dub は、元々は、 歌物の reggae の single のB面に収録された version (いわゆるカラオケ) に 極端な remix を施したものだ。 その始まりは1972年とされ、それに大きく寄与したのが スタジオ・エンジニア King Tubby (Osbourne Ruddock) だった。
その dub について、 1999年頃のことだが、roots reggae 専門再発レーベル Blood And Fire (関連記事 in 談話室) のウェブサイトに次のような言葉が掲げられていた。 この言葉がどこから採られたものなのか確認できていないのだが、 "A Brief History of Dub" というウェブページによると、 7 Nov. 1997 の The Guardian 紙に 載った Sean O'Hagan (The High Llamas) による記事内での Steve Barrow (Blood And Fire 創設者/オーナー) の言葉のようだ。
If Lee Perry was the first surrealist of dub, Tubby was definitely the first modernist.Lee Perry が dub の最初の surrealist だったとしたら、 Tubby はまさに dub の最初の modernist だった。
この言葉における modernist / surrealist というのは、 1936年に MoMA, NY が開催した Cubism and Abstract Art 展において Alfred H. Barr, Jr. が描いた チャート (及び、翌1937年の Fantastic Art, Dada, Surrealism 展) を明らかに意識したものだ。 つまり、現在の dance music のほとんどを貫く脈流として dub を捉えたうえで、 近代美術に見られた表現の展開 (modernism 的な流れと surrealism 的な流れ) と相同なものが そこにもあると、Barrow は見ている。 そして、それぞれの祖として Barrow が挙げるのは King Tubby と Lee Perry だ。
そんな King Tubby と Lee Perry が1970年代半ばに残した名盤 dub album が、 2007年に Trojan から相次いでボーナストラック付きCDとしてリイシューされた。 この頃の King Tubby や Lee Perry の dub 音源は様々なアンソロジーが編纂されてきているが、 オリジナルの dub album を核にしたリイシューとして、お薦めだ。 このリイシューを通して modernism 的な dub と surrealism 的な dub の原点を聴くというのも良いだろう。
King Tubby は様々なプロデューサと組んで仕事をしているのだが、 1970年代半ばは、Bunny "Striker" Lee の制作、 The Aggrovators の演奏で、最も優れた仕事をしている。 King Tubby Meets The Aggrovators At Dub Station は、そんな Bunny Lee 制作の dub album の一枚だ。 このリイシューがこの album の初CD化だ。 (ちなみに当時リリースされた Bunny Lee 制作の dub album は、 他に King Tubby & Dub From The Roots (Total Sounds, 1974)、 King Tubby, The Roots Of Dub (Total Sounds, 1975)、 King Tubby & The Aggrovators, Shalom Dub (Kilk, 1975) がある。)
この album の聴き所の一つは、King Tubby の dub 特徴と言われる "flying cymbals" だ。 中音域のテーマを抜き差して低音と高音を強調しエコーを効かせるため、 深い低音の上に開けた音空間の上を cymbals の音が飛び交うように聴こえるのだ。 Tubby の作品の中でもそれが良く出ている album だろう。 このような、具体的な歌の中から曲の骨格を抽出して、 抽象的な音空間に組み換えるようなやりかた方は、まさに modernist だ。
この album のもう一つの聴き所は horns だ。 キューバ出身で1960年代から Studio One のハウスバンド The Skatalites の メンバーとして活動してきた saxophone 奏者 Tommy McCook が率いる horns が Tubby らしいすっきりした dub 的な音空間の中に気持ちよく鳴っている。 skank のような短く鋭いフレーズを反覆する "A Happy Dub" (The Wailers, "Put It On") ような曲も、 メロディを高らに吹く "Inspiring Dub" (The Righteous Brothers, "Soul And Inspiration") のような曲も、 どちらも良い。
12曲のボーナストラックも同様に楽しめる。 同時期の Bunny Lee 制作 Tubby mix の "flying cymbals" な音空間なのはもちろん、 ボーナストラックでは McCook のソロが大きくフィーチャーされている。 特に Johnny Clarke, "Rock With Me Baby" をベースした2曲、 メロディをそそまま生かした "Dance With Me" と リズムはそのままに新たなメロディを乗せた "Moving Out" は、 比べるのも面白い。 "Midnight Special" (The Heptones, "Why Did You Leave") でも、元曲をさらに濃くしたようなソロが聴かれる。
ジャケットを兼ねたリーフレットはオリジナルのジャケットを生かしたもので (Agrovators という綴りの誤りもそのまま)、 Lee Perry の伝記 People Funny Boy (2001) の筆者として知られる David Katz がライナーノーツを書いている。
この時期の Bunny Lee 制作の King Tubby の dub をさらに聴き進めるのであれば、 Steve Barrow による 7″ single 音源アンソロジー King Tubby And Friends, Dub Gone Crazy: The Evolution Of Dub At King Tubby's 1975-1979 (Blood And Fire, BAFCD002, 1994, CD) と King Tubby And Prince Jammy, Dub Gone 2 Crazy: In Fine Style 1975-1979 (Blood And Fire, BAFCD013, 1996, CD) がお薦めだ (レビュー)。
一方、こちらのリイシューは、 1970年代後半の Lee Perry 制作の代表的な album 3タイトル Scratch The Super Ape (Island レーベルの Super Ape とはトラック順、ミックスが異なる 自身の Upsetter レーベルからリリースされた版)、 Return Of The Super Ape、 Roast Fish, Collie Weed & Cornbread の3タイトルを、ボーナストラック付きで2枚のCDに収録したものだ。 自身では制作せずに様々なプロデューサと仕事をした King Tubby とは対称的に、 Lee Perry は自身で制作している。
音の抜き差しで抽象化していくような King Tubby と違い、 Lee Perry は重層的で混沌とした音空間を作っていく。 低音域と高音域は確かに強調されるのだが、 その間に声や、笛やパーカッションのような鳴り物の装飾的な音、効果音等が エコーやディストーションをかけられ重ねられる。 配置を変えられて歪められ異化されたようなこもととした音像は 幻想的ですらあり、まさに surrealist だ。 dub album の体裁を保っている感もある Scratch The Super Ape よりも、 効果音や歌声を入れまくった Return Of The Super Ape や、 Lee Perry ちょっとよたった歌というか喋くりを全面的にフィーチャーした Roast Fish, Collie Weed & Cornbread の方が、Lee Perry の surrealist らしさが良く出ているかもしれない。
レアな dub plate や "Roast Fish And Cornbread" の 7″ など ボーナストラックも良いと思うが、 オリジナルのジャケットを生かすでもなく、 Blood And Fire のように新たなイメージでパッケージするでもない、 半端なジャケット・デザインは、残念だ。 ライナーノーツは Bob Marley の伝記 Bob Marley: His Musical Legacy (2006) の著者 Jeremy Collingwood が書いている。
1970年代後半の Lee Perry の surreal な音世界をまず聴くのであれば コンパクトにまとめたこのリイシューはお薦めだが、 dub だけでなく様々な歌手をフィーチャーした有名曲が多く収録されているという点でも、 1970年代後半の Island レーベル音源を中心と Lee Perry 制作音源のアンソロジー Lee Scratch Perry, Arkology (Cronicle, CRNCD6 / Island Jamaica, 524 379-2, 1997, 3CD) も併せて聴くことをお薦めしたい (レビュー)。