1985年にリリースされた David Byrne による舞台音楽 The Knee Plays のアルバムが、 遂にCDリイシューされた。 美しい響きの brass のアンサンブルによる舞台音楽も良いのだが、 それに先だって録音されて没となった音源がボーナストラックに付いているだけでなく、 パフォーマンスのDVDまで付属しており、舞台スッケチ等を使用したリーフレットも含め、 舞台作品 The Knee Plays のドキュメントとしても 素晴しいリリースとなっている。
David Byrne は 1970年代後半に登場した New York の new wave / postpunk のグループ Talking Heads の歌手/ソングライターだ。 1980年代前半は Talking Heads での Remain In Light (Sire, 1980) や Brian Eno との My Life In The Bush Of Ghosts (EG / Sire, 1981) のような funk のリズムや ethnic な要素を採り入れた rock を演奏していたが、 この舞台音楽はそういう類の音楽ではない。 直前に New Orleans で聴いた Dirty Dazen Brass Band の影響を受けて音楽を制作したというが、jazz や funk のイデオムはそれほど強くなく、 いわゆる New Orleans なブラスバンド音楽でもない。 コンテンポラリーなブラスバンド音楽だ。
12曲中7曲が David Byrne 作曲で、 5曲 (2, 5, 6, 8, 9曲目) は伝承曲 (traditional) をアレンジしたものだ。 伝承曲に基づくものの中で特に気に行っているのは、合唱曲をアレンジした曲だ。 ブルガリア (Bulgaria) の合唱曲の throat singing を クリアな brass の音で置き換えた "Theadora Is Dozing" は、 不協和音で圧倒するのとは異なる美しい響きになっているのが面白い。 バプティスト・メソジスト教会の合唱曲をアレンジした "In The Upper Room" での 高らかに鳴り響くクリアな brass の響きも良い。 brass の鳴りがとても綺麗なので、Byrne 作曲の曲も、 リズムよりも brass の音響のテクスチャを生かした "Social Studies" や "Winter" のような曲の方が楽しめるように思う。
この音楽は、アメリカ (US) の舞台作家/演出家 Robert Wilson の作品 The Knee Plays のためのものだ。 この舞台作品は the Civil warS という上演時間が10時間以上もある作品の一部として着想されたものだった。 この the Civil warS は、 元々、1984年のロサンジェルス五輪 (Games of the XXIII Olympiad、Los Angeles 1984) に併せて開催された 1984 Olympic Arts Festival のために着想されたが、 結局実現できず、その後、6つのセクションに分けて上演された (うち2つはワークショップとして実現)。 The Knee Plays は、 the Civil warS の セットチェンジの際の場面繋ぎのための12の幕間寸劇として着想され、 David Byrne の音楽と Suzushi Hanayagi (花柳 寿々紫) の振付で、 ミネアポリス (Minneapolis, MN, USA) の Walker Art Center で 1984年4月に初演された。(そのため "Minneapolis section" とも呼ばれる。)
DVDに収録されているのは、その初演時の舞台の一連のモノクロ写真 (JoAnn Verburg 撮影) を 57分の音楽付きスライドショーで見せる動画だ。 Robert Wilson の舞台は造形やライティングも写真写りが良いし、 写真もそれなりに短い間隔で撮影されていたようで スライドショーから動きも伺われる。 ビデオよりも美しく仕上がったのではないか、と思う程だ。
ミネアポリスでの公演に先立ち1983年に日本で能の 観世 栄夫 や早稲田小劇場のメンバーと "Japan section" のワークショップが開催され、 David Byrne と日本人を母親に持つ Adelle Lutz (当時の David Byrne のガールフレンドにして後の妻で、2004年に離婚) も参加した。 The Knee Plays の舞台に見られる 文楽、能、歌舞伎などの影響は、 この日本におけるワークショップによるものだ。
その際に The Knee Plays の5つのパートも作られ、 結局使われなかったが The Knee Plays のための 音楽も録音された。 CDのボーナストラックの16-20曲目はその録音だ。 歌舞伎の音楽に基づいたもので、創作のプロセスを伺われるという点では興味深いが、 最終的に使われたブラスバンドの音楽の方でやはり良かったのではないか、 と、聴いていて思ってしまった。
ちなみに、このリイシューの元となったLPは、ドイツの jazz/classical のレーベル ECM のUSでの権利を当時持っていた Warner Bros. が、 音楽の内容からしてその方が良いと判断して ECM レーベルの下からリリースした、 という経緯を持っている。 さすがにこのリイシューは ECM からではなく、 Warner Music Group 下のレーベル Nonesuch になっている。
その後、1988年7月2日にロンドン (London, UK) の ICA (Institute of Contemporary Arts) 企画で The Cambridge Theatre にて The Knee Plays のパフォーマンス抜きの音楽コンサートが行われた。 その際は、vocals の David Byrne はもちろんそのままだが、 ブラスバンドの演奏は Frank London 率いる klezmer のブラスバンド Les Miserables Brass Band だった。 このコンサートは BBC によってビデオ収録されているのだが、 こちらの演奏も良いので、是非DVD化して欲しい。