V&A が展覧会に合わせて企画したコンピレーション Postmodernism: Style And Subversion In Sound And Vision 1970-90 (V&A / EMI, 2011) [レビュー] を今年の頭に聴いて以来、1980sのメジャーな New Wave を聴きたくなる時が増えています。 この時期の post-punk のレコード/CDはそれなりに持っているのですが、 Rough Trade や Cherry Red、Mute、Factory といったインディレーベルで活動したミュージシャンやその界隈のものが中心。 いわゆる New Romantic をはじめとして、メジャーがリリースしたチャート物の音楽はほとんど持っていません。 アルバムで揃えて聴きたいという程でもないので、良いコンピレーションが無いかと物色していたところ、行き当たったのがこれでした。
45rpmの12″盤レコードである12″シングルは、 1970s半ば頃にクラブでプレイされるsoul/R&Bのジャンルでリリースされ始めたものですが、 1980sに入ると広くrock/popのジャンルにおいて12”シングルがリリースされるようになりました。 クラブでのプレイを想定してリリースされる12″シングルには、多くの場合、 アルバム収録のバージョンとは異なる “extended version/mix” が収録されました。 このバージョンには、前奏や間奏の部分の反復を増やして長尺にしただけのものから、 リズムパートを強調・追加したりダブワイズな処理を加えてリミックスされたものまで、 様々なものがあります。
コンピレーション・シリーズ 12"/80s は、 1980sにリリースされた12″シングルのバージョンを集めたもので、 当初、CD3枚組の2巻構成で企画されました。 12″シングルのバージョンを集めた廉価コンピレーションは他にもありますが、 この 12"/80s と 12"/80s/2 はその先駆的なもの。 選曲範囲の絞り方が広すぎず狭すぎず絶妙です。 タイトルは「1980sの12″シングル」ですが、 実質、1980s前半に流行した New Wave、それも、イギリスもの中心のコンピレーションになっています。 リリースはUniversal UKのカタログ・コンピレーション部門の1つ Family Recordings ですが、 収録曲は Universal 以外のメジャーやインディのものも含み、レーベルの垣根を越えたもの。 そのおかげで、イギリスの New Wave の有名所がほぼ顔を揃えています。 その一方で、今やほとんど名を忘れられているようなグループも収録しています。
必ずしも代表的なヒット曲を収録しているわけではなく、 12″シングル・バージョンということでグループの典型的な音楽スタイルからは外れている曲もあります。 しかし、1980s前半の rock の中で12”シングルのリリースに最も積極的だったのは、 funk/disco、hip hop や reggae/dub の音作りに取り組んだ New Wave 勢でした。 そして、そんな彼らの実験場だった12″シングル・バージョンを通して New Wave の試みを聴くことのできる、興味深いコンピレーションでしょう。 クラブ向けの12″シングル・バージョンばかりなので、 パーティのBGMとか、DJのネタとかにも使えるのではないかと思います。
自分の好みからするとアタリは1/3程度でしたが、1~2割を予想していたので、意外と良かったな、と。 12"/80s での一番のアタリは、 Fun Boy Three: “Our Lips Are Sealed (Special Remix Version)” (1983)。 The Go-Go's のヒット曲のカヴァーですが dubwise な処理が良いです。 Grace Jones: “Pull Up To The Bumper (Larry Levan Garage Mix)” (1981) (Sly & Robbie のリズム隊で Larry Levan ミックスなんてあったのですね) や Scritti Politti: “Wood Beez (Version)” (1984) なども、やはり 12″ の方が良いなあ、と。 Aztec Camera: “Walk Out To Winter (Long Version)” (1983) や Echo & The Bunnymen: “Never Stop (Discotheque)” (1983) のような、 もともとダンス指向ではないグループのリミックスも良いです。 Tears For Fears: “Shout (US Remix)” (1984) を久しぶりに聴いて Depeche Mode: “People Are People” (1984) みたいだなと。 12"/80s/2 は 12"/80s より地味かなとは思いますが、 The Human League: “The Sound Of The Crowd (Complete)” (1981) や Pigbag: “Papa's Got A Brand New Pigbag (12″ Mix)” (1981) など、 などは良いトラックもあります。 Aztec Camera: “Oblivious (Remix)” (1983) は、 High Land, Hard Rain の Expanded Edition 再発と同じ針飛版です。 マスターや状態の良いアナログ盤が無いのでしょうか。
