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Review: Adrian Shaughnessy, Cover Art By: New Music Graphics (book)
2008/06/26
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
Adrian Shaughnessy
Cover Art By: New Music Graphics
(Laurence King, ISBN978-1-85669-527-5, 2008)

2000年前後に Sampler シリーズという CDパッケージなどの音楽関係のグラフィックデザインの本 (レビュー) を編纂してきた イギリス (UK) のグラフィックデザイナー Adrian Shaughnessey が、 新たなCDパッケージ等のグラフィックデザインの本を久々に出した。 この本で取り上げられているデザインは、ほぼ全て2000年代以降のもの。 「マイクロ・レーベル (micro-label)」と呼ばれる作家性の強い小レーベルや、 そのようなレーベルで主に仕事しているグラフィックデザイナに焦点を当てて、 レーベル・オーナーやグラフィックデザイナーへのインタビューとそのデザイン作品、 という形で編纂されている。 The Wire 誌読者であれば、 レビューや広告で一度は目にしたことがあるようなレーベルがほとんどだ。 以下のデザイナー (もしくはオーナー)/レーベルが取り上げられている。

Ian Ilavsky / Constellation, Thaddeus Herrmann / City Centre Office, Masato Samata / Delaware, Julian House & Jim Jupp / Ghost Box, Magnus Voll Mathiassen / Grandpeople, Klas Augustsson / Häpna, James Goggin / Practise, Jan Kruse / Human Empire, Jason Kadgley / Tomato, Jeff Jank / Stone Throw Records, John Twells / Type Recordings, Jon Wozencroft / Touch, Michaela Schwentner / Mosz, Ralph Steinbrüchel / Synchron, Rick Myers / Various labels, Nao Sugimoto / Plop and Shekk, Lawrence English / ROOM40, Rune Mortensen / Various labels, Steve Byram / Various labels, Tayler Deupree / 12k, Jan Lankisch / Tomlab, Mattias Nilsson / Kning Disk, Marc Richter / Dekorder, Kim Hiorthøy / Rune Grammofon, Mathias Pol & Nicolas Motte / Check Morris, Allon Kaye / Entr'acte, Christof Migone / Squint Fucker Press, Dylan Kendle / Various labels, Bjorn Copeland / Black Dice, Tom Recchion / Various labels

Sampler シリーズで取り上げられていたデザイナーと重なりも多く、 比べて見ても、デザインには大きな傾向の違いは感じられなかった。 2000年代に入って大きく変わったデザインのトレンドを示そう、という本ではない。 むしろ、この本が興味深いのは、 巻頭の Shaughnessy のエッセーと各デザイナ (もしくはオーナー) へのインタビューだ。 それは、レコード・CD時代に育ったグラフィック・デザイナーやレーベル・オーナーが 音楽配信にどう対応していこうと考えているのかについてのドキュメントになっている。

巻頭の Shaughnessy のエッセー "The Initial Moment" では、 1990年代以降の音楽産業の変化、 特にCDの普及に始まりインターネット音楽配信に至る 音楽の「非物質化」 (dematerialization) とデザインの関係を論じている。 Shaughnessy はCDの登場を「終りの始まり」と見ており、 その後「レコード・スリーブが無くならなかったのは正直驚きだ」とさえ言っている。 そんな中、 活況を示しているのが、この本で取り上げたようなマイクロ・レーベル界隈だと、 Shaughnessey は主張している。

しかし、レコード・カバーは死ぬことを拒んでいる。 むしろ活況を呈している場すらある。 マイクロ・レーベルの世界では、 カバー・アートは依然として価値があり、 依然として音楽体験の不可分な一部とみなされている。 たいてい1、2人で運営されているこれらの小さな独立系レーベルは、 彼らのレコードのため豪華な販促キャンペーンを発注するような金を持っておらず、 その代わり、彼らの存在を知らしめることを、 口コミ、ウェブサイト、そして、美しく念入りに作られ 濃密に情報が埋め込まれたアルバム・カバーに頼っている。 これらの新たなマイクロ・レーベルのスリーヴは、 むしろ個人出版やアーティスト・ブックに近く、 たいてい非常に小規模で作られ、時として手作りであり、 ほとんどいつも視覚的に大胆不敵で独創的である。 近年、我々は CD-R レーベルの台頭を目にしてきた: たいてい手作りのレーザ・プリンタで印刷されたカバーを付けて 音楽を「注文に応じて焼く」小規模なレーベルだ。 それは、録音された音楽の50年にわたる文化に対する胸を打つ敬意によって生き続ける 新たな時代の家内工業だ。

しかし、個人出版やアーティスト・ブックのようにして生き残る アルバム・カバーを愛でるだけでなく、 ウェブサイトや音楽配信に対するスタンスについて、 デザイナーやレーベル・オーナーへのインタビューで Shaughnessy はくり返し質問している。 そこに何らしかの正解があるというわけではないが、 音楽配信におけるパッケージングに対する様々な考え方を伺うことができる。 しかし、Shaughnessy は、 音楽配信においてPDFやJPEG、Flash 等を付けるようなパッケージングの試みには、 今まで説得力があるものは無かった、とも指摘している。 「このような懐古的な切望が生き残るのも、 レコードやCDのパッケージングの時代に育ったグラフィック・デザイナーが 音楽配信の時代に育った新しい世代に取って変わられるまでだ」とも書いている。

もちろん、テキストよりも図版の方が多い本なので、 グラフィック・デザインだけ眺めていても、充分に楽しめる。 The Wire 誌のレビュー欄には レコードジャケットのサムネイルは掲載されないし、 インターネットの通販サイトなどでのジャケットのサムネイルも ジャケット買いする程には参考にならない。 こういう本を見ながら音楽を「ジャケット買い」するのも悪くないかもしれない。

sources:
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