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Review: Houria Aïchi: Renayate
2013/04/22
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
Houria Aïchi
Renayate
(Accords Croisés, AC 148, 2013, CD)
1)Mabrouk El Farh 2)Ana Touiri 3)Goumari 4)Nouar 5)El Qalb Bet Sali 6)Atchatht Thoules 7)Cheche 8)Madre 9)Arouel 10)Allah Idoum Farhkoum 11)Aldjia
Enregistrement & Mixage: Laurent Compignie
Houria Aïchi (chant), Mohamed Abdennour (arrangements, oud, mandole, banjo), Smail Benhouhou (piano), Ali Bensadoun (ney, gasba), Amar Chaoui (percussions).

アルジェリア出身でフランスを拠点に活動する女性歌手 Houria Aïchi の新作は、 アルジェリアの女性歌手の歌った歌を取り上げたアルバムだ。 それも、自身のルーツである Berber 系、それも、Chaoui のものに限らず、 hawzi (Arab-Andalous の由緒ある流れを汲む semi-classical) から raï まで取り上げている。 アレンジ及び伴奏の鍵を握るのは Gnawa Diffusion 〜 Amazigh Kateb のアルバムに 度々参加してきている oud / mandole / banjo 奏者の Mohamed Abdennour。 percussions の Amar Chaoui も Gnawa Diffusion 〜 Amazigh Kateb 人脈だ。

といっても、ここで聴かれるのは Gnawa Diffusion のような reggae の影響を受けた演奏ではない。 oud や nay, darbuka や frame drum からなるアンサンブルはかなり伝統的なものだ。 キレよい演奏による音数を抑えた伴奏をクリアに録音した現代的な制作は Accords Croisés らしく、 同レーベルのアラブ歌謡を取り上げたアルバム Dorsaf Hamdani: Princesses Du Chant Arabe も連想させられる。 そんな中では、kanun ではなく piano をフィーチャーしているのが耳を引くが、 これは Mustapha Skandrani を意識したもののようだ。 oud とユニゾンで piano を弾いているところなど違和感無く馴染んでいる一方、“Nouar” では強い音色での piano ソロも聴かせる。 この演奏が、多様な曲を取り上げながらアルバム全体として統一感を作り出している。

取り上げている女性歌手はアルジェリアの人なら誰でも知っている程有名な「歌姫」というわけではない。 ライナーノーツによると、そもそも、アルジェリアにはそういう女性歌手がいなかったという。 核となるのは hawzi の Falida Dziria (“Ana Touiri”)、Mariem Fekkaï (“El Qalb Bet Sali”)、Saloua (“Allah Idoum Farkhoum”) だろうか。 といっても、Aïchi は hawzi の歌い方を特に真似ることなく Chaoui の歌を歌うように (Les Cavaliers De L'Aurès でのように) 歌っている。 そのせいか、あまり semi-classical らしくなく、chaâbi や raï に近く感じる。 (そもそも、“El Qalb Bet Sali” は chaâbi の有名曲 “Ya Rayah” と同じメロディだ。) raï からは Cheikha Rimitti (“Nouar”)、Fadela d'Oran (“Madre”) が取り上げられているのが、 これらの曲はアコースティックな楽器による反復がトランス的にすら聴こえる。

Berber 系からは Kabyle の Chérifa (“Mabrouk EL Farh”)、Djura (“Atchatht Thoules”) と Chaoui の Zoulikha (“Cheche”)、Beggar Hadda (“Arouel”)、 さらにサハラの Gourara 地方から Aïcha Lebgaa (“Goumari”) を取り上げている。 反復とコール&レスポンスも Berber 的に感じるものだけでなく、 特に “Goumari” や “Atchatht Toules” のようなゆったりした曲にサブサハラや地中海の音楽との連続性も感じる、 Berber 系といっても多様と感じさせる選曲だ。 最後の曲 “Aldjia” だけは作者不明の伝承曲で、これを Aïchi 無伴奏で詠唱している。 元は Chaoui の女性グループが無伴奏で歌う sraoui と呼ばれる歌ということで、 これを歌っていた無名の女性達に捧げられている。

ライナーノーツによると、このプロジェクトにおいて Houria Aïchi は、 抽象的な音楽表現ではなく、その歌のテクスト、意味の表現に重点を置いたという。 このアルバムで取り上げた女性歌手の歌う歌は 愛、国外追放、戦争、孤独といったものがテーマとなっており、 この事はこれらの歌手の多くが移民とバックグラウンドを共有していたということもあるという。 歌詞が判ればそのような意味の重さがより伝わってくるのかもしれないが、 残念ながら自分にはブックレットに載った英語とフランス語の歌詞の要約しか判らない。 しかし、端正な演奏に少し低めの落ち着いた歌声が、その憂いをそれとなく伝えているようにも思う。