているものが見つからず、ほんとうに「アイスバーグ」でいいのかどうかわからないので、Icebergと書くことにする。

 Icebergは、75年にデビューしたバルセロナ出身のグループだ。当初はボーカルが入っていたらしいが、このセカンドアルバム『Coses Nostres』(「コーザ・ノストラ」と何か関係があるのだろうか)は、全編インスト。すっばらしくカッチョイイ。このあいだバスク出身のプログレバンドを聴いたが、Icebergとの地力の差は、ビルバオやソシエダとバルサの差よりもはるかに大きい。一聴して、アル・ディ・メオラ含みのリターン・トゥ・フォーエヴァーみたいだなぁと思ったら、やはり両者を対比して語っている記述があちこちにあった。アル・ディ・メオラが参加した『銀河の輝映』が74年、『Coses Nostres』が76年の作品だから、IcebergがRTFを目標にしてがんばった可能性は十分にある。私はRTFをロックの一種として聴いたことがなかったので、これもあまり「ロック」だと思えない。脳内レコード店・江戸川名曲堂では、何の迷いもなく「クロスオーバー」もしくは「フュージョン」の棚に置かれる音楽だ。

 Joaquim "Max" Sunyerというギタリストは、かなりの凄腕。速弾きのフレージングが時折やや滑らかさを欠くきらいがあり、それが「あえてスタッカート感のあるユニークな速弾きを目指した志の高さ」なのか「技術的な問題」なのか微妙なところではあるが、いずれにしろ、強烈な存在感を持っていることは間違いない。そのホアキン君とキーボードのJosep Mas "Kitflus"がくんずほぐれつするアクロバティックな絡み合いが、このバンド最大の聴き所であろう。曲の構成なども実にドラマチックで、聴かせる。アルバムを5枚出しているらしいが、ぜんぶ欲しいぞ。それにしても、セカイにはいろんなプログレが存在するものだ。スペインも侮れないことがよくわかったが、これはまだまだ、それこそ「氷山の一角」であるに違いない。

 ゆうべは、グルジア×ウクライナ(W杯欧州予選)をビデオ観戦。前半に先制したものの、後半にセットプレイで追いつかれて1-1のドローに終わったウクライナだが、その後トルコがデンマークと引き分けてくれた結果、無観客試合でドイツ行きを決めた2つめのチームになった。フィールドで歓喜を爆発させるシェフチェンコが見られなくて残念。しかし、過去2回プレーオフで涙を飲んでいるのだから実力的には当然の出場とはいえ、「W杯にウクライナ」って何だかヘンな感じ。どうも、こう、ジャンルが違うっつうか、なんつうか、「パ・リーグに楽天」と似た感触がある。まあ、すぐ慣れるんでしょうけど。名前を忘れてしまったが、4番をつけた中盤の長髪クンはなかなかのプレイヤーだった。往年のベルガー(元リバプール)を思わせる強烈なロングシュート力が印象的。けっこう男前なので、日本と同組になったりしたら人気出るかも。ところで、ウクライナにプログレは存在するだろうか、どうだろうか。

 などと書いていたら、たった今、某S社S氏から電話。最近ゴーストした本の重版通知。3000部。おお。すばらしい。これで今年は重版打率が6割だ。近年にないハイ・アベレージ。もしかして、ほんとうにキてるのか出版界。トンネル抜けたのか。なーんて、そう簡単に抜けないよな。十数年前、打率7割を超えていた頃は初版部数も今の1.5倍はあったもんな。ともあれ、本を買ってくれる人がいるのはありがたい。私はCDばかり買っているが、みんなはどんどん本屋さんに足を運んでほしい。







CD 1
1- AIRES DE LA ALAMEDA
2- LA PILA DEL PLATO
3- OJOS DE TRISTE LLANTO
4- HACIA EL ALBA
5- AMANECER EN EL PUERTO
6- A LA VERA DEL "JUEVES"
7- MATICES
8- AURORA
9- DOS AMORES
10- EN TUS LABIOS
11- CANTO AL DESPERTAR
12- MISTERIOSO MANANTIAL
13- VUELO DE CRISTAL
14- AL CAER
15- SOBRE TU PIEL

