TFJ's Sidewalk Cafe > 談話室 (Conversation Room) > 抜粋アーカイヴ >

UKの独立系レーベルの動向 (2007/09)

Blood And Fire の活動停止、 Universal による Sanctuary 買収、 Rough Trade の Sanctuary から Beggars への売却などに関する発言です。

[1990] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Thu Sep 6 22:34:32 2007

いつまでもあると思うな親と金とレコードレーベル。

一週間ほど前の話ですが、 イギリス (UK) の reggae リイシュー・レーベル Blood And Fire レーベルがその活動を停止しました ("Blood and Fire... closed for business", Blood and Fire Forum, 2007/8/29)。 reggae 情報サイト Roots Archive のフォーラムには、活動停止にあたっての レーベル A & R の Steve Barrow の言葉が載っています ("Blood & Fire Label to shut down. Sad day for reggae music", Roots Archive Forum, 2007/8/30)。

ちなみに、A & R の Steve Barrow はイギリスの reggae ライター/リイシュー・プロデューサで、 The Rough Guide to Reggae (Rough Guides, ISBN 1-85828-247-0, 1997) のような包括的な reggae 本も書いています (Peter Dalton と共著)。

Blood And Fire は1993年に Steve Barrow らによって設立された ジャマイカ (Jamaica) の1970年代 roots 期の reggae に特化したリイシュー・レーベルでした。 ただオリジナルのLPを忠実にリイシューするのとは異るそのやり方は、 特に reggae の分野においてリイシューの一スタイルを確立しました。 そのリイシューの特徴としては次のような点が挙げられます。

ちなみに、このようなリイシューのスタイルは、Blood And Fire で始められたのではなく、 1985年から1990年にかけて Trojan レーベルで Steve Barrow が手がけた一連のリイシュー (特に "Producer series") を通して少しずつ形作られました。 これらを通して reggae のリイシューの基準を jazz や blues のレベルまで高める、という意図が Barrow にはあったようです (Interview with Steve Barrow on reggaenews.co.uk)。 また、同様のポリシーでリイシューを進めるレーベル (例えば Pressure Sounds) も登場し、Island が同じようなスタイルで reggae のアンソロジーをリリースするなど、 その影響も大きいものでした。

ちなみに、Trojan がリイシューにおいて版権処理をちゃんとしていなかった事に Barrow は不満を漏らしていますが (Interview with Steve Barrow on the Italian Reggae Vibes Website)、 Trojan での仕事を辞めた直接的なきっかけは、 「このエスニックなラスタなものいいけど、UB40がカバーした歌のコンピレーションもやってくれないか」 と言われたことのようです (Interview with Steve Barrow on reggaenews.co.uk)。

Steve Barrow は2004年に Cooking Vinyl レーベル傘下に Hot Pot という roots reggae のリイシュー・レーベルを設立しています。 リイシューの対象もスタイルも Blood And Fire とほぼ同じです。 今思うと、このような同様のレーベルを設立した裏には Blood And Fire の経営危機があったのかもしれません。 Blood And Fire が活動停止しそのカタログが廃盤になってしまうのは残念ですが、 こうして場を移しながら活動が続けられていくことに期待したいと思います。

ことろで、Equalizer というレーベルを Blood And Fire 傘下に立ち上げ、 最初のリリースとして General Echo, Rocking And Swing のリイシューが予定されている、 というも ありましたが、こちらはどうなるのでしょうか。 Steve Barrow もついに dancehall reggae に進出、という感じだったのですが……。

さて、Linton Kwesi Johnson / Dennis Bovell や On-U、Ariwa、Jah Shaka といった イギリス (UK) の dub/reggae ばかり聴いていた自分が、 ジャマイカ (Jamaica) の reggae にまで手を伸ばすようになったのは1994年頃。 Steve Barrow が Trojan に残した一連のコンピレーションはもちろん、 始まったばかりの Blood And Fire のリリースは、 聴き進めるにあたって大きな手がかりとなりました。 というか、LPや7″を根気よく集める程の気合いの無いライトな reggae 愛好者である自分が、 1970年代頃までのジャマイカの reggae を今のようなレベルで楽しむことができたのも、 Blood And Fire のリイシューCDがあったおかげです。 そういう意味でも、Blood And Fire の活動停止に、一つの時代を終りを感じます。 2000年代に入って若干ネタ切れしていた感もありましたし、 自分も reggae をあまり聴かなくなりましたが、それでもフォローしていました。 さすがに、リリースされてすぐではなく、アウトレット/中古落ち待ちすることが多くなりましたが。 ちょっと確認してみたところ、CDリリースで自分のコレクションから抜けているのは、 カタログ番号にして 047、048、905、906 の4タイトルだけでした (うち、047、905、906 はサンプラー)。