もちろん、廉価コンピレーションにありがちなことですが、 曲のクレジットが不正確だったり欠落している部分も少なくありません。 このコンピレーションのパッケージは、スリムケース入りCD 3枚をスリップケースに入れただけで、 ブックレットも付属していません。 しかし、クレジット等の情報については、今ではインターネットで補完することができます。 音質についても、針飛び音が入った明らかに盤起こしのものもあり (おそらくマスターが残っていないのでしょう)、 全体として酷いという程ではないですが、リマスタ物のような良さはありません。 多くはありませんが、誤って7”シングルやアルバムのバージョンを収録した曲もあります。 このような問題点は、廉価盤と割り切る点でしょうか。 12″シングルはアルバムに比べてレアなうえ、他ではCD化されていない録音も多いので、 これだけまとめて廉価で聴かれるだけでも、ありがたいと思います。
ちなみに、この 12"/80s シリーズは根強い人気があり、 ファン達によって、ソーシャルメディア Facebook にページが作られたり、 CGM音楽情報サイト Discogs で収録曲の情報の訂正・追加が行われたりしています。 ブックレットも無くスリーブのクレジットに不備があっても、 このようなコミュニティの存在が十分にそれを補っています。 これも、インターネット時代のコンピレーションのリリースのあり方なのかもしれません。 このようなコンピレーションはCDでのリリースはなくデジタル配信で良いとも思いますし、 実際イギリスでは iTunes Store や Amazon MP3 でも売られるようになっています (最近のものだけですが)。
このような人気もあってか、以降 12″/80s はシリーズ化され、 現在9タイトルがリリースされています。 以降のシリーズでは、タイトルに “Electro pop” のようなテーマが付けられ、 New Wave に限らずテーマに沿って選曲されています。 レーベルの再編もあって、現在リリースしているレーベルは Universal 傘下のカタログ・コンピレーション部門 Universal UMC (Universal Music Catalogue) です。 最初の2タイトルが New Wave に偏向していた反動か、 disco~hip hop やメインストリームの pop に焦点を当てたコンピレーションがしばらく続いていたのですが、 その後、New Wave寄りのものが2タイトルリリースされています。
Frankie Goes To Hollywood: “Relax (New York Mix)” (1983)、 The Art Of Noise: “Close (To The Edit) (Extended Remix)” (1984)、 Propaganda: “Duel (Bittersweet)” (1985) など、 ZTT レーベルの佳曲が揃い、その存在感を感じます。 Disk 2 が New Wave ではなく electro hip hop からの選曲ですが、 Disk 2 のオープニングが New Order: “Confusion” (1983) からわかるよう、 影響関係も意識したかのような選曲。 当時、Transmission Barricade という今で言う所の DJ mix を流す番組で ZTT レーベル界隈と Grandmaster Flash とかが混ぜて使われていた なんてことを思い出させ、 この組合わせには納得するところも。 Gwen Guthrie: “Seventh Heaven (US Remix by Larry Levan)” (1982) は、 12″/80s の Grace Jones と同じく Sly & Robbie meets Larry Levan 物です。
原点に戻ったかのような New Wave 中心の選曲ですが、 Bauhaus に始まり、Killing Joke、The Mission、The Sister Of Mercy、Siouxsie & The Banshees、All About Eve、The Cure など、 goth 度が高い選曲の Disk 2 が目立つでしょうか。 Disk 3 の終わり近く、 Holger Czukay, Jah Wobble, Jaki Liebezeit: “How Much Are They? (12″ Version)” (1981)、 Anne Clark: “Our Darkness (Remix)” (1984)、 Cabaret Voltaire: “Yashar (John Robbie Mix 1)” (1984) の連なりが、自分は一番盛り上がりましあが。
また 12"/80s シリーズのコンパイラーが手がけた 1970sの12″シングルのバージョンを集めた廉価ボックス・セットも出ています。
Family Recordings / UMC ではなく独立系のレーベルからのリリースですが、 こちらもブックレット無しでスリムケースCD 3枚をスリップケースに入れただけのもの。 1枚ごとに Chart Pop & Disco、Dance / Disco Classics、New Wave とテーマがつけられ、 それぞれテーマに沿って選曲されています。 12″/80s とは音作りが違い、 比べて聴くと、特に Disk 1, 2 は rare groove 感を強く感じます。
ちなみに、最初の2タイトルを入手した後に気付いたのですが、 これらのコンピレーションを手がけている Dorian Wathen は、 V&A 企画コンピレーション Postmodernism でもコンピレーション・プロデューサをしていたのでした。 Postmodernism でも New Order: “Bizzare Love Triangle” のビデオで音楽と映像がズレているという問題がありました。 そんな所にも仕事の仕上げが少々粗雑という印象を受けますが、 それなりに面白い企画のコンピレーションの仕事をしているようです。