CD 2
1- AIRE CALIDO DE ABRIL
2- PUENTE AZUL
3- SANTA CLARA
4- CUANDO LLEGA LA AURORA
5- EL PORTIL
6- SANGRE CALIENTE
7- ZALIMA
8- TIERRA DEL SUR
9- URBANA PRINCESA EN FLOR
10- NOCHE ANDALUZA
11- CON MUSICA Y CON AROMA
12- DIAS DEL AMOR
13- POR LOS ESPACIOS DEL TIEMPO
14- UMBRIA BAJO LA SOMBRA Y EL SUEО
15- DESNUDOS
16- タQUE QUEDA DESPUES DE AMAR?
17- LAMENTOS


2005.09.06.Tue. 12 : 00 p.m.
BGM : Todas sus grabaciones para Discos Epic (1979-1983) / Alameda


 このたびは日本全国から3通ものお見舞いメール等を頂戴し、どうもありがとうございました。あの程度の被害で3通なら多いほうだと思うことにしよう。マンションの管理をしている不動産会社の人が「オーナーからのお見舞いです」と菓子折を届けてくれたりして、あんがい情のある大家さんだったんだなぁと嬉しく思ったりした。うちのほうは、愚妻ががんばってくれたおかげで、もう復旧しております。

 ともあれ、きのうは自分たちのことで頭がいっぱいだったが、その後の報道を見ると、同じ杉並区内のうちからそう遠くない地域では1階の天井まで浸水した家もあるようで、えらいことである。大学の先輩が善福寺川の近くに住んでいるのだが、大丈夫だっただろうか。被害の様子を見ると、杉並区の打った手が「グッジョブ」だったのかどうか、すぐには判断できないですね。うちで下水の逆流が止まった時間帯も川沿いの地域は増水が続いていたようだから、あれは杉並区のおかげではなかった可能性が高い。単に、下水道に詰まっていたゴミが水圧で一気にガボッと押し流されて除去されたのかもしれず(実際そんな感じの急激な引き方だった)、だとしたら、ちゃんと下水道の掃除しといてよ杉並区ぅ〜、という話である。

 今回の騒動で思ったのは、人間は被害が拡大するにつれて鈍感になっていく、ということ。最初はサッシの雨漏りが「平穏な日常を揺るがす大トラブル」のように感じられて大騒ぎしたが、下水の逆流が始まったときには、雨漏りのことなんかどうでもよくなっていた。さらに「1階が水浸し」が想定される状況になると、「洗面所が水浸し」はもう平気。まあ、要は「慣れる」ということで、当たり前といえば当たり前の成り行きではあるものの、いきなり寝たきり状態になるとショックだが徐々に老化が進んで寝たきりになるとそれを当たり前に受け入れられる(経験したことはないがそういうものらしい)のとちょっと似ている。「日常性」というのは実に相対的なもんであるなぁ。ああ、だから「茹でガエル」は逃げ出すタイミングを逸して死んでしまうわけか。国も、徐々に滅んでいくと、滅んでいるような気がしないに違いない。

 いま聴いているのは、アラメダというアンダルシア出身のバンドが79年から83年までに録音した4枚のアルバム全曲を2CDに編集したもの。例によって、よく知らないまま買ってみた。アラメダの音楽は一般に「フラメンコ・ロック」などと称されることもあるようだが、私の耳にはあまり「ロック」な感じはせず、聴いていて即座に思い出すのは、これが録音されたのと同じ時代に親しんでいた日本のラテン・フュージョン(!)なのだった。アコギの音を聴くとふと宮野弘紀の名前を思い出してしまったりするような、そんな感じ。向井滋春がソロ吹いたらめちゃくちゃハマりそう。あと、長谷川きよしが79年にスペイン各地の屋外で録音した『遠く離れたおまえに』というアルバムのことも思い出した。未知の世界を探検していたつもりだったのが、何かの拍子によく見知った懐かしい街並みに遭遇したような気分。それは、とても良い気分。