ちなみに、Blood And Fire のリリースのうち最もよく聴いてきたのは、 Horace Andy, In The Light / In The Light Dub (1977; Blood And Fire, BAFCD006, 1995, CD) (レビュー) でしょうか。彼のファニーな歌声が好きですし、dub 盤とのカップリングだというのも良いです。 最盛期の Lee Perry のプロダクションが楽しめる The Congos, Heart Of The Congos (1977; Blood And Fire, BAFCD009, 1995, 2CD) (レビュー) もとても気にいっています。こうして思い返しても、最初期のリリースの方がいいなぁ。 いずれも、roots 期の reggae の名盤でしょう。お薦めです。

[1991] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Sat Sep 8 1:02:05 2007

いつまでもあると思うな親と金とレコードレーベル、その2。 って、レーベル活動停止ではありませんが。 もう2〜3ヶ月近く前の話で、御存じの方も多いと思いますが、 ついでに、備忘録代わりに経緯をまとめておこうかと。

イギリス (UK) の大手独立系レコード会社 Sanctuary のメジャー Universal による買収が合意に達したとのニュースが、 この6月に伝えられました ("Universal Music to buy Sanctuary", BBC News, 2007/6/15)。 2005年の経営悪化の後、2005年に1/4人員削減し ("Sanctuary cuts a quarter of staff", BBC News, 2005/10/10)、 2006年頭には£110m (約2億円) の株式発行での資金調達による再建計画を発表 ("Sanctuary outlines rescue plans", BBC News, 2006/1/30)、 さらに2006年5月には創設者の一人 Andy Taylor が経営陣から退任 ("Sanctuary sacks boss over figures", BBC News, 2006/5/26) と 経営再建努力を続けてきましたが、結局、経営悪化から立ち直ることは出来ませんでした。 既に2006年11月にはもう一人の創設者 Rod Smallwood も Sanctuary を去っています ("Co-founder Smallwood leaves Sanctuary", The Guardian, 2006/11/3)。

Sanctuary は2000年代に入って急成長した独立系レコード会社です。 2001年に Trojan を、 2003年に RAS を買収し、 豊冨な reggae 音源を利用して様々なコンピレーションやリイシューをリリースしてきていました (玉石混淆ですが……)。 また、2001年には Geoff Travis とのジョイントベンチャーで レーベル Rough Trade を 再興させています (関連発言)。 rock については元々は1970年代頃まで (folk、prog から HM/HR、punk まで) の 音源リイシューを多く手掛けていましたが、 2000年代半ば頃からは、一連の The Fall のリイシューや CD86 (関連発言) に見られるよう punk / new wave / indie のリイシューを積極的に行っていました。

Sanctuary といえば、 『デジタル音楽の行方 —— デジタル音楽の行方 —— 音楽産業の死と再生、音楽はネットを越える』 (Dave Kusek, Gerd Leonhard, The Future Of Music: Manifesto For The Digital Music Revolution, 2005; 翔泳社, ISBN4-7981-1003-5, 2005) において、 「サンクチュアリ・グループはおそらく未来の音楽企業のモデルであり、 アーティストにとって重要な収入源を全方位的に取り扱っている」と、 コラムとして別立てで紹介されています (pp.170—172)。 また、Rob Young, Rough Trade: Labels Unlimited (Black Dog Publishing, ISBN978-1-904772-47-7, 2006, paperback) でも 「1980年代における Rough Trede の興隆をどこかしら思い出させるような 2000年代以降に成長した独立系の配給会社兼レーベル」と言及されています (関連発言)。

これらの評価はいささか過大に感じるのも確かですが、それでも、 このような独立系レコード会社が結局こうして経営難となりメジャーに買収されてしまうのは、 少々残念に思います。 しかし、今までの様々な独立系レーベルの栄枯盛衰を思い返しても、 今回の Universal によるSanctuary の買収もそういった話の一つなのだろう、とも思います。 そして、またどこかから別の新たな独立系レーベルが興隆してくるのだろう、と。

