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Review: Amir ElSaffar, Two Rivers
2008/03/02
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
(Pi Recordings, PI24, 2007, CD)
1)Menba' (Maqam Bayat) / Jourjina 2)Hemayoun 3)Shatt Al-Arab (Maqam Hadidi) 4)Flood (Maqam Hijaz Kar) 5)Awj Intro 6)Khosh Reng (Maqam Awj) 7)Lami Intro 8)Diaspora (Maqam Lami) 9)Blood And Ink (Maqam Awshar) / Aneen (Maqam Mukhalif) 10)Blues In E Half-Flat
Recorded 2007/04/17,21.
Amir ElSaffar (trumpet, santoor, vocals), Rudresh Mahanthappa (alto saxophone), Zaafir Tawil (violin, oud, dumbek), Tareq Abboushi (buzuq, flame drum), Carlo DeRosa (bass), Nasheet Waits (drums).

Amir ElSaffar はシカゴ (Chicago, IL, USA) 近郊の オーク・パーク (Oak Park) 出身のイラク系アメリカ人 (Iraqi-American) の jazz/improv の trumpet 奏者だ。 DePaul 大学において音楽で学位を取った後、 1999年以降シカゴのいくつかの classical な orchestra に参加する一方、 jazz/improv シーンにも交わり、 現在はニューヨーク (New York, NY, USA) を拠点に活動している。 一方、戦争直前の2002年にイラク (Iraq) へ行き、 詩と楽器の即興演奏からなるイラクの伝統的な音楽 maqam (アラビア古典音楽における旋法の体系を意味する maqam とは別) を学び、 その後、ロンドン (London, UK) で Hamid al-Saadi に師事し、 maqam の歌手 / santoor 奏者としても活動するようになった (santoor は hammered dulcimer、cymbalom や kanun に似た弦楽器)。

イラクを流れる2つの大河 (ティグリス (Tigris) とユーフラテス (Euphrates)) を 意味するタイトルを持つ Tow Rivers は、 ElSaffar の jazz trumpet 奏者という面と maqam 歌手 / santoor 奏者という面を 融合させたような作品だ。 ライナーノーツによると、"Hemayoun" と "Blues In E Half-Flat" を除き、 演奏している曲は maqam で使われる 様々な ruhiyya (旋律、主題のようなもの) に基づいているという。 またリズムも、jourjina (10/8拍子)、yugrug、khosh reng (17/8拍子) といったイラクのリズムが用いられている。 しかし、bass と drums のリズム隊をバックに ElSaffar の trumpet と Mahanthappa の sax がテーマを吹く展開など、 oud や frame drums の音があっても、 むしろ、1960年代の John Coltrane のようなモーダルな jazz を思わせる。 もちろん、santoor を弾きながら歌うときもあり、その時はぐっと中東風になる。

jazz と maqam の融合で最も成功しているのは、 frame drums や oud の音色も生かした 少し緩めの17拍子のリズムに乗って2管の力強く awj の旋法で吹く "Khosh Reng (Maqam Awj)"、 もしくは、John Coltrane の "Olé" のような太い bass も印象的なリズムに hajiz kar の旋法がハマる "Flood (Maqam Hijaz Kar)" だ。 maqam の音階には四分音も含まれ、 trumpet や saxophone のようなヨーロッパ生まれの管楽器でそれを吹くのは難しいと思うが、 勢いを感じさせる吹きっぷりを聴かせる所もあり、技巧を強調することなく自然だ。 santoor を弾きながらの歌う展開がそういう所とうまく絡まなかったのが少々残念だ。

この Tow Rivers に参加している インド系アメリカ人 (Indian-American) の saxophone 奏者 Rudresh Mahanthappa は、 ElSaffar と高校時代からの友人という。 Mahanthappa も Pi Recordings からリーダー作を2作リリースしており、 同じくインド系アメリカ人 piano 奏者 Vijay Iyer との共演も多い。

sources:
  • Amir ElSaffar
  • Pi Recordings
  • Kurt Gottschalk. "Iraqi Blues: Amir ElSaffar". The Wire, Issue 286, p.16, December 2007.
  • Neil van der Linden. "Iraq: Mesopotamia Forever". The Rough Guide To World Music, 3rd ed., Vol.1 (Africa & Middle East), pp.533-538, September 2006.
  • Rudresh Mahanthappa
Pi Recordings 関連レビュー:

Two River に参加している パレスチナ系アメリカ人 (Palestinian American) の buzuq 奏者 Tareq Abboushi は やはり jazz 的な要素を採り入れた中東の音楽を演るグループ Shusmo を主宰しており、 One (self published, 2005, CD) というリリースがある (レビュー)。 また、Two River に参加しているパレスチナ系の Zaafir Tawil は Shusmo にも参加している。

Maquams Of Baghdad
(self published, 2006, CD)
1)Maqam Nawa 2)Ya I-Zaar' il-Bezerengosh 3)Maqam Penjigah 4)Ya Hel Khalag 5)El Leyla Hilwa 6)Maqam Hwaizawi 7)Foug il-Nakhl 8)Maqam Rashdi 9)Taal'a Min Beet Abuha 10)Hammel il-Rail
1,2,10) Recorded 2006/02/15; 3,4,5) Recorded live 2006/01/01; 6,7,8,9) Recorded at home 2005/12/30.
Produced by Tim Moore, Dena ElSaffar and Amir ElSaffar.
Amir ElSaffar (santoor, lead vocals), Dana ElSaffar (joza, vocals), Tim Moore (dumbug, naqqaret, vocals), Johnny Farraj (riqq, vocals), Omar Dewachi (vocals).

Amir ElSaffar は jazz 的は要素抜きにイラク (Iraq) の maqam にも取り組んでいる。 Amir ElSaffer、妹の Dana ElSaffar、妹の夫 Tim Moore の3人を核とする グループ Safaafir による maqam の演奏を収録したのがこのCDだ。

Two Rivers で演っていたのもと同じ旋法のものが無いので直接的な比較はできないが、 オリジナルの maqam がどういうものか、興味深く聴くことができた。 ブックレットには maqam を構成する要素や、 演奏している曲について旋法など比較的詳しい解説が書かれているのも良い。 録音は、良いわけではないが、いわゆるホームレコーディングのものも気にならない。 しかし、小型の hand drum である dumbeg のリズムも控えめに kemanche のような擦弦楽器 joza と kanun のような打弦楽器 santoor を伴奏に詠唱される伝統的なスタイルの演奏は、少々地味かもしれない。

(2008/03/30追記)