1.Oblivious
2.Boy Wonders
3.Walk Out to Winter
4.Bugle Sounds Again
5.We Could Send Letters
6.Pillar to Post
7.Release
8.Lost Outside the Tunnel
9.Back on Board
10.Down the Dip
11.Haywire
12.Orchid Girl
13.Queen's Tattoos


2005.09.05.Mon. 12 : 20 p.m.
BGM : High Land, Hard Rain / Aztec Camera


 それは、雨漏りから始まった。寝たはずのセガレが2階に上がってきて(うちは玄関およびLDKが2階、バス・トイレ・寝室が1階という構造のメゾネット式なのだ)、「大変だよ! 窓から雨が漏れてるよ!」と教えてくれたのは、昨夜9時すぎのことである。慌てて見に行くと、階段の途中にある窓の上部から雨水がポタポタと落ち、床が濡れていた。サッシが雨漏りするなんて思わなかった。窓から顔を出してずぶ濡れになりながら、外で雨水を食い止める方法など考えてみたが無理そうなので、内側の漏っている部分にタオルやら雑巾やらを当ててガムテープで留めるなどして応急手当。すぐに染み出してくるだろうが、しょうがない。

 雨漏りを食い止めてから、雷ビカビカ雨ザーザーの表に出てみると、マンションの前の道路にはすでに20センチぐらい水が溜まっていた。うちのあたりは周辺地域のなかでもいちばんの低地なので、坂道を下って雨水がどんどん押し寄せてくるようだ。いま聴いているのは High Land, Hard Rain だが、こっちは Low Land, Hard Rain なのである。

 やがて、川と化した道路の水面を、白っぽい物体が数個、どんぶらこ〜どんぶらこ〜と流れてきた。よく見ると、あれは何というのか、車庫の入り口をスロープ状にするために並べておくステップみたいなアレである。立派な車庫をお持ちの近所の邸宅から流れてきたのだ。ジャブジャブと「川」を渡ってその家の人に事態を知らせ、流れていくソレを追いかけて拾い集めた。アレが意外に軽い素材で作られていることを知った。あんなに軽いのにクルマの重量に耐えられるなんてすごい。

 ソレを持ち主に届けてから家の中に戻ると、よそのうちを助けている場合ではなかった。またまたセガレが「大変だよ! トイレの水が溢れそうだよ!」と異変を察知。見ると、便器が水でいっぱいになり、ゴボゴボとイヤな音を立てている。「もしや」と思って風呂場に急行すると、こちらもゴボゴボ。排水口から雨水が逆流して、洗い場に溜まっていた。トイレのほうは溢れる寸前で止まっていたが、風呂場のほうは相当な勢いで水が増えている。溢れ出して洗面所から廊下まで水浸しになるのは、時間の問題と思われた。

 どうしたらいいかわからず、杉並区の水道局に電話してみたものの、当然ながら延々と話し中。とりあえず、セガレと二人で洗い場の水をバケツですくい、湯舟に溜めた。われながら「ナイス作戦!」と思ったが、湯舟が満タンになっても水の勢いは止まらない。もう汲み出すのは無理なので、浴室からの流出を防ぐ手段を考える。浴室のドアというのは、どうして、下のほうに排気口が空いているんだろう。防水はちゃんとしているから、排気口が上にあればドアを閉めるだけで水を中に閉じこめられるのに。

 愚妻が雑巾やらビニール袋やらをドアの排気口に詰め込むと、かなり流出の勢いは弱まった。しかし隙間から水がじわじわ溢れてきて、洗面所は水浸し。洗濯機用の排水口からも水が逆流している。なんとか廊下への浸水だけは食い止めようと、古い布団やら毛布やら何やらを盛大に持ってきて、洗面所と廊下の間に堤防を築いた。あらゆる物が、みるみるうちに水を含んでグッショリとなっていく。