それにしても、経営難によるメジャー買収だけに、大きなリストラも予想されます。 既に、アメリカ (US) においては今年の上半期で新譜のリリースを停止し 過去のカタログと再発に活動を集中させる、と、今年4月に伝えられています ("Sanctuary Records to Cease New Releases in U.S.", Pitchfork, 2007/04/10)。 暫くすると Sanctuary 関連のカタログから廃盤/在庫切れになるものが 続出するかもしれません。

Rough Trade については、今年の頭には所有する株の売却が検討されていましたが ("Sanctuary may sell off some units", BBC News, 2007/1/26)、 結局、7月に Beggars Group に売却されました ("Rough Trade East: Indies celebrate", BBC 6 Music, 2007/7/27)。 Beggars Group は、Beggars Banquet をはじめ、4AD、Too Pure、Matador、Mantra、Mo'Wax、XL、Wiija といったレーベルを抱える大手独立系レコード会社です。 その設立の経緯もラインナップも Rough Trade に近いこともあり、 同時期の Rough Trade Shops 新店舗 East のオープンと共に、 Geoff Travis の言葉入りで、歓迎ムードで BBC は伝えています。 自分も、どうなることかと遠目に見守っていましたが、 売却先が Beggars で良かったと思います。

同じく Sanctuary から Beggars Group への Rough Trade 売却を伝える記事 "Miserable no more: Smiths label sold off" (The Guardian, 2007/7/24) によると、Sanctuary を買収した Universal は マーチャンダイジング部門とアーティスト・マネジメント事業に主な興味があり、 Rough Trade は興味の対象外だった模様。 同様に Trojan (及び RAS) も 売却される可能性が高いのですが ("Universal to buy Sanctuary and therefore Trojan", reggae.net.au, 2007/6/18)、 今のところこれといった報道/噂は目にしていません。 Trojan、RAS に Universal の持つ Island の reggae 音源を併せると、 凄いものになるようにも思うのですが……。 もし Trojan の行方について何か御存知であれば、 教えてください。

こんな感じで、イギリスの独立系レーベルは再編の時に来ているようです。

[1997] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Wed Sep 12 0:19:36 2007

Universal による Sanctuary 買収の続報。 というか、見落としていた件について追加。 「大きなリストラも予想されます」と言ったわけですが、既に始まってました。

先週のニュースによると、 イギリス (UK) の Sanctuary は利益減の主因だったレコード事業部門から撤退、 採算性の高いマネジメント事業に集中するとのことです ("Sanctuary's UK music arm to close", BBC News, 2007/9/5)。 ちなみに、アメリカにおけるレコード事業はこれに影響を受けない、とのこと。 現在、Sanctuary レーベルと契約しているミュージシャンには、 Morrissey や Marc Almond がいます。 また、傘下のレーベルのうち Rough Trade は Beggars へ売却されましたが、 reggae のレーベル Trojan / RAS はまだ傘下にあります。

関連して、Universal は Sanctuary だけでなく 大手独立系レコード会社 V2 の買収も狙っているんですね ("Universal Music to buy Branson's V2 Music Group", Reuter, 2007/8/10)。 Sanctuary の買収とは違い、 こちらの買収は在籍するアーティスト (Paul Weller とか) を狙ったもののようです。 まだ買収が決まったわけではありませんが。 ちなみに、V2 といえば、Virgin 創設者の Richard Branson が Virgin を EMI に売却した後の1996年に再び立ち上げたレーベルです。 最近の Rough Trade Shops の アニュアル・コンピレーション Counter Culture シリーズ (関連レビュー) をリリースしていたのも V2 です。

ちなみに、Universal MusicPress Release には、 V2買収の意向を発表したもの ("Universal Music Group announces intent to acquire V2 Music Group, Ltd.", 2007/8/10) はあるのですが、Sanctuary 買収に関するものが一つもありません。 うーむ、どうしてでしょうか。

しかし、Rough Trade は Beggars Group へ売却が決まって本当に良かったですね。 Sanctuary の新録新譜にはほとんど御世話になっていないものの、 punk / new wave / indie 関連のリイシューや Trojan からリリースされる reggae のリイシューを中心に、 それなりに御世話になってきていただけに、レコード事業部門撤退は非常に残念です。 というか、Rough Trade のように、 Trojan / RAS も良い所が買い取ってくれればいいのですが……。 ここが買うといいなぁと思うようなレーベルが思い付かないのが……。 Universal の V2 買収の行方も、 Counter Culture シリーズが関係するので少々気になりますが、 こちらはいざとなってもレーベルを変えてリリースされ続けるだろうから、 大きな影響は無いかな。