Mehmet Ali Sanlıkol は イスタンブール (Istanbul, TR) 在住のトルコ系キプロス人 (Turkish Cypriot) 家庭に生まれ、 現在はアメリカのボストン (Boston, MA, USA) で トルコの伝統音楽を幅広く取り上げる非営利組織 Dünya を組織し、 そこを拠点に活動するミュージシャンだ。 そんな Sanlıkol が、同じくボストンを拠点に活動する ギリシャ系キプロス人 (Greek Cypriot) のミュージシャン Theodoulos Vakanas と共に、 キプロス (Cyprus / Κύπρου / Kıbrıs) の伝統的な音楽に取り組んだのが、この作品だ。 ギリシャ系トルコ系が共演したキプロスの音楽の初めてで唯一のCDという。 リリースは、トルコ各地の folk/roots 発掘/再現物を得意とするイスタンブールのレーベル Kalan だ。
レパートリーは Sanlıkol と Vakanas が家族の中で経験してきたものから選ばれている。 歌詞はトルコ語ギリシャ語ほぼ半々。 同じメロディを持つトルコ語の曲とギリシャ語の曲を繋げて演奏しているのが8曲 (1, 4, 7, 9, 11, 13, 14, 15曲目) ある。 "Wedding Song" (1, 2曲目)、 "Love Songs" (3, 4曲目)、 "Sacred Music From Cyprus" (5, 6曲目)、 "The Village" (7曲目)、 "Cyprus "Re-Constructed"" (8, 9曲目)、 "Dance Songs" (10, 11曲目)、 "Music Of Cyprus" (12, 13, 14, 15曲目) とセクション立てられており、様々な文脈で演奏される音楽が収録されている。 ちなみに、セクション "Dance Songs" はトルコ語で "Zeybekler"、ギリシャ語で "Ζεϊμπέκικος (Zeibekikos)"、 アナトリア (Anatolia) からギリシャ (Greece) にかけての主にソロで踊る folk dance だ。 元は20世紀頭までいた Zeybeks と呼ばれる土着の戦士の踊りで、rebetiko へ大きな影響を与えたと言われる。 セクション "The Village" の曲も Zeybekler/Zeibekikos のようだ。
ud、cura (Turkish folk lute)、violin、kemançe、lyra、laouto (Greek folk lute) といった弦楽器中心の演奏と、コブシをきかせた渋い歌声が、 darbuka や frame drum によるゆったりしたリズムに乗るような曲が多い。 トルコというよりクレタ (Crete) のギリシャ島嶼部の音楽 (Ross Daly がやっているような) に近い印象を受ける。 electric な楽器や programming の類は使用していないが、 アコースティックながらキレの良い演奏・録音 (特に打楽器) も楽しめる。 前半よりも後半の "Dance Songs"、"Music Of Cyprus" のセクションの曲の方が アップテンポでノリ良く楽しめた。
Sanlıkol は jazz piano 奏者としても活動しており、 Vakanas も jazz 文脈でも活動しているという。 jazz のイデオムはこのCDの中では聴かれないが、 演奏・録音のキレの良さは、 そういったバックグラウンドも影響しているかもしれない。 セクション "Cyprus Re-construction" ではオリジナル曲を演奏しているのだが、 cura と lyra の duo で全体の中では少々地味なのが残念。 オリジナルの面を広げて、このプロジェクトを展開して欲しいようにも思う。
このような音作りは Kalan レーベルらしくもあるのだが、 パッケージも Kalan らしく、 CDケース大のハードカバー64ページの本にCDが付属した丁寧な作りだ。 キプロスの歴史とCDに収録した曲の解説をトルコ語、英語、ギリシャ語の3言語で収録している。 この点もお薦めだ。
Kalan からは似たような制作の book + CD がもう1タイトル同時にリリースされている。 そちらも併せて簡単に紹介。
アナトリア (Atatolia) 西部エーゲ海 (Aegean Sea) に面した街 イズミル (İzmir, TR; スミルナ (Smyrna)) 出身の accordion 奏者 Muammer Ketencoğlu が取り組んだ、 20世紀初頭、1922年以前にイズミルで聴かれていた音楽を再演するプロジェクトだ。
第一次世界大戦後のギリシャ・トルコ戦争末の1922年、トルコ軍占領直後のイズミルは大火災 (⇒en.wikipedia.org) で灰塵に帰した。 その後の住民交換もあり、それまでの街の様々な民族コミュニティは失われてしまった。 このCDは、20世紀初頭のイズミルに多く住んでいた3つの民族、 トルコ人 (Turk)、ルム (Rum; ギリシャ系 (Greek))、 セファルディ (Sephardi; 15世紀にイベリア半島を追われたユダヤ人 (Jew)) の音楽を取り上げている。 歌われている歌詞も、トルコ語 (Turkish)、ギリシャ語 (Greek)、ラディーノ (Ladino; Judeo-Spanish) が使われている。 ライナーノーツによると、 当時のイズミルに多く住んでいたアルメニア人 (Armenian) や レヴァント人 (Levantine; 東地中海岸のイタリア系フランス系の住民) の音楽も探したそうだが、見付けることが出来なかったという。 トルコとルムの音楽は Ketencoğlu 自身の研究によるものだが、 セファルディの音楽は、トルコでセファルディ音楽の発掘に取り組む Jak & Janet Esim が寄与している。
トルコのものは9(2+2+2+3)/4拍子の zeybekler が中心で、 ルム (ギリシャ) のものは rebetiko と似た所もある。 キプロスの音楽を取り上げた Kıbrıs'ın Sesi / Music Of Cyprus / Τραγούδια Τησ Κύπρου にも雰囲気が似ているが、そこまで明るくのんびりした雰囲気が無いのは、 国際的な大都会の音楽だからだろうか。 もちろん、単に再現するだけでなく、似たようなメロディを持つ トルコ、ルム、セファルディの音楽を混ぜ合わせて演奏した "Smyrna Trilogy" のような曲もある。 Kalan レーベルや Doublemoon レーベルの録音でお馴染のミュージシャンが多く参加しており、 単なる再現以上、キレの良い演奏・録音も楽しめる。
ちなみに、Ketencoğlu は、 Ayde Mori (Kalan, 226, 2001, CD) のようなバルカン (Balkan) の音楽のプロジェクト (レビュー) や Kalan レーベルの rebetika アンソロジー編纂などの活動で知られる。