 妻「この大きいビニール袋に濡れた毛布を入れてドゾウみたいにしよう!」
 私「それを言うならドゾウじゃなくてドノウ(土嚢)だ!」
 妻「そんなの、今はどっちだっていいじゃない!」
 私「よくない! 僕たちは言葉を大切にするんだ!」

 とかなんとか、そりゃあもう大騒ぎである。どうにかして、家の中にある物を使って浴室のドアの排気口を完全にふさぐことはできないものかと全力で考えたが、いいアイデアは浮かばない。宇宙船内の物品で壊れた部品を作る方法を検討しているヒューストンからの指示を待つ、アポロ13号の乗組員のような気分だった−−という比喩は米国人を怒らせるだろうか。だったら謝る。すまん。

 土嚢作戦は一定の効果を上げていたが、水はいくらか廊下のほうにも流出してきた。さいわいトイレの水は溢れてこないが、雨の勢いは変わらない。もう、1階が水浸しになることを前提にして行動したほうがいい。濡れては困る物を2階に運び上げ、茶の間で3人が寝られるように準備した。コーフンしたセガレは、「なんかキャンプみたいだ!」とわけのわからないことを口走っていた。トイレが使用不能のために外で用を足したりもさせていたので、まあ、コーフンするなというほうが無理だろう。

 汗まみれになりながら思いつくだけの対策をやり終え、「あとは運を天に委ねるのみ」とグッタリ放心。すると、あれは11時すぎだったか、便器の水位が急速に下がり始めた。やがて、浴室からの浸水もストップ。1階の廊下はほんの一部が濡れただけで済んだ。NHKのニュースを見たら、善福寺川や神田川が溢れたらしく、杉並区が何か手を打ったらしい。杉並区、グッジョブ。それにしても、早めに下水の逆流に気づかなかったら、湯舟一杯分の水が溢れていたわけで、1階は水浸しになっていたことだろう。トイレの異変を教えてくれたセガレも、グッジョブ。お手柄である。みんな、よく頑張った。家族のアルバムを持って逃げ出すようなことにならなくてよかった。

 しかし雨は相変わらず強く降っていたし、またいつ下水の逆流が始まるかわからなかったので、一家三人、そのまま2階の茶の間に敷いた布団で就寝。状況が状況だけに、「川の字」という比喩はあまり使いたくない。セガレは寝る前に、「あーあ。1日に2回も防災訓練することになるとは思わなかったよ」と呟いた。いやいや、これは訓練ではない。くり返す。これは訓練ではない。







1.Departure
2.Ride My See-Saw
3.Dr. Livingstone, I Presume
4.House Of Four Doors
5.Legend Of A Mind
6.House Of Four Doors (Part 2)
7.Voices In The Sky
8.The Best Way To Travel
9.Visions Of Paradise
10.The Actor
11.The Word
12.Om


2005.09.04.Sun. 11 : 15 a.m.
BGM : In Search Of The Lost Chord / The Moody Blues


 地域とリンクした形の防災訓練が学校で実施されるとかで、日曜だがセガレは朝から登校。なので私も早起きして出勤している。夏休みから2学期への切り替えといい、今日といい、フリーランスなのにライフスタイルが学校の日程とシンクロしているのはどこか腑に落ちない部分もあるが、何か決まったフレームがないと生活がぐずぐずになりやすいので、ありがたいといえばありがたい。ペースメーカーがいないとコンスタントに走れないタイプ。しかし、ということはセガレが大学生になった場合、うちは一家そろってぐずぐずの毎日になってしまうのだろうか。

 それはともかく、セガレは防災訓練について「暑いのにまた校長先生のお話かー」とウンザリした顔をしていた。訓練終了後に校庭に整列して訓話みたいなもんを聞かされるということだろう。「本番」でやらないことは訓練時にもやる必要がない(むしろやらないほうがよい)と思うので、「そうだよなー。あの校長先生、いつも何が言いたいのか意味わかんないしなー」と同調してしまったのだが、「そんなこと言わないで先生のお話は真面目に聞きなさい」と諭すべきだっただろうか。子供に対するホンネとタテマエの使い分けはむずかしい。基本的に家庭内はホンネの世界にしたいし、セガレには批判精神ってやつを身につけてほしいと思っているけれど、私はふだんからセガレの前で教師批判をしすぎているかもしれない。自分は子供のとき、親の口から教師批判なんか聞いたことないもんな。それでも教師を批判する人間は育つのだった。

