Birol Topaloğlu は1965年にトルコ (Turkey) 北東部 グルジア (Georgia) 国境近くの 黒海 (Karadeniz / Black Sea) 沿岸の村 Apso 出身の 少数民族ラズ (Laz) の tulum (bagpipe の一種) 奏者/歌手だ。 ラズはトルコ北東部からグルジアにかけての黒海沿岸に住む民族で、 言語的にグルジアに近いが、多くはスンニ派イスラム教を信仰している (⇒en.wikipedia.org)。 Topaloğlu は大学で工学を学んだ後にミュージシャンとして活動を始めたとのことで、 1990年代後半から Kalan レーベルに録音を残している。 ラズ語やトルコ語で歌われる黒海沿岸の民俗音楽を同時代的なアレンジで演る一方 (Lazuri Birabape: Heyamo (Kalan, CD076, 1997, CD) と Aravani (Kalan, CD173, 2000, CD))、 ラズの古い録音の発掘とフィールドレコーディングからなるアンソロジー Lazeburi (Kalan, CD220-221, 2001, 2CD) も編纂している。
新作 Ezmoce は Topaloğlu のリーダー作だが、 以前の作品に比べてぐっと制作、音作りが良くなっている。 最近の Kalan の作品、特に、 Kardeş Türküler (関連発言; レビュー) で聴かれるようなものに近い。 打ち込みによるリズムや fletless bass を使ったベースラインもあるがそれは控えめ、 アコースティックな楽器の音色を生かし、 整理された音に残響などを使い立体的な音空間を作っていく。
もちろん、音作りだけでなく、歌や演奏も面白い。 歌の節回しや darbuka や frame drum の刻むリズムはトルコの多くの民俗音楽と 共通するところも多いように感じるが、 黒海沿岸の民俗音楽 (Karadeniz müzik というジャンル用語も見かける) で多用されるとも言われる tulum (bagpipe) の響きが特徴的だ。 ポリフォニーとはちょっと違うかけ声的なコーラスも面白い。 アップテンポなリズムに bagpipe の響が鳴り響き、 Topaloğlu のコールに女性コーラスがレスポンスするような歌が乗る、 9曲目 "Kapçaşi Meseli (Hamsinin Hikayesi)" から 10曲目 "İki Ayak Horon (Potpuri)" にかけての展開が、特に気に入っている。 もちろん、ゆったりした渋い歌物も良い。
"Karkalaki" などトルコ民謡というより ギリシャ (Greece) 島嶼部の民謡に近く感じられるのも興味深い。 ちなみに、ラズの住んでいるトルコ北東部は ポントス (Pontus; ⇒en.wikipedia.org) とも呼ばれ、 第一次大戦後のギリシャとの住民交換までギリシャ系の住民 (ポントス人 (Pontic) とも呼ばれる) が多かった。 このアルバムにも参加している、Topaloğlu のアルバムの常連の女性歌手 Ayşenur Kolivar (1990年代後半は Kardeş Türküler で活動) は、ポントスの (Pontic) 音楽とダンスのグループ Helesa でも活動している。
また、メグレル人の女性歌手 Nana Belkania が参加した曲が2曲あり、 Topaloğlu とメグレル語 (Megrelian; グルジア北西部で話されてるラズ語に近い言語; en.wikipedia.org) でデュエットしている。
ラズを軸にトルコ黒海沿岸の民俗音楽を同時代的な音作りで甦らせた佳作として Ezmoce はお薦めだ。
ラズの音楽ではないが、Birol Topaloğlu も参加した トルコ黒海沿岸の民俗音楽復活のプロジェクトのCDを紹介したい。
Vova は、 Birol Topaloğlu, Ezmoce にも参加していた Mustafa Biber による トルコの少数民族ヘムシン (Hemşin / Hemshin (Hamshenis)) の音楽のプロジェクトだ。 ヘムシンはトルコ東北部からグルジア、ロシア (Russia) にかけての黒海沿岸に主に住む民族で、 言語的にはアルメニア系 (Armenian) で、トルコや中央アジアに住んでいる人たちは主にスンニ派イスラム教を、 グルジア、ロシア (Russia)、アルメニア (Armenia) に住んでいる人たちは主にキリスト教アルメニア正教を信仰している (⇒ en.wikipedia.org)。 トルコの少数民族の音楽のプロジェクトという内容、 同時代的な音作り、 ヘムシン語/トルコ語/英語対訳の丁寧なブックレットなど、 Kalan レーベルからのリリースされてもおかしくない内容だ。 (英語対訳も Kalan レーベルのブックレットでお馴染 Bob Beer だ。)
Birol Topaloğlu や Ayşenur Kolivar も 参加しており、Ezmoce と近い雰囲気のあるアルバムだ。 kemançe や duduk のような楽器の使い方やゆったりした曲調が多めな所に、 アルメニアの音楽との共通点を感じるが、 むしろ Topaloğlu の演奏するラズの音楽の方が近いようにも思う。 ただ、アップテンポの曲が少く、よりアコースティックな音作りなので、 Ezmoce より地味に感じる。 そんな中では、管楽器のゆったりめの旋律、frame drums で刻まれる緩いリズムに、 淡々とした男女の歌声が掛け合う "Gelini" など、 そのゆったり揺られるような雰囲気も気に入っている。
Ezmoce と併せて、 ヘムシンの音楽を取り上げた Vova も トルコ黒海沿岸の音楽が楽しめるだろう。
Kalan は Pontus Şarkıları (Kalan, CD289-290, 2004, CD) というポントスの音楽の発掘音源アンソロジーをリリースしている。 Ayşenur Kolivar の ポントスの音楽のプロジェクト Helesa も、 Ezmoce や Vova のような制作で、是非リリースして欲しい。