 ゆうべは、ウェールズ×イングランド(W杯欧州予選)を半ば居眠りしながらライブ観戦。ショーンライトフィリップスのクロスをジョー・コールが決めて0-1という、チェルシーファンを喜ばせる結果である。でも本当のところ、得点を決めるまでのジョー・コールはチームのブレーキになっていた感じ。ベッカムのスーパーなクロスをヘッドで外したシーンが哀しかった。でも、しょうがないよね。あんな見事なクロス、見たことないもんね。関係ないが、「ショーンライトフィリップス」って煙草の銘柄みたい。

 けさ後半だけ観戦したスコットランド×イタリア(W杯欧州予選)は1-1のドロー。ビエリのダメっぷりは、いつ見ても微笑ましい。トッティのクロスを決め損ねたときは、やはり体が伸びきっていた。びよよ〜ん。イタリアのゴールマウスに立ちはだかるペルッツィの姿を見て感動。今季はじめて動いているところを見たラツィオの選手。

 ムーディ・ブルースは、「ややこしいサイモンとガーファンクル」という印象。サイモンとガーファンクルがボーカルを担当しても、さほど大きな問題はなさそう。







1.Lost In A Lost World
2.New Horizons
3.For My Lady
4.Isn't Life Strange
5.You And Me
6.The Land Of Make-Believe
7.When You're A Free Man
8.I'm Just A Singer (In A Rock And Roll Band)


2005.09.03.Sat. 12 : 35 p.m.
BGM : Seventh Sojourn / The Moody Blues


 きのう取り上げたミシシッピ州知事発言、Guestbookのほうで親切な友人が教えてくれたところによると、バーバー知事は被災地を空から視察した上で、「(被害は‘家屋が酷く壊れている’といった類いのものではなく)そこから完全に無くなっていた。…私が唯一思い浮かべることができるのは、60年前のヒロシマの様相だ」と述べたのだそうだ。原爆の被害とハリケーンの被害を同一視しているわけではなく、単に「上空から見た風景」が似ている(それ以外には表現を思いつかない)という限定的な意味合いだったらしい。私の記述からは、「知事は『ハリケーンが原爆と同じぐらいの被害を与えた』と言った」というニュアンスが感じられるので、取材不足と筆力不足と想像力不足と(おそらくは米国に対する偏見に基づく)早合点を反省しなければいけません。ちなみに朝日新聞の記述は、「郡の被害について、バーバー州知事は報道機関に『(原爆投下直後の)ヒロシマのようだ』と語った」というものでした。その前に「地上」から現地入りした記者の詳細なリポートが書いてあるから、知事が「上空」から見て言ってるとは思わなかったっす。以上、訂正と言い訳はおしまい。

 しかし、これはGuestbookにも書いたけれど、それでもこの比喩表現に対して私が抱く違和感と憤懣にはあまり変化がないのだった。仮にこの比喩が「上空から見た風景」を正確に描写するものだった(おそらくは大半を占めていたであろう米国の報道陣および米国民にはもっとも理解しやすいものだった)としても、60年前に米国が広島に与えた被害が家屋を完全に無くしただけのものではない大虐殺行為だったという認識があったら、たとえ内心で「ヒロシマ」を連想したにせよ、それを報道陣の前で口に出すことができるだろうか、と思うんですね。もちろん、知事が思わず「ヒロシマ」を口にしてしまうほど甚大な被害を受けた現地の人々のことは心から気の毒に思うし、その意味では私自身もこの比喩表現によって現状を認識させられたと言えるわけなんだけど、でもやっぱり不愉快だ。さらに今朝は、ブッシュ大統領が「メキシコ湾岸全体が、想像もできないような最悪の兵器によって消されたようだ」と語ったという報道も目にした。どうして、いちいち核攻撃を連想させるような言葉が出てくるんだろう。9.11ショックで刷り込まれた恐怖感のなせる業なのかもしれないが、あまり健康な言語感覚とは思えない。その言葉を支えているであろう世界観も。







Disc 1
1,2.Kindhearted Woman Blues
3.I Believe I'll Dust My Broom
4.Sweet Home Chicago
5,6.Rambling on My Mind
7,8.When You Got a Good Friend
9,10.Come on in My Kitchen
11.Terraplane Blues
12,13.Phonograph Blues
14.32-20 Blues
15.They're Red Hot
16.Dead Shrimp Blues
17,18.Cross Road Blues
19.Walking Blues
20.Last Fair Deal Gone Down

Disc 2
1.Preaching Blues (Up Jumped the Devil)
2.If I Had Possession Over Judgment Day
3.Stones in My Passway
4.I'm a Steady Rollin' Man
5.From Four Till Late
6.Hellhound on My Trail
7,8.Little Queen of Spades
9.Malted Milk
10,11.Drunken Hearted Man
12,13.Me and the Devil Blues
14,15.Stop Breakin' Down Blues
16.Traveling Riverside Blues
17.Honeymoon Blues
18,19.Love in Vain
20,21.Milkcow's Calf Blues


2005.09.02.Fri. 11 : 10 a.m.
BGM : The Complete Recordings / Robert Johnson


 架空記事を作らせたら天下一品の朝日新聞に書いてあったことなので本当かどうか信用しかねるが、ハリケーン被害の状況について、ミシシッピ州知事が「ヒロシマのようだ」とコメントしたという。日本人の同情心を吹き飛ばしてあまりある、サイテーの比喩。60年前に自分たちの国が広島と長崎に何を落っことしていったのか、まるでわかってないんだろうな。原子爆弾にもハリケーンにも妙にフレンドリーなニックネームをつける人たちのことだから、もしかしたら本質的な違いが区別できていないのかもしれないが、天災と虐殺、暴風雨と放射能を一緒くたに語ってんじゃねえぞコラ。アメリカに対する敬意と軽蔑が、ものすごい振幅で揺れ動く今日この頃である。軽蔑に値する政治があるからこそ、草の根からは尊敬に値する文化が生まれるという面もあるのかもしれないけれど。

 ゆうべ、スカパー!で録画しておいたセリエAダイジェストを観た。どうでもいい試合のハイライトシーンを我慢しながら、ラツィオ戦を待った。いちばん最後だった。その前のフィオレンティーナ戦と同様、いきなり文字で結果が表示された。映像はなかった。なんだよー。ハイライトも観られないのかよー。ふざけんなよー。ぷららとかいうところが放映権を手に入れたというのは何となく知ってはいたけど、こういうことだったのかー。ぷららって何だよー。ぜんぜん意味わかんねえよー。ラツィオ主催試合の権利なんか買って、いったいどんな得があるっていうんだよー。あ、おまえナニ買ってんの〜、バカじゃネイノ〜、ってネイノーさんに言われちゃうぞぉ。

 バカといえば『バカの壁』である。2万部増刷で400万部突破。まだそんなに売れてんのかよ〜、バカじゃネイノ〜。いや、だからバカだよバカ。バカの壁だよ。きのう、ゴーストした本の重版決定ではしゃいだばかりだが、同じくらいの時期に刊行されて「まだ売れている」という意味では同じではあるものの、あまりにもスケールが違いすぎてアゴが外れそう。そらヨダレも垂れ流しになるっつうの。初版で2万部刷る本さえ滅多にないというのに、一度の増刷で2万部かよ。こっちは3000部の重版で欣喜雀躍だ。しかし79刷で400万部ということは、1回平均5万部ぐらい刷ってるわけですね。わーお。重版1回分がすでにベストセラー1冊分の規模。太陽の表面で発生するプロミネンスの大きさは地球の10倍ぐらいある、という話を思い出したりする。それにしても、この国の草の根はみんなで同じ本ばかり読んでいるのだった。それこそがバカの壁なんじゃネイノ〜。




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